第198話 【ブルームズ】

 まず初めに動いたのは炎の獅子イグニス・レオだった。

 大きく踏み込んだかと思えば、その巨体に見合わない俊敏な動きで四人に迫ってくる。


「させないわ! デコイ!」

「ッッッ!?」


 しかし、そう簡単に敵の狙い通りにならない。

 灯里がスキルを用いて注意を引き付けることによって、炎の獅子イグニス・レオの狙いが彼女一人に限定される。

 問題は灯里が炎の獅子イグニス・レオの攻撃を耐えられるかだが――


「援護します!」

「私も!」


 ――炎の獅子イグニス・レオを待ち構える灯里に向かってバフをかける由衣と華。

 華は技能模倣ストックによって由衣のスキルをコピーすることで発動しているみたいだ。


「ガルゥゥゥ!」

「甘いわよ!」


 ガァン! と、炎の獅子イグニス・レオの右前足が大盾に振り下ろされ、鈍い衝撃音が部屋いっぱいに広がった。

 由衣たちのバフのおかげもあってか、なんと灯里は真正面から炎の獅子イグニス・レオの攻撃を受け止めていた。


「ガルッ! グルゥゥゥ!」

「何度っ、やってこようがっ、無駄よ!」


 当然、炎の獅子イグニス・レオはたった一撃で諦めることなく連続で猛攻を仕掛けてくる。

 しかし灯里は幾つものスキルを駆使し、その全てを無効化していく。

 このたった数度の攻防だけで、灯里のタンクとしての才能が示されるかのようだった。


 そんな灯里の姿を見ながら、俺は数日前のことを思い出す。


「……それもそうか。ほんのわずかな時間とはいえ、10000レベルの異形相手から耐えきったんだ。灯里ならこれくらいやれるよな」


 懸念点があるとすれば、スキルを使うための魔力が切れてしまった際に凌ぎきれるかだが――


 俺は灯里が持つ大盾に注目する。


 ――――――――――――――


全遮ぜんしゃ大盾おおたて

 ・装備推奨レベル40000。

 ・防御力+40000。

 ・物理攻撃を受けた後は耐久力が、魔法攻撃を受けた後は精神力が一時的に上昇する。上昇分のステータスを特定範囲にいる相手に分け与えることが可能。


 ――――――――――――――


 俺が灯里に譲ったあの大盾の真価が発揮するのは、ここからだ。

 敵の攻撃を防いだ数だけ、灯里のステータスも上昇しているはず。

 それによって最初よりは格段に、炎の獅子イグニス・レオの猛攻を食い止めるのが容易になっているはずだ。


 さらに――


 炎の獅子イグニス・レオが灯里に夢中になっている中、黄緑色の魔法剣を召喚した零が、タイミングを見計らったように前に出る。


「灯里!」

「分かってるわ!」


 零の呼びかけに灯里が応じた直後、大盾から魔力の塊が零のもとに飛んでいく。

 魔力はそのまま零の体に吸い込まれていった。


 これも全遮ぜんしゃ大盾おおたての効果の一つ。

 灯里の上昇したステータス分の一部が零に譲渡されたのだ。

 これによって零の防御力は増し、万が一にも備えられるようになる。


「はあッ!」


 裂帛の気合と共に、零が魔法剣を振るう。

 さすがにユニークスキルというべきか、レベル差があるにもかかわらず、その刃は硬質な皮膚をやすやすと切り裂いた。


「まだまだ、終わらせない!」

「ギャォォォオオオオオ!」


 零は手を止めることなく斬撃の雨を浴びせていく。

 炎の獅子イグニス・レオも隙を見つけて反撃を試みるのだが、その度に灯里が間に入り、巧みに敵の狙いを消していく。

 パーティーを組んで数日とは思えない熟練したコンビネーションで、二人は次々と炎の獅子イグニス・レオにダメージを与えていった。


 この調子で攻撃していけば勝てるはず。

 誰もがそう思いそうになるタイミングで、敵に異変が生じた。


 炎の獅子イグニス・レオは劣勢にもかかわらず攻防の手を止め、その場に深く身をかがめる。

 直後、その場で盛大な雄たけびを上げた。



「ガァァァアアアアア!」



 瞬間、炎の獅子イグニス・レオの傷口から赤色の魔力が放出される。


「――零、下がりなさい!」

「っ!」


 慌てて後方に下がる零と、大盾で魔力放出を受け吹き飛ばされる灯里。

 由衣と華が慌てて二人に駆け寄り、治癒魔法をかける。


「大丈夫!? 二人とも」

「平気よ。大したダメージはないわ。だけど……」


 灯里が憎らし気に視線を向けた先には、いまだその場から動かない炎の獅子イグニス・レオの姿があった。

 魔力放出だけに飽き足らず、傷口からは蒸気が発し、瞬く間に傷が治っていく。


「反撃手段だけならともかく、まさか自己回復まで持っていたとは。これは思ったより厄介そうね」

「そっか。ギルドの先輩たちは一撃で倒せたからこの能力に気付けなかったんですね……どうしますか、灯里先輩?」

「……そうね。魔力はまだ余裕があるけど、同じ展開が続くようならそうも言ってられないわ」

 

 灯里と由衣が対抗策を考えるも、いい案は出ないようだった。


 それもそのはず。ここまで見ていた感じ、炎の獅子イグニス・レオはレベルこそ4000だが、保有する能力から考えてそれ以上に強力だ。

 ダメージを与えても、魔力放出と回復を繰り返されればジリ貧。

 一撃で決めるための決定打がいる。

 しかしそれはある意味、レベル差のある戦いにおいて最も難易度が高いもので――


「――大丈夫」


 ――そんな中、零だけが落ち着いた表情でそう告げた。


 三人の注目を受ける中、零は華に視線を向ける。


「華、アレ・・をやる」

「っ! わ、分かりました」


 少しだけ戸惑いながらも頷く華。

 零は続けて灯里と由衣に向かって、


「灯里と由衣は、時間を稼いでほしい」

「……いいわ。その代わり失敗するんじゃないわよ」

「任せて、零ちゃん!」


 零のお願いを聞いた二人は、今にも動き始めようとする炎の獅子イグニス・レオに対峙する。


 何か秘策があるのか。

 疑問に思う俺の前で、零は唱えた。


二剣デュオ


 すると零の前に、赤と青の剣が二本出現する。

 どうやらそれぞれ、炎と水の属性を有しているようだ。


 零は続けて告げる。


融合クロス


 すると二本の剣は、バチバチという魔力暴発直前の音を鳴らしながら混ざり合っていく。

 その光景を見て、俺は数日前の零の言葉を思い出していた。


 零の魔法剣をコピーして扱う華に対し、零はこう言っていた。


『もちろん。ちなみに、2本以上の具現化は慣れるまで止めておいた方がいい。背反する属性の2本が間違えて混ざった日には、反発してすごいことになる。というかなった。爆発こわい』


 この光景こそがまさに、背反する属性が混ざり合い、暴発が起きかけてる状況と言えるだろう。

 うまくいけば相乗効果で通常の何倍もの威力が生まれるだろうが、このままだととても成功するようには思えない。


「おい零、大丈夫なのか? 今にも暴発が――」


 その危険性の高さに思わず声をかけてしまう。

 しかし零は迷うことなく答える。


「確かにこのままだと暴発が起きる。残念だけど、今のわたしではまだこの技は使いこなせない。だけど……華」

「うん……魔法剣!」


 零の覚悟の声に応えるように、華も魔法剣を発動する。

 生み出したのは、黄色と茶色の剣が二本。

 いったい何をするつもりなのかと疑問に思う俺の前で、華はその二本の剣を薄く伸ばし、今にも暴発しそうな零の魔法剣を覆った。

 瞬間、バチバチという音が鳴りやむ。


「これは……」


 技能模倣ストックを駆使した、同質の魔法剣による同調を行うことで、暴発しそうな魔力を分散させ安定させている。

 華が生み出した魔法剣は威力がない代わりに、魔力の安定だけに特化した機能を持っているようだ。

 自由な発想から生み出されるスキルの使い道に、思わず感嘆の息を漏らす。


 そんな俺の前で、零は敵を見据えながら告げる。


「わたしはこんなところで足踏みしているわけにはいかない。可能性があるなら、それに手を伸ばしてみせる」


 そして灯里が炎の獅子イグニス・レオの隙を何とか作りだしたタイミングで、力強く叫んだ。



「――――【極光】」



 パリンッと、四本の魔法剣が合わさって生み出された入れ物が壊されると同時に四枚の花弁が咲き乱れ、紫色に染まった魔力の奔流が解き放たれる。

 暴発の性質を一方向に限定することによって放たれる極限の一撃。

 それはまっすぐ炎の獅子イグニス・レオに向かい、その巨躯を撃ち抜いた。


 抵抗はなかった。

 零たちが持ちうる策を全て駆使して放ったその一矢は、圧倒的格上さえをも瞬時に消滅させるほどの威力を有していた。

 やがて紫色の魔力は霧散し、そこには胴体にぽっかりと穴が開いた炎の獅子イグニス・レオが鎮座していた。


 ――討伐完了だ。



『エクストラボス討伐報酬 レベルが30アップしました』



 同時に鳴り響くシステム音。

 どうやら討伐した場面に居合わせたため、俺までレベルアップしてしまったようだ。

 エクストラボス討伐報酬にしてはそこまで高くない気もしてしまうが、スパンの影響を受けないということも考えれば十分以上だろう。



「やった! 成功しましたね、零先輩!」

「うん。協力してくれてありがとう、華」

「相変わらずとんでもない威力だったわね」

「はい! 本当にすごかったです!」



 炎の獅子イグニス・レオの討伐を確認し、喜びを分かち合う零たち四人。

 そんな中、俺はふと頭上からひらりと落ちてきたそれ・・を掴んだ。


「……花びら?」


 いや、違う。

 青色のそれは、魔法剣の残骸だった。

 魔力放出の衝撃で散らばったそのうちの一つが花びらに見えたのだろう。

 その花びらを掴みながら、透かすように四人の姿を見る。

 すると脳裏には、魔法剣が破壊されるタイミングで見えた四枚の花弁も浮かび上がり、自然とその一言が口から出た。


「……四輪の花ブルームズ


 その呟きに反応したのは華だった。


「お兄ちゃん、今なにか言った? ブルームズ……って聞こえた気が」

「ああ。ふと言葉が出てきたっていうか……四人のパーティー名に合ってるんじゃないかって思ってな」


 素直な感想を口にすると、四人は顔を見合わせ、


「うん、ブルームズ……か。なんだか私たちにピッタリな気がするね!」

「はい、すごく素敵だと思います」

「さすが凛、5文字以下なところがすごくいい」

「やっぱりそこが大事なのアンタ!? まあ、私も別に文句はないけれど……」


 ちょっとした提案だったのだが、どうやら全員に気に入ってもらえたようだ。



 その後、話し合いの末、正式にパーティー名が【ブルームズ】と決定した。

 それからしばらくの間、四人のダンジョン調査に付き合った後、俺たちはギルドに戻るのだった。

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