第6話 配信者(2)


「大丈夫だって……」


 母の涙を見たのは久しぶりで、しぼり出した声が微かに震えた。


 ……六年前に父と母は離婚し、それからは母親が女手一つでここまで育ててくれた。


 それまでは保育士として生き生きと働いていたが父が残した借金の返済により生活は圧迫され、母は好きだった仕事を辞めることを余儀なくされた。そして四年前、母は夜の街で新しく仕事を始めた。

 三年も着続けている安物のドレスはもうとっくにくたびれていた。母は嗚咽混じりに泣くと、あの頃より随分と痩せ細った体で水希を抱きしめた。


「母さん、今日は一緒に寝よう」


 息子としてなんて声を掛けてやるのが正解なのか分からなかったが、母は静かに声を上げながら水希を強く抱きしめた。


「ごめん、汗臭かったよね…… 母さんシャワーだけ浴びてくるね」


 母は目尻に溜まった涙を指で拭うと、精一杯の笑顔を顔に貼り付けた。

 今、日本中の家庭がこのような状況下にいるのだろうか……水希は痛む胸を押さえながら、くっきりと骨が浮かんだ母の背中をじっと見つめた。

 母が浴室に行ったことを確認すると、水希はまたスマートフォンを開いた。そして動画サイトに繋ぎ、作成中の動画欄から下書きと思われるボタンを押した。


「編集は明日やるか……」


 大きな欠伸をしてから、そのまま後ろに敷いていた布団に背中を投げる。

 目を閉じると瞼の裏にクレイルの姿が浮かんだ。凛々しく揺れる瞳に、風になびくアクアブルーの髪……七年ぶりにおもむいたエニアは想像以上に綺麗な人やモノで溢れた国だった。

 襲ってくる眠気に身を委ねるように水希はそのまま布団の上でごろんと寝返りを打つ。


 枕元に投げられたスマートフォンには「投稿完了」の文字が浮かんでいた。



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