第2話 猫かぶりな優木さん
落とし物の手帳から、優木さんの秘密を知ってしまった僕。
そのことがバレて、優木さんは空き教室に僕を連れ込んだ。
「えーと……優木さ──ヒッ!」
──ドンッ!
僕の言葉を遮って優木さんの手が壁を叩く。いわゆる壁ドン状態だ。
こんな時だというのに少しドキドキしてしまった。優木さんのきれいな顔が近くで見えるからだ。シミ一つなく、雪のように白く陶器のように滑らかな肌も、大きくクリッとした眼も、花のように甘い匂いを漂わせる髪もだ。
「喋らないで」
普段の優木さんからは想像もつかないほどに、無機質で冷たい声が聞こえてくる。
「それで、一体どこまで見たの?」
「み、見てないです! ブラッディ・ヘルフレイムも滅びの鎮魂歌(レクイエム)も知らないです! アビスメモワールも──」
その途端、優木さんの顔が真っ赤に染まる。
「じゅ、十分にまずいところ見てるじゃない!」
僕の対応がまずかったのか、優木さんがキッと僕を睨みつけながら足を蹴ってきた。
「痛い、痛いって! ごめん、ごめんって!」
優木さんと距離を取ろうと腕を伸ばしたのがいけなかった。肩を掴むつもりが、別の柔らかい何かを掴んでしまった。
──ムニョン!
それが、『おぱーい』であることを理解するのに1秒もいらなかった。
「うわっ! ごめん。わざとじゃないんだ、本当に!」
「とりあえず、正座しよっか」
菩薩のような笑みを浮かべる優木さんだけど、その眼は笑っていなかった。
「え……」
「せ・い・ざ」
僕は大人しく床に正座するしかなかった。
蛇に睨まれたカエルいえば、今の僕の気持ちは伝わるだろうか……。
「さっきの様子から察するに、日記は見たのよね?」
「う、うん……誰の落とし物か分かればいいと思って……」
「大丈夫! 優木さんが中二病であることなんて絶対に言わなから」
「改めていわれると恥ずかしいから、やめてほしんだけど?」
「い、イェッサー……」
「はぁー……完全に見られたか。まぁ、落とした私の責任でもあるのよね……」
「あー……大丈夫だよ。アビスメモワールとか地獄の炎に抱かれて消えろとか。どんなに痛々しくても僕も忘れるように──」
「喧嘩売ってんの?」
「なんでっ!?」
フォローしたつもりが、余計に優木さんを怒らせてしまったようだ。
「なんでって! それでフォローしてるつもり!? 信じられないんだけど!」
「すいません……」
ボッチなりにこの状況をフォローしようとしたが、逆効果だったようだ。僕の会話術ではどうもだめらしい、諦めよう。
「と、とにかく……私が中二病患者だっていうことはもういいから!」
(中二病患者だっていう自覚はあったのか……)
思わず視線が手帳に向いてしまう。
「何か文句でもあるのかしら?」
「い、いえ……何でもないです」
笑顔が怖い。今更だけど、口封じに殺されたりしないよな……?
「今日見たことは忘れなさい」
僕は黙ってうなずいておくしかない。
「あと、念のために貴方の弱みを一つ教えなさい。そうじゃないと信用できないわ」
「えー……言いたくないんだけど」
優木さんの言いたいことは分かる。要は、何かの間違いでバラされないためにも、保険をかけておきたいんだろう。
「そんなっ! 私の胸を触っておいて……」
「えっ! いや……そうなんだけどあれは事故で……」
突如、泣いたふりをする優木さんに僕はたじろぐしかなかった。泣いたふりっていうのは分かっているんだけど、対人レベルの低い僕からすれば戸惑ってしまう。
「私の初めてが……ううぅ……」
「言い方! 分かった、分かったから……はぁ……」
「うん、よろしい」
そう言って、優木さんは手で隠していた顔を出すと、片目をつぶりながら舌をチロッと出した。
これで、可愛いと思ってしまうあたり僕も単純だ。
「これは、僕が中学校の頃の話なんだけど、どうしてもモテたかったから女子トイレにこっそりと忍び込んでた時期があったんだよ」
墓場まで持っていくと決めた秘密を話し始める。思い返したくないんだよなぁ……。
「ただ勘違いしてほしくないんだけど、決して覗いてたとかそういうわけじゃないんだ。ある落書きをしてたんだよね?」
「……落書き?」
「うん、真島君カッコいいとか、今日真島君と目が合っちゃったとか、真島君を私の彼氏にしたいとか……そうやって中学の女子生徒全員を洗脳しようとしたことがあるんだ」
あの時の僕はこれでラノベ主人公のようにモテると信じて疑ってなかった。下手したら優木さん以上に痛々しいかもしれない。
「…………ブフッ!」
優木さんは俯きながら、肩を震わせながら必死に笑いをこらえている。
「いっそのこと笑ってくれた方が楽なんだけど……」
「あーははは! おかしすぎでしょ。ごめんお腹痛いわ」
優木さんはひとしきり笑った後、目尻に溜まった涙を拭った。
「これで、私達は運命共同体よね?」
「そ、そうだね……」
大変不本意な形でだけど。
「そうだ、僕も一つ聞いていい?」
「何よ?」
「今更だけど、優木さんって猫を被ってるよね?」
優木さんの頬が一瞬で紅潮する。
うわぁ……分かりやすい。
「何よ、何か駄目なわけ。私が誰かに迷惑をかけたとでも言いたいの!」
「いや、実際に僕が──」
話の途中で、優木さんにきつく睨みつけられる僕。
「と思ったけど気のせいかな。あはは……」
僕は圧力に屈してしまいました。こうしていじめはなくならないのだろう、うん。
「と、とにかく、今日あったことをあなたが忘れてくれたらそれで済む話なんだから! 分かった?」
「は、はい! 決してアビスメモワールもブラッディ・ヘルフレイムを話しませんし、忘れます!」
「それを忘れなさいって言ってるの!」
こうして、僕は彼女の秘密を知ってしまった。ただ、僕の秘密も彼女に知られているので、本当に運命共同体ってやつだ。
そして、幸か不幸か、僕と彼女の接点はこれだけに終わらなかった。
いや、どう考えても、僕は巻き込まれただけだし不幸だろう……。
※
あれから優木さんと別れると僕はまっすぐに帰宅した。
そして、家のドアに手を掛けようとしたところである違和感に気づいた。家の明かりがついていて、鍵が開いていたからだ。
中に入ると、見慣れない靴が三足あった。
(……誰だ?)
二階建ての一軒家だが今はほぼ一人暮らし状態だ。
単身赴任した父は社員寮だし、妹も寮生活しているからだ。
おそるおそるリビングのドアを開け中に入った。
「おお、隆弘お帰り。先週、電話した件でな、見つけてきたぞ。婚約相手を」
「……は?」
確かに、先週の電話でじいちゃんはそう言ってたけど……今の僕からすればそれどころじゃなかった。
ほぼ間違いなく、僕の目の前にいる女の子が、その子なんだろうけど。だからって……よりによって……
「な、何でよりによってあんたなのよ……」
「それはこっちのセリフなんだけど……」
向こうもぼくを指さしながら震えていた。それもそのはずだろう。
今、僕の目の前にいるのは、先生や生徒から信頼が厚く学校一モテる美少女として認知されているんだけど、実は猫を被っていて重度の中二病患者である──優木はるかだったからだ。
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