第28話 伝えたいことと価値を知るはるか

 明けの月曜日。体調も完全回復したというのに、はるかの表情はすぐれなかった。


「どうしたの? まだ体調悪い?」

「そうじゃないんだけど……ねぇ」

「うん?」


 はるかはえらく不安そうな表情をしている。風邪をひいてからも、完治してからもだ。最初は体調が戻らないからだと思っていたが、違うようだ。心当たりがないわけじゃないんだけどね。


「看病してくれた時に約束してくれたのを忘れてないよね? ずっと傍にいてくれるって」

「もちろん。ねぇ、はるか。僕からも一ついい?」

「なに?」


 今言っても伝わらないのは分かるけど、言っておかないといけないと思う。


「はるかにとって、僕っぽさって何だと思う?」

「隆弘っぽさ……? そうね……」


 一瞬、不思議そうな顔をしていたがすぐに答えてくれた。


「世界で一番かっこよくて、優しくて、でも意外と頼りになって、ふとしたしぐさに見せる子供っぽさがドキッとさせるってとこかしら……それがどうしたの?」

「お、おう……」


 良いこと言ってもらえるとは思ってたけど、予想以上だったぜ。ってか、はるかの中でそこまで評価が高いとは思わなかったからびっくりしたよ。


「ありがとう。でもね、僕は自分のことをそんな風に思ってないんだ。もっと、平凡でどこにでもいるような普通の男の子って思ってる」


 僕の言葉に一瞬、むっとした表情をしたが黙ったまま話を聞いてくれている。


「じゃあ逆に、はるかは自分っぽさってどう思ってるの?」

「私は……打算的で、いじっぱりで、少し気が強いめんどくさくて嫉妬深くて……」


 言いながら、少し悲しそうな表情をするはるか。

 なんで、自分のことになるとそんなに評価が低いんだよ……。


「僕はね、そう思わないよ。はるかは優しくて、面倒見が良くて、意外と子供っぽいところがあって見る人を惹きつけてやまない、そう思ってるよ」

「そんなの私じゃないわ……」

「だったら僕だってそうだよ。でもね」


 僕はそこで一拍おく。


「僕っぽさっていうのが、はるかが思ってるのとは違うように、はるかっぽさだって違うんじゃない? それは誰かに決められるものじゃないでしょ?」


 少々、説教っぽくなったかな? でも言いたいことは言えた。


「そうかもしれないけど……」

「今はその言葉だけ覚えてくれてたらいいよ。とりあえず学校に行こうか」


 多分、僕の言いたかったことは放課後になったら伝わるはずだ。


       ※


 いつも通りに授業をこなしてからの放課後。


 僕ははるかを連れて掲示板まで向かう。掲示板にはテスト結果が張り出され、そこに名前と順位が書いてある。加えて、上位15パーセントに入ると総合点も載せられる。


「どうして、掲示板に? 隆弘も知ってるけど、私は今回……」

「そうじゃなくて、僕の結果を確認しに行かないとね」


 発表場所となった掲示板の周りは生徒でごった返していた。でも、僕が到着すると人だかりが道を開けてくれた。つまり、ここに真っ先に順位を確認すべき人物がいるということだ。


「え……?」


 ただ、はるかはおどろいているだけで、状況が呑み込めていないようだったが、張り出された結果に驚いていた。


「うそ……」


 それもそうだろう。なぜなら


『一位 真島隆弘 772点』

『二位 天城春奏 741点』

      


『四十五位 優木はるか』


 掲示板の紙にはこう記されていたのだから。



~優木さんside~


 私は目の前の光景に茫然としていた。もちろん、私が学年主席から陥落したのは分かっていた。だというのに、隆弘が……。確かに、私が本気で勉強見てたから、上位にいくことは予想していたけど……だからって、どうして一位に……?


 それに、私の地位と価値がなくなったていうのに、どうして……


「今回、優木さんは仕方なかったよね」

「そうは言うけど、あんたがいつも勉強教えてもらってたからじゃないの?」

「え、うそ……私のせい!? ごめんね、優木さん。次は打倒、真島君で私らも協力するから!」


 みんなは私に優しい声をかけてくれるのだろう。 どうして、隆弘じゃなくて、私に声をかけてくれるのだろう。

 だって、一位なのは私じゃなくて隆弘なんだよ? 


「え、うそ……みんななんで?」


「今回は風邪だったし仕方ないよ!」

「むしろ、それでも四十五位っていうのがさすがだよ!」

「だよねー。わたしらじゃ、いつも赤点超えるので必死だしね」


 そう言ってクラスメイトの花野さんたちは笑ってるけど、私は頭が混乱しっぱなしだ。


 あれ? 私の価値と地位がなくなったら、隆弘の隣を守れないんじゃなかったっけ……。


 想像していたものと違いすぎた。

 恐れていたものと全然違った。

 学年主席じゃなくて、何も変わらなかった……。 


 どうし……て……? そのとき、私が思い出したのは隆弘の言葉。


 ──はるかっぽさだって違うんじゃない? それは誰かに決められるものじゃないでしょ?


 その瞬間、鼻の奥がツンとした。


「ねぇ……私っぽさって何だと思う?」


 確かめたくて、花野さんたちにも聞いてしまった。


「そうだねー、品行方正じゃない? いつもみんなのために笑顔で頑張ってくれるし」


「えー、違うっしょ! 優木さんは私らが思ってた以上に乙女じゃん! だって、真島君といるとき、眼で好き好き訴えまくってたじゃん!」

「確かにそれはあるね!」


 そう言って、二人は笑っている。違った……花野さんたちでさえ、私っぽさっていうのは一致しない。


 そういうことなんだ……。

 私、だったのか……。

 誰よりも、学年主席に、周囲からの私っぽさにとらわれていたのは。


 頭の中で、隆弘の言っていたことがたくさん噛み合っていく。もしかして、これを伝えるためだけに隆弘は──


 私はそれを抑えるのに必死になった。でも、誰にも見られたくなかった。

 だから、私は隆弘の手を強引に引っ張って帰宅する。


「え! ちょっと……!?」


       ※


「はるか……?」


 僕の問いかけにはるかは応えないまま、ずんずんと歩いていく。帰宅してるんだとは思うんだけど。それから、僕が何を言っても応えてくれなかったので、二人して無言で歩くことになった。


 しかし、家に入ってドアを閉めた瞬間


「うぉっと」


 はるかにすごく力強く抱きしめられた。理由なん聞かないでも分かっている。


「僕の言いたいこと分かってくれた?」


 はるかは何も言わないまま、僕の胸に頭をぐりぐりとこすりつけている。多分、肯定の意味でとらえていいんだろう。

 僕は何も言わず、頭を優しく撫でる。


「ねぇ、隆弘はどうしてそんなに私のこと分かってくれるの? エスパーみたいに通じたの……?」


 はるかの瞳に僕が映る。


「こんなに、打算的で、いじっぱりで、めんどくさくて、嫉妬深いのに……そんな私にたくさんのものをくれて……」


 はるかの瞳にいる僕がぼやけ始める。次第に溜まっていたそれは、頬に伝わっていく。


「どうやって、私はあなたに返したらいいの……?」

「どうしてって……僕が世界中で一番、はるかのことが好きだからだよ。彼氏だからだよ。はるかのことを愛してるからにきまってるじゃないか。はるかに笑顔でいてもらうために精一杯がんばった、それだけだよ」


 はるかに伝う雫を掬いながら言葉を続ける。


「そのことに対して、別に返してほしいことなんて何もないよ。このまま隣にいてくれたら、それでいいよ」


 はるかは何も答えないまましばらく、僕のことをじっと見つめていた。

 それでも、少し経つと、


「約束するわ……」


 そう答えてくれた。その瞬間、はるかの気持ちが溢れ出るのを感じた。

 それは周囲の温度が上昇したと錯覚せるほどに熱く、焦がれるほどに切なかった。


「だって、隆弘は私の物なんだから! たとえ、学年主席じゃなくても、世界中の誰もが隆弘の隣には別の人がお似合いって言おうが関係ない。絶対にわたすもんかっ!」


「どこにだって行かないよ。行くわけないでしょ。僕がこんなに好きで仕方ないのは、はるかだけなんだから」


「うん、知ってる……大好き」

「うん、僕も……」


 お互いに抱きしめたまま、僕たちはその感情も体温も共有した。

 幸せで大切な時間だ。これからもこの時間を守れるように全力を尽くそう。

 僕はそう静かに決心した。

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