第5話 信頼と飼い主な優木さん

 優木さんとの夕食後。

 夕食に使った食器を洗ってから、僕はリビングでまったりと過ごしていた。現在、優木さんは入浴中。つまり、一人ですごせる貴重な時間と言うわけだ。

 こんな時は、はちみつを垂らしたホットミルクとドーナツに限る。


「えーと……どこにあったかな……」


 キッチンの戸棚をあさり、どのドーナツにするか考える。この悩んでいる時間が僕は非常に好きだったりする。


 僕は生粋のドーナツ好きだ。ドーナツの軽いふわふわした触感と爽やかな甘さが絶妙なおいしさを生み出しており、虜にされてしまった。あまりの中毒性に一時期、怪しげな薬が入っているんじゃないかと疑ったほどだ。

 たっぷりと悩んでからとあるドーナツを取り出した。


「よし、今日は黒蜜きなこドーナツ! 君に決めた!」

「……一人だって言うのに、えらく楽しそうね」


 ドーナツトレーナーの気分になっている時だった。えらく冷めた目をしている優木さんと目が合った。


「……いつからいたの?」

「キッチンの戸棚をあさっている時からよ」


 そう言って、優木さんは意地悪そうな顔をしている。

 というか、最初から見てたのね。声かけて欲しかったよ、すごく恥ずかしい思いをしてしまったじゃないか。


「優木さんもいる?」


 戸棚からドーナツ用の容器を出して、中身を見せる。


「遠慮しとくわ。太っても嫌だし」

「知らないの優木さん? ドーナツって真ん中が空洞だから、実質0キロカロリーなんだよ」

「何よ、そのガバガバ理論……って真島君も冗談言うのね」


 優木さんに指摘されて気づいたけど、確かにその通りだ。本来、僕は人に冗談を言うようなタイプじゃない。それだけ、優木さんと打ち解けたということになる。


「まぁ、今日一日でいろいろありすぎたからね」

「それで納得してしまう自分が嫌だわ……」


 僕の言葉に同意するかのように、優木さんの表情も苦くなる。

 まぁ、今日一日で優木さんの秘密を知って、婚約と同棲まですることになったからね……。


「冗談は置いといて、低カロリードーナツもあるけど?」

「それを先に言いなさい」


 どうやら食べたかったらしい。


 僕は優木さんに低カロリードーナツである、おからドーナツを差し出す。このドーナツは、ヘルシーなおからを生地に練り込み、揚げずに焼く工程で作られたヘルシードーナツなのだ。


 それから僕たちは、デザートをつまみながら今後の生活ルールについて話し合うことになった。


「今更だけどさ、いきなり男と暮らすのって大丈夫? なんなら、じいちゃんに……」


 た、例えば襲われるかもしれないとか、そういう警戒心はないんだろうか? もちろん、僕の振る舞いによっても変わってくるんだろうけど。


「別に大丈夫よ。心配してくれてありがとう」


 そう言いながら、優木さんは苦笑している。


「不安がないって言えば嘘になるわ。まだ少しの時間しか過ごしてないけど、あなたがそういうことしない誠実な人っていうのは分かってるから」

「お、おう……」


 信頼してくれるのは嬉しいけど、すごく照れくさい……。


「それと料理は私が担当するわ」

「いいの? 負担だって大きいだろうし」

「おいしそうに食べてくれる人もいるし作り甲斐があるわ。お昼のお弁当も作ってあげるし、楽しみにしときなさい」


 やっぱりというか、なんだかんだで優木さんって面倒見いいよな。こう、口では文句言いながらも世話を焼いてくれるし。


「それに、飼い犬の面倒見るのもご主人様の役目だからね。食べてる姿、可愛かったわよ」


 イタズラめいた口調で話す優木さんは、えらく楽しそうだ。


「僕は犬ですか……」

「そうよ。犬が芸したらご褒美上げるものでしょ?」


 僕が洗っておいた食器をみながら、優木さんはイタズラめいた口調で話す。

 こうして、料理面全般は優木さんが。掃除といったことは僕がすることになった。


「あ、それともう一つあったわ」

「?」


 まだ、何か決めてないことあったかな。


「あなた、私のこと好きにならないでよ」

「…………は?」

「ちょっと! 何よ、そのこいつ何言ってんだみたいな顔は!」

「いや、だってさ」


 言いたいことは分かるんだけど……どうして急に。


「これでも私、かなりモテるのよ」

「……そりゃあ、猫被ってたらね」


 僕も素顔知る前まではちょっとときめいてたよ。 


「うるさいわよ! 日記見たなら分かるでしょ……」


 日記……? ああ、『深淵の記憶─アビスメモワール』のことか。そういえば……


「好きな人いるんだっけ?」

「そうよ。だから……ごめんね真島君」

「いや、なんで僕振られたみたいになってるのさ……」

「フフッ……ごめんなさいつい。でも、好きな人いるのは本当だから」

「ほいほい。ちなみに、誰か聞いても?」

「真島君は婚約者という点でいえば無関係じゃないし、いいわよ。明日届く荷物見てもらった方が早いと思うし、明日また話すわ」


 いまいち、優木さんの言っていることが掴めなかったが、明日になれば分かるか。

 一体、優木さんの好きな人って誰なんだろう?


最も、この時の僕は優木さんの好きな人を知って大変驚愕することになるんだけど、今はまだ知らない話だ。

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