第4話 手料理とポーカーフェイスな優木さん

 優木さんの婚約宣言の後、じいちゃん達はそれぞれの自宅に帰って行った。あとは若い人たちに任せるらしい、知らんがな。


 今後、優木さんは僕の家に住む形になるらしい。加えて、引っ越し荷物は明日には届くようになっているらしい。香織さんがあらかじめ用意していたらく、用意周到なことだ。足らない分は後日、僕と二人で運び出す予定になっている。


 そのため、現在リビングには僕と優木さんの二人しかいない。それに優木さんはアイドルも顔負けの容姿だ。これで緊張するなって言う方が無理な話だ。


「「………………」」


 優木さんも気まずいのか何も言わないままだ。この沈黙が耐え切れなくなって、声を掛けようとした時だった。


 ──グゥゥウゥウウウ


 僕のお腹が盛大に鳴ってしまった。


「…………プッ!」


 笑いをこらえているあたり、優木さんにも聞こえていたんだろう。


「あー……、ご飯にしよっか」

「そうね。今更だけど、ご両親は?」

「うちはね、三人家族なんだ。一個下の妹は寮のある高校で、父さんは転勤が決まってから単身赴任している。母さんは……着いてきて」


 これから一緒に暮らしていくことになるんだ。言っておいた方がいいだろう。

 僕は優木さんをある一室に案内した。その部屋は畳のある和室で遺影が飾ってある。


「病気で亡くなっているんだ。だから今までは一人暮らしを満喫していたかな?」


 暗い雰囲気にしたくなくて、軽いジョークを交えながら話す。


「そう……挨拶させてもらうわ」


 優木さんは僕に気を使ってか、何も聞いてこなかった。


           ※


 母さんへの挨拶が終わった後、


「ったく、冷蔵庫には何もないじゃない……」


 優木さんは呆れたようにため息をついていた。

 夕飯を作るためにキッチン来たけど、僕はフライパンどころか、包丁さえ握ったことがない。

 そりゃあ、何もないよね。


「今まで食事はどうしてきたのよ?」

「インスタントとレトルトカレーが中心かな? たまに、スーパーの総菜も買ってるけど」

「普段からそうなの? 野菜は?」

「めんどくさいからね。それに、ほら……インスタントの中にも野菜入ってるじゃん」


 そう言った途端、すごく苦々しい顔された。そりゃあ、インスタントの野菜って微妙なとこだけどさ!

 

「はぁ……仕方ないわね」


 優木さんはため息をついてから、玄関に向かい靴を履く。


「買ってくるから、少し待ってて」

「え? ちょ──」


 そう言って、優木さんは買い物に出かけて行った。コンビニ弁当でも買ってきてくれるのかな?


「やることないし、風呂掃除でもするか……」


          ※


 それから数分後、優木さんはスーパーの袋を持ちながら帰ってきた。


「重いから持ってくれる?」

「え……あ、うん」


 優木さんから袋を受け取って中を確認すると、ごぼうにキャベツ、豚肉などと生鮮食品が大量にあった。


「これって……」

「見たらわかるでしょ? とりあえず適当に何か作るから待ってて」


 驚く僕を気にも留めず、優木さんはキッチンに立つと手際よく料理を始めた。


(料理できたのか……)


 暫くすると、お腹を刺激する良い匂いが漂ってきた。


「ほら、完成したわ。早く食べましょ」


 食卓に向かうと豚汁、千切りキャベツ、ハンバーグが並べられていた。


「すっげぇ……」


 思わず息を呑んでしまう。こんなまともな夕飯はいつぶりだろうか。


「大げさよ……これくらい簡単にできるわよ」

「いやいや、そんなことないって! 本当にすごいね……」

「ほら、いいから! はやく食べましょ」


 お腹が減っているからせかしていると思ったのだが、頬が赤くなっているあたり、照れているのかもしれない。


 不覚にもちょっと可愛いと思ってしまった。


「「いただきます」」


 誰かが作ってくれた夕飯を食べるのって、いつぶりだろうか。寂しいとか思ってたわけじゃないけど、誰かと食事をするっていう行為自体にほっこりしている自分がいた。


「……! お、おいしい……!」


 一口食べた瞬間、自然と口から出てきた。

 インスタントばっかりの生活だったからというのもあるんだろうけど、少し感動してしまった。誰かと食べるご飯ってこんなにもおいしいのか……。


「ふふっ、ありがとう……って、ほらゆっくり食べないから」


 勢いよく食べる僕を見ながら優木さんは嬉しそうに笑っていた。

 しかしそのせいで、箸でつかんだハンバーグが落ちて、優木さんの方に転がってしまったのだ。


「ごめんごめん……って、」


 思わず口を閉じてしまった。なぜなら、僕が落としたハンバーグを箸でつかんで口元に持ってきたからだ。いわゆる、あーんってやつだ。


「どうしたの? あ、机に落ちたの気にしてる?」

「いや、そういうわけじゃないんだけど……」


 僕が変に意識しているだけなのか、優木さんは全く気にしてなさそうだ。

 ええい! 知るか!

 僕はそのままパクッと口でほおばった。

 動揺する僕とは対照的に、優木さんは何事もなかったようにご飯を食べ進めている。


「…………」

「どうしたのよ?」

「いや、何でもない。ちょっと手が汚れたから洗ってくる」


 別に手が汚れてるわけじゃなかったけど、洗面所で手を洗いながら深呼吸する。


(はぁ……ドキドキした。っていうか、僕がおかしいのか?)


 優木さんの様子におかしなところはなかった。きっと対人スキルが低いから動揺しただけで、普通のことなのだろう……多分。



~優木はるかside~



「…………」


 真島君がリビングから出ていったのを確認する。


(はぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~間接キスにあーんまでしてしまった……)


 私は足をバタつかせながら先ほどの行為を恥じていた。


(迂闊だった迂闊だった迂闊だったぁぁぁ~~……ううぅ……)


 正直なこと言えば、真島君といるのはかなり気が楽だ。自分を偽らないで、素の自分で接することができるからだ。だから、心のどこかで緩んでいたのかもしれない。それだからあーんに間接キスまでって、うぅぅ……。


(まだドキドキしてる……まるで私が真島君のことを意識してるみたいじゃない……)


 でも、そうなのよね。実際、男の子と二人きりなんて初めてだから仕方ないじゃない。それに真島君って、素の私にも変わらず接してくれる懐の深いところにグッときちゃうし、それが安堵感と言うか安心感につながって……それにご飯だってあんな嬉しそうに食べてくれてキュンとしちゃったわよ……うぅぅ……。


(グヌヌムムムゥゥアア……)


 そうやって私が自分の行為に恥じていると、リビングのドアが開かれた。

 真島君が帰ってきた!



~隆弘side~



 僕がリビングから戻ると、優木さんは静かに、落ち着いた様子で食事を続けていた。


「食事中にごめんね」

「いいわよ別に。気にしないで」


 こういうところを見せられると、大人っぽいなと思ってしまう。


 それに比べて僕は、ちょっとしたことで動揺して慌ててしまう。普段からボッチで過ごしているせいで、子供っぽい反応になってしまうのだろう。


「ど、どうしたのよ? 何か変な事でもあったの」

「いや、そうじゃなくて優木さんって大人だから、僕も見習わないとなぁって思って……」

「やっぱあんたわざとでしょ!」

「なんで!?」


 なぜか僕は、頬を赤らめた優木さんにジト目でにらまれた。変な事言ってないと思うんだけどなぁ……。

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