二人ならば

@jun_3939

 




食事を終えると、私は小さな箱を手にベランダへ向かった。程よい夜風が心地いい。

小さな箱から1本のタバコを取り出して、口に咥える。それから銀色のフタを開けてホイールを回すと青い炎があがる。それを口に近づけてタバコに火を付けた。

なんとなく空を見つめながら黄昏れていると、隣から自分よりもワントーン高い声が聞こえてくる。


「ねー、なんでタバコ吸ってるの」

「中毒だから」

「ハニーが早死しちゃうのやだよ」

「時代が時代ならもう死んでる」

「まあね。でもせっかく今は長生きできるんだから、僕はめいいっぱい長生きして、ハニーと世界中をデートしたいな」



まずアジアのいろんな国で屋台巡りをしてみたいな。偽物のぬいぐるみをお土産にしたいし、お腹いっぱいになるまで星空の下でたくさんの人とご飯を食べるの。


アメリカに行ったら最初におっきなハンバーガーを食べたいな。満腹になったら自由の女神とか、テレビのたくさんついてるビルがたくさんあるところも見に行きたい。


あとヨーロッパでいろんな建物も見てみたい。ピサの斜塔とか、ルーブル美術館も行きたい。フランス人に囲まれながら本場のフランスパンも絶対に食べる。




たくさんのやりたいことを並べていく。よくこんなに挙げられるなという感心とともに、この人間はどんな目で世界を見ているのだろうと考えずにはいられない。きっと私が見ているよりもずっと多くの色が見えているのだろう。


「それからいろんな言語のいろんな価値観を持った人と直接会って話してみたい。絶対ステキだよ!」

「かなり時間がかかりそうだな」

「そうだよ。だからめいいっぱい長生きしてね」




ーーーー





ふとタバコに手を伸ばしかけたが、先日の言葉を思い出し、コップを手に取って喉を潤した。かれこれ一週間近くは禁煙をしているのではないだろうか。本当に偉いとおもう。

テレビを見たり昼寝をしたり。そんなこんなでだらだらと休日を謳歌していると、部屋中に着信音が響き渡る。不審に思いながら重たい身体を起こして手を伸ばし電話に出ると、私の恋人が事故に巻き込まれて亡くなったことを伝えられた。


あまりに突然の通告に身動きが取れなくなる。

きっとコレは最悪で最低の冗談だろう。だって、なんで、アイツが、なんで、なにをしたっていうんだ。昨夜も電話をしたし、今朝だって連絡が来たし、明後日も遊びに行くねって言われた。


そんなの、あまりに、あまりに────


ともかく病院へ行かなければ、と急いでタクシーに乗って病院へ向かった。上がる心拍数と反比例的に感じる非現実感。漠然とした焦燥感だけが私の心を漂っていた。


病院につくと、恋人は真っ白なベッドの上で心地よさそうにスヤスヤと眠っていた。

体を揺さぶれば、目をこすりながら、おはようと言ってくれそうな気がする。けれど気がするだけであり、もはやそれも叶わぬ夢である。



「……早死してほしくなかった理由がやっとわかった」


現実を目の当たりにすると、涙がとめどなく流れてくる。もう一度だけ笑顔を見せてほしい。もう一度だけあの声で私を呼んでほしい。もう一度、もう一度だけ、好きだよって言ってほしい。

それに私自身が伝えきれていないものがたくさんある。感謝も愛もなにもかも、まだ…たくさん……


「…ッ……だから、だから……!」


無情にも自身の叫び声はただ静かな病室に響き渡るだけであった。




それからあっという間に葬式が執り行われた。この数日で一生分泣いたような気がするし、それでも心の穴が埋まることはなかった。

きっといつまで経ってもこの穴は埋まることはない。けれど塞ぐ方法は1つだけ思い浮かんでいた。


約束を果たすことである。


ご両親にお願いをして遺骨の一部を譲り受けた。これで準備は万全だ。


「…よし」


頬を叩いて、自身を奮起させる。

メソメソしていても何も変わらないことを私は知っているから。

予定よりも早くて、約束よりも遅くなったけれど、一緒に世界中を見に行こう。


二人ならば、

どんな日でもステキになるだろう



 

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