第5話 悪の企み


「それってどういう……」

「勘違いしないで頂戴」


 シャルベットは水希の言葉を遮るように自身の声を重ねた。ひりひりと傷む空気がシャルベットの声を通して伝わってくる。


「あなた、ペティは知ってるわよね?この国の隣の」


 「ペティ」と聞いた瞬間、全身黄色の毛で覆われた不気味な獣が脳裏にフラッシュバックする。握りしめた手のひらは汗で湿っていた。

 ペティはエニアに隣接している国だ。日本とペティは離れているので国同士の目立ったいさかいなどは耳にしたことはないが、あの一件以来水希はなんとなくペティに良い印象を抱いていなかった。


「知ってる、けど」

「ここまで言って分からない?恐らく事の発端はペティよ」

「ペティが?なんで……」


 質問ばかりする水希についに苛立ちを募らせたシャルベットは、部屋中に響き渡るほど声を荒げた。


「ペティほど悪人が集う国は無いわよ! まあ、日本人は知らないでしょうね。私たちが日本に侵入しようとするペティの獣達を日々駆逐してたことなんて」


 水希は何も言い出せなかった。部屋にはただただ不穏な空気が漂っている。

 感情に任せて捲し立てるシャルベットを宥めるようにクレイルが彼女の肩に手を置いた。


「ペティの人間はエニアを介さないと日本に行けないからね。恩着せがましいことを言うかもしれないけど、エニアは見えないところでずっと日本を守っていたんだよ」

「そうだったんだ…… ごめん、俺なにも知らなくて」

「君が謝ることじゃない」

「でも話を聞いてるとエニアはなにも悪くないじゃないか」


 するとクレイルはここに来て初めて端正な顔を歪めた。思い出したくない忌まわしい過去を振り返るような、そんな表情だった。


「日本への通行を許可したのは紛れもなくエニアの人間だからね」


 許可、というのは合意の上で敵の要求を受け入れたということだろうか。


「ペティの連中は小賢しい。極めて頭も良いし、他国との関係も比較的良好だ。だから僕たちはまんまと奴らの手中に落ちた」

「どういうこと?」

「今から三年前、エニアの人間がペティの人間に心を寄せてしまってね。ここから日本へ自由に行き来できる通行手形を敵対するペティに渡してしまったんだよ」


 クレイルは国の責任は全て僕にある、とまた水希に頭を下げた。クレイルの話によるとその通行手形はこの屋敷にしか置いていない希少なもので、使用人として仕えていた者が持ち出してしまったらしい。


「通行手形を複製することなんてペティの人間にとっては造作無いことだろう。それから奴らは僕たちの監視の目を盗んでは日本へ侵入した」


 クレイルは溜め息を一つ床に落とした。

通行手形さえあればゲートの警報は鳴らない仕組みになっていること、そして今もなお日本人に溶け込んで普通に生活を送っているペティの人間がいるかもしれないこと。

 水希は背筋に走る悪寒に耐えながら、クレイルから告げられた事実を一つずつ頭の中で整理していった。

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