第197話 パーティー名isトラウマ持ち

 零のお願いを聞き、俺は四人に同行することにした。


 四人に連れてこられたダンジョンは、俺が知らない場所に存在していた。

 周囲に他の冒険者はおらず、そもそも一般人が挑戦できないようにされている。

 ……ふむ。


 ある疑問を抱いた俺は、隣にいる華に問いかける。


「なあ、ここってもしかして……」

「そう、お兄ちゃんがクラシオンに残っている間に発生した新しいCランクダンジョンだよ」

「もうランクまで分かってるのか?」

「うん。うちのBランクパーティーが初回攻略をしたみたいで、私たちがその後の検証攻略を受け持ったんだよ!」

「なるほど」


 Bランクパーティーということは、八神さんたちではない誰かが攻略したんだろう。

 それでCランク相当だという判断が下されたのなら、その後の調査をCランクパーティーである華たちに任されたのも納得がいく。


「何してるの二人とも、中に入るわよ」

「ああ」

「了解だよ、灯里ちゃん!」


 灯里に促されるまま、俺と華も彼女たちの後を追うのだった。



 その後は特に何が起きるでもなく、順調にダンジョンの中を進んでいく。

 そんな中でふと疑問に思ったことがあったので、近くにいた由衣に話しかけた。


「そういや、四人は正式にパーティーを組むことになったんだよな?」

「はい、そうですよ!」

「パーティー名はもう決めたのか?」


 ギルドに所属している場合はパーティー名をつけない者もいるが、それでもどちらかというと決めて活動している者の方が多い。

 だからこそ抱いた疑問だったのだが……



「「「…………」」」



 しーん、と。

 急に空気が凍った。

 そんな問題のある質問じゃないと思うんだけど、いったいどうして……


「ん?」


 ふとそこで、華、由衣、灯里の視線が一方に向けられていることに気付く。

 その先にいる少女――零は、なぜか両手で頭をおさえながらうずくまっていた。


 零は苦し気な表情で、ぽつりと何かを呟く。


「パーティー名……くっ、頭が……!」

「……あー、なるほど」


 その姿を見て納得してしまった。

 俺たちが初めて出会った時、彼女から言われた言葉を思い出す。



『わたしたちのパーティーの名前について、どう思う?』

『ぶっちゃけちょーダサいと思ってる』

『……わたしも!』



 そうして結成されたキング・オブ・ユニーク被害者の会。

 当時のトラウマが、まだ零の中に残っているんだろう。


 そんな零を見て、灯里が呆れ顔で言う。


「とまあそんなわけで、パーティー名決めはなかなか難航してるのよ。なんでも文字数が6文字を超えたあたりから発作を起こす症状みたいね」

「ほとんどのパーティー名潰れないか?」

「『宵月よいづきはシンプルでよかった。ギルド加入の決め手だった』そうも言ってたわ」

「そんなのが決め手でよかったのか……」


 どうやら思ったより重症のようだ。

 まさかそこまでのトラウマになっているとは。


 ……まあ、ほっとけばそのうち治るか。

 俺はそう判断するのだった。



 その判断が正しかったのか、数分後にはけろっとした表情で歩を進めていく零。

 そんな彼女に、確認しておかなければならないことを尋ねる。


「そういえば、既に一度攻略されてるってことはここのボス情報も分かってるんだよな?」

「うん。灰獅子はいじし……その名の通り、巨大な獅子の魔物でレベルは2500」

「2500レベルか……」


 なかなか強力な魔物だが、零と灯里は2000レベルを超えているし、華と由衣は1500レベル以上ある。

 そもそも零のユニークスキルのポテンシャルを考えれば単独でも倒せる相手だろうし、今回新たに加わった灯里は強力な盾を持ったタンク。

 討伐自体は特に問題なさそうだ。


 そう思い、多少なりとも安堵した俺だったが――


「ただ今回、わたしたちが狙っている獲物は違う」

「え?」


 首を傾げる俺に、彼女は続ける。



「このダンジョンには罠部屋があって、そこにはエクストラボスが存在する。先輩の話によると、倒した時にもらえるのはエクストラボス討伐報酬だけで、攻略報酬だけはもらえない」

「それって考えようによっては……」

「うん、決して悪い条件じゃない。攻略報酬がないということは、つまりスパンも生じないということ。だからそのまま攻略を続けることもできる。もっとも、そのエクストラボスは特別個体なせいで再出現までに24時間必要とするみたいだけど……逆にいえば、一日につき一回倒すことができるの」

「…………」



 それは、さらなる成長を求める零にとってはこれ以上ない条件の敵だろう。

 ただ今の説明を聞いて気がかりな点が一つある。

 零は今エクストラボスと言った。そんな好条件で出現する相手が、並の強さだとはとても思えないが。


「ついた」


 俺が考えを纏めきるよりも先に、目的地へと到着する。

 通常のボス部屋とは違い、なんの意匠も施されていない扉が目の前にあった。


 その扉を開け、零たちは迷うことなく中に入っていく。

 最後に俺も部屋の中に足を踏み入れた。


 そして現れる。

 この罠部屋に君臨するエクストラボス。

 燃え盛るたてがみに、熱をもった赤黒い皮膚が特徴的な巨大な獅子がそこに鎮座していた。


 俺はその魔物に向かって鑑定を使用する。


 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


炎の獅子イグニス・レオ

 ・討伐推奨レベル:4000

 ・燃え盛る炎のたてがみが特徴的な魔物。強靭な肉体により並外れた攻撃力と耐久力を誇る。皮膚の下には熱気がこもっており、傷を与えると魔力に変換して周囲に放出する。


 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


「4000!?」


 鑑定結果を見た俺は、思わず驚きの声を上げた。

 想定以上の数値。今の零たちが挑むにはレベルが高すぎるように思う。

 しかし――


「大丈夫」


 初めからこのレベルの敵が出ることが分かっていたのだろう。

 零は迷うことなく一歩前に出る。


 そしてそれは零だけじゃなく、


「平気だよ、お兄ちゃん。お兄ちゃんが休んでいる間、私たちだってちゃんと準備してきたんだから」

「はい。以前みたいに、ただ見てるだけなんて嫌ですから」


 そう言って華と由衣も覚悟を決めた表情を見せる。

 そして最後に、灯里がポンっと俺の肩を叩く。


「まっ、アンタは安心してそこで見てなさい。この子たちはちゃんとあたしが守ってあげるから……アンタにもらった盾もあるしね」


 灯里は自分の体を隠すほどの大盾を持って一番前に進んでいく。

 そして、そんな灯里の後ろに立つ零が、俺に背中を向けながらゆっくりと告げる。


「今のわたしたちなら、あの敵にも絶対に勝てる……遅くなったけど、ようやくあの日のあなた・・・・・・・に追いつける」

「…………」


 そう言えば、あの日――俺が彼女の前で倒したオークジェネラルのレベルも4000だったか。


「だから見てて、凛」

「分かった」


 そこまで言われた仕方ない。

 見届けるとしよう、今の彼女たちの姿を。



 そうして、零たちの戦いが幕を開けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る