第六話 神という男

「私の名はハイウェル。お前たち人の言うところの”神”と呼ばれる者だ」

 悠香の家に着いて早々、青年はそう切り出した。

 彼は悠香の部屋にある唯一の椅子に腰掛け、悠香は自分のベッドに腰掛けている。

 青年の突拍子もないその発言に、思わず「は?」と声を出しそうになり、それを飲み込んだ。

「じゃあ、アンタが優花をどこかに連れて行ったの?」

 訝しげな視線を向ける悠香を気にした様子もなく、ハイウェルはこくりと頷いた。

「花咲優花。彼女は今、私の世界にいる」

「なんで……」

「話せば長くなるが、しかしお前には全てを知ってもらわなければならないな」

 悠香が問うたのは、何故優花が選ばれたのか、ということだったのだが、どうやらハイウェルはそうは捉えなかったらしい。

 とはいえ、彼が話そうとしていることを聞けば、自分の知りたい答えも分かるのだろうと、大人しく彼の話を聞くことにした。

「私の世界では今、古に封じられた魔王と言うべき存在が復活しようとしていてな」

 彼が大真面目に語り始めたのは、物語の中の話のような内容だった。おおよそ信じられるような話ではないとも思えたが、優花がいなくなったこと、その所在をこの男が知っているということ、何よりも、彼の紫色の瞳が真剣そのものであったことから、悠香はその話を信じることに決めた。

 そうしなければ、優花に会うことなどできないように思えたから。

「魔王の復活を阻止するため、人間たちが手をこまねいていてな。私としても世界に混沌が訪れるのは避けたい。そう思って、花咲優花をこちらの世界に喚ぼうとしたのだ。だが、その前に人間たちが召喚の儀式を行ってしまったようでな。私の思惑とは別に、花咲優花がこちらの世界に召喚されてしまった」

 全く勝手なことをしてくれたものだ、とハイウェルはため息をついた。全く同じことを悠香が思っていることなど露知れず、彼は話を続ける。

「花咲優花を選んだのは、彼女に秘められた力が膨大だったからだ。これまでに何度か他所の世界の人間をこちらの世界に喚んだことがあったが、彼女の力は今までにないほどだった」

「でも、アンタが召喚? したんじゃないんだったら、なんで優花はそっちの世界に行ったの? 他の人間が行く可能性だってあったんじゃ……」

 悠香が思わず口を挟めば、ハイウェルはもっともな疑問だ、と一つ頷いて見せた。

「私が花咲優花をこちらの世界に喚ぶと決めた時点で、彼女はこちらの世界に来る運命だったのだ。召喚を私ではなく人間が行おうとも、その運命が揺らぐことはない」

 素直に理解できる内容ではなかったが、彼が言うのならば、それは間違いのないことなのだろうと判断することしかできない。

 彼に嘘を言っている様子や誤魔化そうとしている様子はなく、悠香は大人しくその言葉を信じることにした。

「それで、どうしてアタシの前に現れたの?」

 一通り話し終えた、という雰囲気をハイウェルが醸し出したところで、悠香が疑問を投げかける。

 彼の目的は優花を召喚することだったのであれば、今度は一体何の目的で、自分の前に現れたのか、と。

「私の予期せぬ形で、花咲優花の召喚が行われてしまったからだ」

 そう答えて、ハイウェルは大袈裟にため息をついた。

「本来であれば、私が花咲優花を召喚し、彼女は私の前に現れ、すべてを知ったうえで魔王の復活を阻止してもらうはずだった。しかし、私の意図しないところで召喚が行われてしまった結果、彼女は私の前には現れず、自分が何のために召喚されたのかも分かっていない」

「そんなの、召喚した人間たちが勝手に教えるもんなんじゃないの?」

 召喚、という言葉が自然と自分の口から出ていることにやや違和感を覚えながらも、悠香は首を傾げる。

 ハイウェルは「それはそうだ」と頷いたうえで、言葉を続けた。

「とはいえ、急に魔王の復活を阻止してくれ、などと言われたところで、お前なら信じるか?」

 問われ、悠香は即座に首を横に振る。

 その様子を見て、ハイウェルは頷いた。

「だろう。仮に信じたとして、花咲優花は自分の持つ力を全くと言っていいほど理解していない。本来なら、私が教えるはずだったからな」

 先程から本来であれば、という言葉を多用するハイウェルに、悠香はようやく、彼は勝手に召喚を行った人間たちに怒っているのだろうということを理解した。

 とはいえ、それと同じような怒りを悠香が抱いているであろうことを、目の前にいる男は理解してなどいないのだろうということも、何となくではあるが理解できてしまった。

「そこで、お前にはこちらの世界に来てもらい、花咲優花にすべてを伝えてほしいのだ」

「自分でやればいいじゃん」

「花咲優花に会いたいのではなかったか?」

 他力本願な言い分に思わず返せば、ハイウェルは薄ら笑いを浮かべながらそう言った。

 確かに優花に会いたいとは思うが、なぜ自分でも出来そうなことをわざわざ悠香にやらせようというのか。

 それを訴えるようにハイウェルをじっと見れば、観念したのか、ため息交じりに答えた。

「私は自分の世界に直接干渉することは出来ないのだ。だからこそ、他所の世界の人間を喚ぶことで、これまでも世界を護ってきた」

 曰く、元は他所の世界の人間であれ、自分の世界に来てしまえば自分の世界の人間とみなされ、干渉は出来なくなってしまうのだという。

 だから、再び他所の世界の人間である悠香のもとにやってきたのだと。

「お前はどうやら、花咲優花とは浅くない縁を持っているようだからな。それに、花咲優花ほどではないにしろ、お前の潜在能力も中々なものだ」

 品定めするような視線を不快に感じ、思い切り睨みつければ、彼は悪びれる様子もなく笑った。

「それで? どうする。私の世界に来るか、それとも、花咲優花が戻ってくるのをただ待つか」

「そっちに行けば優花に会えるんでしょ? だったら、それを断る理由なんてない」

 ハイウェルの問いに即答すれば、彼は小さく笑みを浮かべた。きっと最初から悠香の答えなど分かり切っていて、その通りの答えが返ってきたのが面白くて仕方ないのだろう。そういう笑みだった。

「ならば、歓迎しよう」

 ハイウェルが言った途端、二人の周囲は真っ白な光に包まれる。

 そのあまりの眩しさに、思わず悠香は目を閉じた。

 光が消えたあと、悠香の部屋に、二人の姿はなくなってた。

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