第3話 繋がり始める世界

「君がまた来てくれる日を待ってたよ」


 クレイルは嬉しそうに声を弾ませると、あの時と同じように水希の手を両手で包んだ。骨張った大きな手に七年という時間の重さを改めて感じる。

 クレイルはあの頃の面影を残しながらも、凛々しく成長していた。


「……俺のこと覚えてたんだ」


 クレイルはもちろん、と頷くとシャルベットに声を掛けた。


「ミズキを屋敷に案内しよう」

「正気なの?」

「菌が入ったら大変だ」


 クレイルはそう言うと水希の手をシャルベットの顔の前に持って行った。門を叩いた時に金網で切れた傷口には茶色く固まった血がこびり付いていた。

 シャルベットは不服そうだったが、どうやらクレイルには逆らえないようだった。 


「屋敷、すぐそこだから」



 シャルベットに案内された屋敷は想像より遥かに立派なものだった。屋敷というより宮殿と表現する方が合っているかもしれない。

 ここで舞踏会でも開かれるのか、とでもいうようなだだっ広いホールを抜けるとすぐに応接室が見えた。応接室に通されると、シャルベットは手慣れた様子で薬箱から消毒液と包帯を取り出す。


「なんでここまでしてくれるの?」


 手厚い待遇に思わずクレイルに問う。自分はこの国に勝手に侵入した挙句、珍獣に殺されかけたのを助けてもらった立場だというのに。クレイルが何故こんな自分に歓迎の意を示してくれるのかがまったくもって分からなかった。


「どうしてだろうね。僕にも分からない。でも初めて君に会った日、それまで孤独だったエニアに一筋の光が差した気がしたんだ」


 予想外の漠然とした理由に水希は思わず「は?」とこぼしそうになった。

 しかしほんの数分前、同じような出来事が自身にも起こったことを思い出す。あれは互いを引き寄せる光だったのか。その光が繋がり、こうしてまた二人を巡り会わせてくれたのだと思うと運命的な何かを感じる。


「あの時は怖い思いをさせてしまって悪かったね」


 クレイルは申し訳なさそうな表情を浮かべながら目を伏せる。色素の薄い長い睫毛が彼の美しさをより一層際立たせていた。

 水希は今でもたまにあの獣から襲われる夢を見る。


「あの時のことは今でも思い出すと怖いよ」

「でも君は変わった。臆病だったあの頃から、随分と」

「そうかな」

「ああ、今は目の奥に強さが見える」


 クレイルのよく分からない発言で水希はまた困惑する。クレイルの端正な顔を注意深く見つめてみるが、眉一つ動かず思考が汲み取れない。

 クレイルはそんな水希に構うことなく、心中を披瀝ひれきする。


「この国は今もなお孤立している。気味悪がって誰も近付きやしない。それでも、この孤独な国を一人でも愛してくれる者がいるなら僕はその希望に賭けたい」

「クレイル。さっきから何言って……」

「ミズキ。僕が住むエニアと君が住む日本。僕たちでこの二つの世界を変えないか?」


 すると今まで黙って話を聞いていたシャルベットが急に立ち上がった。


「何を言い出すのよ!クレイル!」

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