第3話 婚約と同棲を拒否できなかった優木さん
「な、何でよりによってあなたなのよ……」
優木さんが指を震わせながら僕のことを指さす。僕としてもここは、
「何でって……黙示録に記されていたことだからね」
こう応えるしかないだろう。なお、黙示録とは、神が与えた信託を記した書物らしい。
「──ッ! あんたやっぱり馬鹿にしてるでしょ!」
「イタッ! 痛いってば……ごめん、ごめんってば優木さん」
本日、二度目の優木さんからの足蹴り。クラスでも間違いなく、足蹴りをされたのは僕だけだろう。いや、何の自慢にもならないね……。
「僕はこの理解しがたい状況を、少しでも受け入れやすくするために──」
「だーかーらー! それが余計だって言ってるんでしょ!」
立腹している優木さんを見ていると、僕の会話術では消火するどころか着火させてしまうことが分かった。うん、今後、下手なこと言うのは止めよう。
「いやぁ、二人の仲が良さそうで安心じゃ……」
「こんなに仲が良いなんて安心しました」
「「どこが!?」」
じいちゃんともう一人は優木さんのおばあちゃんだろうか? 僕らを見て二人は微笑ましいものを見るかのように笑う。
「紹介しておかないとな隆弘。この人は、はるかさんの祖母にあたる香織さんだ」
「初めまして」
じいちゃんに言われ、香織さんに挨拶する。
「ええ、こんにちは隆弘さん。曾孫楽しみにしてますね」
優木さんと違って、落ち着いていて上品な感じなのに、グイグイくるなぁ……。
「まさか私の孫が、よそ様の前で自身を偽っていないなんて驚きました。これなら私としても安心できそうです」
「わしの孫じゃからな。やっぱり、わしの目に狂いはなかったの」
そう言って、二人は談笑している。
「(どうすんのよ! これじゃまるで私たちが仲良いみたいじゃない)」
「(それって僕が悪いの……)」
僕と優木さんがコソコソ話している時だった。
というか優木さん、僕の前ではもう猫被らないのね……。
「それでじゃ、隆弘」
話しかけてきたのはじいちゃんだった。
じいちゃんは一代で会社を築き上げた社長だ。ただ、うちが特別裕福というわけでもない。じいちゃんの会社は完全能力主義だから、父さんもコネ入社こそさせてもらえたけど、平社員どまりだし。
「確認しておきたいんじゃが、彼女はいるのか?」
「悲しいかな、いないけど……」
「それじゃあ、好きな子は?」
「そっちも悲しいかな……いないけど……」
「本当に悲しいじゃない」
何か、優木さんにすごく失礼なこと言われたような気がするんだけど。
「なら問題ないな。はるかちゃんみたいな可愛い子なら、隆弘も嬉しいじゃろ。先ほどの雰囲気からして、わしらも曾孫と早く会えそうだし一石二鳥じゃないか」
「でもさ──」
「ちなみにだが、断ったりはしないよな?」
突如、声が遮られたかと思うと一気にじいちゃんの声のトーンが低くなった。さすがに、社長なだけあって迫力がすごい。
「もしもだけど、断ったら……?」
「正臣の首が飛ぶことになるな」
正臣というのは父さんのことだけど、僕の一言で父さんの職が関わってくるのか。ちなみに、父さんはじいちゃんの会社で働いている。そりゃあ、平社員の一人くらい退職させるなんて簡単だろう。じいちゃんのことだから、冗談で言っているとも思えないし。
「優木さん……」
情けない話だけど、優木さんに目で助けを求める。すると、そんな僕を見て、呆れたように優木さんはため息をついた。けど、小声で「仕方ないわね」と言っていたのが聞こえた。
案外、優木さんは猫を被らなくても面倒見はいい方なのかもしれない。
「いいですか、勝手に話を進めてますけど私だって、婚約には反対なんですからね。曾孫、曾孫言ってますけど私達はまだ学生です。そもそも年頃の男女が同棲なんて非常識です。だから、おばあちゃんも曾孫は諦めてよ!」
うんうん。流石、優木さんだ。実に分かりやすい正論だ。婚約もだしどうせ──
「同棲!?」
じいちゃんには、婚約相手を見つけてくるってことしか聞いてなんだけど!?
「あら、隆弘さんには教えなかったんですか?」
「はて……? 婚約するんだから同棲は当たり前じゃないか、なぁ香織さん」
「そうですよね。きっと照れているんでしょう。オホホ」
なんだろう、じいちゃん達と僕の間で未来永劫かみ合わなさそうなこの会話は。軽くめまいがしてきた。
「今聞いた通りなのよ。婚約もだけど、それ以上に同棲っていうのがきついわ。あんただって変な噂を立てられるのは嫌でしょ?」
「そりゃあ、まぁ……」
ぶっちゃけそれ以上に、優木さんとの同棲が嫌だ。
優木さんって中二病なうえに猫被ってるから、何考えているのか分からなくて怖いんだよね。
「けど、父さんの職がなぁ……」
断りたくても断れない。非常に難しい問題だ。
「……仕方ないか」
「え?」
もしかして、僕の家族のために──
「こうなったら、真島君のお父さんには新しい職を探してもらうしか……」
「なんでだよ!」
そこは流れで助けてくれよ!
「えらく反対しているようだけど、はるかちゃんだって無関係じゃないのよ?」
香織さんの声に、優木さんの頬がピクッと震える。
「これを見てください」
「ぼく?」
手招きされ、渡されたスマホ画面をのぞき込む。そこには、録画されていたであろう優木さんの映像が映しだされていた。
何か……真っ黒いマントに魔女が被るようなとんがり帽子を被ってるけど。よく見ると、床には不思議な模様で円が描かれていた。多分、魔法陣のつもりなんだろうな。
『死して尚、許されぬ罪を背負いし悪魔神たちよ! 我に西島さんを呪う力を──』
「きゃああああああああ!」
映像の途中で、優木さんの悲鳴とともにスマホの画面が消されてしまう。
「な、なんでおばあちゃんがこれを……」
「今はいいじゃないですか、それよりどうします? 隆弘さんと同棲するか、それとも──」
香織さんの視線がスマホに向く。僕と同様に脅されている……。
「それにこれは、はるかさんにだって悪い話じゃないですよ? 素のあなたで接することのできる人なんて、家族以外に今までいなかったじゃないですか」
「うっ……」
「それに婚約と言ってますけど、同棲してみてお互いの相性が合わなかったら、解消したらいいだけじゃないですか」
「そうだけど……」
あ、この流れはまずい。外堀が埋められていっている。
「もちろん、解消することになっても約束は守りますよ」
この言葉がとどめだった。
(……約束?)
「ううぅぅぅ……分かったわよ。真島君と婚約して同棲するわよ!」
こうして、半ばやけくそ気味に叫ぶ優木さんの一声で、僕たちの婚約と同棲が決まった。
肩を落とす僕たちとは対照的に、したり顔でほくそ笑むじいちゃん達が印象的だった。
クソウ……。
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