第199話 鳴らないシステム音

 五人で宵月に戻る途中、隣にいた零が話しかけてくる。


「……どうだった、凛?」


 それは当然、先ほどの炎の獅子イグニス・レオ戦について尋ねているのだろう。

 俺は思った感想をそのまま口にする。



「すごかったよ」

「本当?」

「ああ。炎の獅子イグニス・レオはレベル以上の強さがあったし、俺が零と同じレベルの時なら倒しきれたかは分からないからな」

「それを言うなら、わたしたちは四人パーティーで戦ったけれど……でも、うん。そう言ってもらえて嬉しい」



 小さく微笑みながら、零はそう答えた。

 もう出会ってからしばらく経つからか、口数こそ少ない奴だけど、意外と感情は読み取れるもんなんだな……と思ったり。

 いや、思い返してみれば出会った当初から表情自体は豊かだったか。


 っと、閑話休題。

 炎の獅子イグニス・レオ戦の話に戻そう。


「けどやっぱり、零のユニークスキルはすごいな」

「魔法剣のこと?」

「ああ。零の発想次第で、あれだけ自由自在に使えるんだ。前にも言った気がするけど……もしかしたらそのスキルには無限の可能性が詰まってるのかもしれないな」

「無限の、可能性……」


 そう呟きながら、自分の手を見つめる零。

 そんな彼女を見ながら、思う。


 カイン戦の一件があったからだろうか。

 俺のダンジョン内転移や、華の技能模倣ストックは間違いなく常人離れしたスキルと言えるだろう。

 だけどそこに込められた可能性という意味では、魔法剣が飛びぬけているように思えてしまう。

 ……まあ、ただ俺がそう思い込んでいるだけって可能性も高いが。



 ◇◆◇



 そんなことを話しているうちに、宵月にたどり着く。

 ギルドマスターに調査の報告に行く零たちと別れて待機所に向かうと、そこには既に彼女・・がいた。


 深い海のような蒼色の瞳に、輝く白銀の長髪。

 ただ椅子に腰かけて和菓子を食べているだけにも関わらず、どこか様になっている。


 そんな彼女は、俺がやってきたことに気付くと和菓子を食べる手を止めてこちらを見た。

 いいタイミングだと思い、俺は彼女に話しかける。


「悪い、クレア。待たせたか?」

「……いえ、私もまだ戻ってきたばかりですよ、凛くん」


 そう答えると、彼女――クレアはバッと立ち上がる。


「体調はもう大丈夫なんですか?」

「ああ、万全だよ……それで、あの約束は覚えてるか?」

「……ええ、もちろんです。今すぐに向かいますか?」

「当然、できるならそうしたいけど……」


 ふと、そこで俺は気づいた。

 話している途中、クレアが食べるのを止めた残りの和菓子を名残惜しそうに見つめるのを。


「……とりあえず、それを食べてから行くか」

「そ、そうですね。私一人で食べきれる量ではないですし、凛くんもいかがですか?」

「じゃあ遠慮なく」


 これまでの経験から考えて、クレアなら一人で食べきってしまえそうな量に思えたが……藪をつついて蛇が出るのは嫌だったので、彼女の申し出に頷いておいた。


 それから二人で和菓子を食べきった後、俺たちは宵月から出かけるのだった。



 数十分後。

 俺とクレアがやってきたのは、つい先ほどまで零たちと一緒に潜っていった新規ダンジョンだった。


「まさか一日に二度も来ることになるとは……」


 率直な感想を零すと、クレアが反応する。


「凛くんは先ほどまで、華さんたちとこちらに来ていたんですよね?」

「ああ、それでエクストラボスを倒すところを見させてもらったんだ」

「そうでしたか……彼女たちも、すごい速度で成長していますね」

「だな」


 そこで俺は、一つ疑問を投げかける。


「それで、話をするのにわざわざこのダンジョンに来る理由があったのか?」

「そうですね。正直、ダンジョンであればどこでもよかったのですが……別の攻略者がいない場所の方が話しやすいと思いまして」

「なるほど」


 少なくとも、ダンジョンであることには何か理由がありそうな返事だった。

 とはいえもうすぐその理由も分かる。わざわざここにきて急かすつもりはない。


「では、行きましょうか」


 そう言ってダンジョンに足を踏み入れるクレア。

 俺も続けて「ダンジョン内転移」と唱え、彼女の後を追っていった。



 それからしばらく二人でダンジョン内を進む。

 先ほど炎の獅子イグニス・レオが出現した罠部屋も素通りし、たった数十分で最下層にまでやってきた。


 目の前にはボス部屋に続く巨大な扉が鎮座する。

 クレアは迷うことなく、その扉に手を伸ばした。


「ボスに挑むのか?」

「はい、その方が分かりやすいと思うので」


 俺たちがボス部屋に入ると、先ほど零から聞いたこのダンジョンのボス――討伐推奨レベル2500の灰獅子はいじしが現れた。

 俺やクレアからしたら経験値にもならないほど格下の魔物相手に、何を見せようというのか。


 そう疑問に思う俺の前で、クレアはゆっくりと灰獅子に向かっていく。


「失礼します――氷葬剣カースド

「ギャウゥ!?」


 そしてそのまま、氷の刃で一刀両断する。

 ここにいたってもまだ、彼女が何を目的としているのかが分からない。


 だけど数十秒後、俺は知ることになる。


「……なんだ? システム音が鳴らない?」


 ボスを倒せば鳴り響くはずのシステム音が、いつまで経っても鳴ることはなかった。

 無名の騎士ネームレス・ナイトが出現した時のように、エクストラボスが現れるというわけでも決してない。

 それどころか――


「ん? 光が体を包んで……これはまさか転移魔法か?」


 ダンジョン攻略報酬が与えられるより早く、転移魔法が発動する。

 数秒後、俺とクレアはダンジョンの外に転移していた。


「どうなってるんだ……?」


 俺がこのダンジョンを攻略したのはこれが初めてなため、踏破していて報酬が貰えないという訳ではないだろう。

 だとするとこの原因として考えられるのは、俺ではなく――


「それでは、実証が済んだところで――」


 クレアは氷葬剣を消すと、微笑みながら俺に言った。



「凛くん。あなたに私の秘密をお伝えします」

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