品行方正な優木さんが猫を被っている件について~婚約し同棲することになったんだけど、彼女の初恋相手が僕ってマジで!?~
光らない泥だんご
優木さんと真島君の同棲生活
第1話 品行方正な優木さん
これは僕が幼い頃。
母さんがまだ生きていて、両親がフラワーショップを経営していたころの話だ。
この日、僕は喫茶店に飾る花を配達していた。配達と言っても、両親がお金の清算をしている間に、車に積んである花をお店に運ぶ簡単な手伝いだ。
いつものように手伝っていると、女の子の泣き叫ぶ声が聞こえてきた。
『おねがいっ! かえしてよ!』
『へっ、やだよーだ! おらっ』
目の前で、二人組の男の子が、女の子から取り上げたであろうテディベアでキャッチボールをしていた。泣きじゃくる女の子を見ると、幼いながらも、僕は淡い正義感に駆られた。
『や、やめろー!』
気が付くと叫びながら僕は、男の子にとびかかっていった。
それから、男の子からテディベアを取り返すことには成功したけど、女の子は泣いたままだった。
『うっ……うっ……グスッ』
『こんにちは、おじょうさん! ぼくを見て元気を出してよ』
僕はポケットからマッピーという人形を彼女の目の前で動かした。花に手足を生やしたゆるキャラのような感じをイメージしてほしい。
すると女の子も次第に、笑顔になっていったのを覚えている。
それから少し遊んだ後、両親が声を掛けてきたので、僕は帰ることになり、マッピーは彼女に上げた。
帰り際、
『ありがとう! お礼に、大きくなったら私がお嫁さんになってあげる! 約束だからね』
そう花が咲くような笑顔で、約束してくれた。
今からもう十年以上前のことだ。
子供の頃の約束だし、うっすらとしか覚えていない。きっと彼女も覚えていないだろう。
そう思っていた──。
※
季節は四月。高校ニ年生に無事進級できた僕は、掲示板に張り出されたクラス替え表を見ていた。
周囲の人だかりは自分が何組になって、担任は誰なのか、気になるあの子と同じクラスになれたかなど一喜一憂していた。
(一組か……)
けど、ぼっちの僕には関係のないことだ。そのまま僕は教室に向かい、出席番号に従って自分の席に腰を下ろした時だった。
──ピピピ!
スマホの着信音が鳴り響いた。どうも、マナーモードにするのを忘れていたらしい。慌てて、廊下に出て誰からなのかを確認すると祖父からだった。
(はぁ……またか……)
『もしもし、おじいちゃん。今、学校なんだけど』
『そうだったのか? すまんおぉ。そんなことよりもじゃ、今回こそぴったりな相手を見つけてきたぞ。この子なら隆弘も納得してくれる自信があるんじゃ』
うちのじいちゃんが言う「ぴったりな相手」というのは、婚約者のことだ。死ぬまでに曾孫が見たいじいちゃんは、あの手この手を使って僕に婚約者をあてがおうとする。
ただ、高校生の俺からすれば気が早すぎるので勘弁してほしい。だから、毎回断っているのだが中々にあきらめてくれない。
『そうだなぁ──』
『本当かの! 来週にでも連れてくるから楽しみにしててな』
『え、ちが──』
いまの「そうだな」は前置きで言っただけで、肯定の意味で言ったんじゃない……。
(まぁ、断れば問題ないか)
そう軽く考え、教室に帰ろうとした時、やたら大きい声で話す男子生徒たちの声が聞こえてきた。
「あの優木(ゆうき)さんと同じ一組とかついてるよな俺達!」
「だよな! はぁー……、彼女になってくんないかなぁ」
「無理だって! 三組の日高だって振られてんだぞ」
「学校一のイケメンが!? 高嶺の花すぎるだろ……いったい誰となら付き合ってくれるんだろうなぁ……」
僕の隣で話していた男子たちの間で話題になった「優木さん」。
優木さんといえば学業優秀、容姿端麗、品行方正と言った言葉が真っ先に出てくる。そのため、生徒からだけでなく教師からの信頼も厚い。
そんな彼女の容姿は、ぱっちりした目と整った鼻筋が清楚な雰囲気と相まって、独特の魅力がある。
一番の特徴は、腰まで届きそうなロングの黒髪。艶やかで、なめらかで絹のような美しさだ。
これは余談だけど、過去にクラスメイトたちの間で秘密裏に行われた『末吉高校彼女にしたい女子ランキング』ではぶっちぎりの一位だったりする。
教室に戻って、噂の優木さんをなんとなく目で追うようになったんだけど、噂以上の活躍っぷりだった。
例えば、ある日の休み時間。
「優木さん、今日先生に当てられるのに予習してきてないの。助けてー」
「いいわよ西島さん。教えるのは解き方だけで、後は自分で考えてね」
「うん! ありがとう」
これまた別の日の授業中。
「宇野さん、大丈夫? 先生、私付き添いで保健室に行ってもいいですか?」
「確かに、体調悪そうだな。それに、優木が付き添いなら先生としても安心だ」
「じゃあ、宇野さん行きましょうか」
そして放課後。
「すまないが優木、これを手伝ってくれないか?」
「分かりました先生。私でよければいつでも手伝いますよ」
「いつもすまんな」
すごすぎる……孤独を貫く僕とは正反対だ。僕が抱いた率直な感想だった。
一体、前世でどれだけの善行を積めばこれだけ可愛くて性格がよくなるのだろうか。その百分の一くらい分けてほしいものだ。
僕がそんな感想を抱いた日の放課後。
下校の途中で忘れ物に気づいた僕は一度、教室に戻った。
「えーと……あった、あった……ってなんだこれ?」
僕の足元に落ちていたのは一冊の黒い手帳。表紙には赤字で深淵の記憶─アビスメモワールと書いていた。
このまま無視を決め込んでも良かったけど、教室内に落ちていたということはクラスメイトの誰かだろう。中身を確認して名前が分かればこっそりと机の中に入れとけばいいか。
そう考え、中身を確認した時だった。
四月十五日 日高君に告白された。しかも二回目。何が、撮影姿を見てもらえれば気が変わるよ、このナルシストめ。第一私には好きな人がいる。くらえ! ブラッディ・ヘルフレイム! 地獄の炎に抱かれて消えろ!
四月十七日 西島さんにまた勉強を教えてほしいと頼まれた。いい加減、当たるのが分かってるのなら私に頼るなと思う。正直、ちょっとうっとうしくなってきた。こんな日は、前に買った闇魔術の書に書いてあった呪いをかけるに限る。
四月十八日 また先生の雑用を手伝わされた。めんどくさいから手伝いたくないし、他の人に頼めばいいのにと思う。先生には、漆黒魔法である『滅びの鎮魂歌(レクイエム)』を捧げることにする。
……なんて痛々しいのだろうか。
今見たことは忘れよう。これは確実に僕が持ってちゃいけないブツだ。
その時だった。カツカツと廊下を激しく、速いテンポで叩く靴音が響いてきた。
そして、教室のドアが荒々しく開かれ、例の手帳を持つ僕と目が合う女の子が一人。
「……優木さん?」
「真島君……その手帳の中、見ちゃった?」
優木さんは手を震わせながら、僕が持つ手帳を指さす。
「うん、誰の持ち物か分かればと思って──ヒッ!」
話している最中で、ネクタイを思いっきり引っ張られた。吐息が聞こえるほどに、優木さんの顔が迫る。
「へぇー、見ちゃったんだぁ……」
今の優木さんは普段の優しそうな雰囲気ではない。むしろ別人と言った方がしっくりくるくらいだ。声色のトーンが普段よりも一段ほど低いのがそう感じさせるのかもしれない。
とてもじゃないが、今の優木さんに品行方正なんて言葉は似合わない。
──って、今はそんな冷静に状況を観察している場合じゃない!
「聞きたいことはたくさんあるけど、他に誰か来たら困るし、着いてきてくれるよね?」
そうニッコリと微笑む優木さんの表情は、可愛いはずなのに、今の僕からすれば怖くて仕方なかった。まな板の上の鯉の気持ちだ。
こうして僕は、優木さんに(半ば強制的に)空き教室まで連行させられた。
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