第191話 VSケルベロス
「さあ――いくぞ」
力強く地面を蹴り、眼前に君臨する最強の獣に迫る。
大きさは、かつて戦った
しかし逆に言えば、あの体に纏雷獣を遥かに上回る力が秘められているということ。
出し惜しみできるような敵ではない。
ステータス上昇系のスキル、および
『グルォォォオオオオオ!』
「――――!」
ケルベロスの持つ三つの頭が、同時に空を見上げ咆哮する。
相乗効果のように音を増した怒号は、もはや爆発と同義だった。
空間と大地を激震させるとともに、周囲の一切合切を破壊する大気の波となって押し寄せる――
「
――よりも早く、俺は瞬間転移を発動しケルベロスの背後に移動した。
そしてアイテムボックスの中から
「うおぉぉぉ!」
キィン! と、甲高い音と共に、硬質な皮膚によって無情にも刃は弾かれる。
さすがはSランク魔物。生半可な攻撃では通用しない!
「イフリートが炎の鎧で身を守っていたのに対し、ケルベロスは単純に硬質な皮膚で守られてるってわけか……」
シンプルがゆえに厄介。
全身全霊の一撃でなければ、ほとんどダメージを与えられないことになる。
対して、ケルベロスの攻撃をまともに浴びれば、俺の体は纏壁ごと押し潰されてしまうだろう。
「ゴォォォォォ!」
「ッ!?」
思考に浸る間もなく、一本の首が獰猛な牙を剥き出しにして襲い掛かってくる。
空中で身を翻してそれを回避した俺は、遠心力を利用して首元に斬りかかる。
が――
「やっぱり無理か」
やはり、苦し紛れの一撃では傷を与えることも難しいらしい。
ケルベロスの首を断ち切ることは叶わず、刃が弾かれてしまう。
そんな俺を狙って、襲い掛かってくる三本の首。
これ以上粘るのは難しいと判断し、瞬間転移を発動する。
「
一時的に距離を取り、態勢を整える。
だが、安堵することはできなかった。
「グルゥゥゥ!」「ルァァァ!」「バウッ!」
「なっ!」
こちらの想像を絶するスピードで、ケルベロスは攻撃を仕掛けてくる。
まるで転移先を読んでいたかのような反射速度だ。
……いや、もしかしたら本当に読まれているのかもしれない。
七海さんの治療を受け、魔力の流れに敏感になった今だから分かる。
瞬間転移の発動時、転移元と転移先には魔力の淀みのようなものが生じる。
Sランク魔物であれば、感覚的にそれを読み取ってもおかしくない。
「……厄介だな」
矢継ぎ早に迫りくる攻撃を回避しながら、冷静に状況を分析する。
ケルベロスは獣型特有の鋭い五感に加え、魔力感知、そして何より三本の長い首を自由自在に操ることによって死角をなくしている。
どこから攻撃を仕掛けようにも、瞬く間に対応されこちらが追われる側になる。
ただ転移し攻撃を仕掛けるだけでは、とても倒せる敵はない。
どこまでも不利で絶望的な状況。
お前には敗北しか道は残されていないと、そう告げられているかのようで。
だけど――
「それが、どうした」
――それは、これまでだって同じだった。
初めて相対した、どう足掻いても勝てないと思ってしまうような格上。
絶望の淵で、俺は自らが冒険者を続けてきた理由と向き合い、立ち上がることができた。
オークジェネラル戦。
相手が自分より強いことは分かっていた。
それでも、大切な人を助けるために剣を振るった。
そして彼女を救い出すことができた。
他の戦いだってそうだ。
纏雷獣戦。柳戦。ハイオーガ戦。イフリート戦。カイン戦。
いつだって俺の前には大きな壁があって、絶望に打ちひしがれそうになった。
それでも立ち上がり戦い続けた。
強くなるために、大切な人たちを守るために。
そして道を切り開いてきた。
だから、今、この場所で。
俺の前にいる敵がどれだけ強かったとしても、諦める理由にはならない。
壁を乗り越え、さらなる強さを得ることしか俺の頭にはない。
ゆえに――
「グルォォォオオオオオ!」
「――――」
咆哮と共に放たれるは、巨大な炎の塊。
転移で距離を取りつつヒット&アウェイに徹する俺との接近戦に痺れを切らしたのだろう。
距離を取ろうとする相手に対し、魔法攻撃は有効な手段。
――もっとも、俺以外が相手だったらの場合だが。
「
「!?」
俺は左手に魔奪剣を召喚すると、迫りくる炎塊に向けて振るう。
透明だった刀身が深紅に染まると同時に、MPがごっそりと消費される。
対するケルベロスはというと、まさか短剣の一振りで渾身の炎が掻き消されると思っていなかったのだろう。
コンマ数秒、たしかにその動きを止める。
それが反撃の好機となった。
「
『グルゥッ!?』
短剣から放たれた炎塊がケルベロスに直撃し、呻き声を上げる。
とはいえ、炎塊はもともとケルベロスが放ったもの。硬質な皮膚もあり、これでダメージを与えられるとは考えていない。
俺の狙いは別にあった。
炎塊が直撃すると同時に沸き上がった煙によって視界を奪う。
さらに周囲に拡散した魔力が、敵の感知能力を衰えさせる。
――攻めるなら、今!
瞬間転移を発動し、俺はケルベロスの真下に転移した。
見上げると、そこには他の部分に比べて幾分守りが浅い腹部が見受けられた。
狙うならここだ!
「るぉぉぉおおおおお!」
一閃。
力強い踏み込みとともに振り上げた刃が、ケルベロスの腹部を深く切り裂く。
赤黒い血が、驚くほどの勢いで噴き出した。
『グギャァァァアアアアア!』
狙い通り、かなりのダメージが通ったのだろう。
ケルベロスは同時に怨嗟の悲鳴を上げていた。
だが、ここで終わらせはしない!
「
左手に持つ魔奪剣を吸血剣に
勢いそのままに、吸血剣の剣先を生じた傷跡に突き刺す。
ドクンと、手に持つ吸血剣から鼓動の音が聞こえた気がした。
「「「ガァァァァァァア!」」」
「
乱暴に足を振り回し反撃を試みるケルベロスに対し、俺は転移を発動し一時的に撤退。
今度はすぐに追いかけてくることもできないようで、その場にうずくまりながら「グルル」と低い唸り声を上げる。
痛みに耐えながらも、その目は真っ直ぐと俺を見据えていた。
自分に歯向かった弱者を決して許さないと。
俺には、そんな感情が込められているように見えた。
俺はその視線から逃げずに睨み返しながら、吸血剣の効果を発動した。
すると先ほど吸収した血液が魔力に変換され、体に送り込まれてくる。
魔奪剣を発動した際に失った分の魔力が回復するのを見て、俺は小さく笑った。
「なるほど、コイツはいいな」
俺が戦闘をするうえで、特に魔力を消費するのが瞬間転移と魔奪剣の発動時。
そのため長期戦を苦手としていたが、吸血剣の効果を使えば戦闘中にもMPを補給できる。
実践投入は初めてだったが、この様子だと今後も十分役立ってくれそうだ。
「……ん? なんだ?」
そんなことを考えていると、ケルベロスが不思議な行動を取る。
三体全てが俺から視線を逸らし、上を向いたのだ。
最初みたいに咆哮するのか? そう警戒する俺の前で、それぞれの口に大量の魔力が集っていく。
「これは……」
『ルゴォォォオオオオオオオオオオ!』
戸惑う間もなく、それぞれの口から放たれたのは巨大な炎の塊。
それらは空中で一点に集まると、耳をつんざくような爆発音とともに数十の炎塊へと変貌し、雨のようにボス部屋全体に降り注いだ。
とても転移や魔奪剣で凌ぎ切れる量と速度ではない。
その光景を見て思い出すは、かつてのイフリート戦。
あの日、俺は似た攻撃を前にただ躱すことしか、耐えることしかできなかった。
だけど――今はもう、違う。
俺はもう、これに立ち向かうための術を知っている。
迫りくる最強の攻撃――その全てを視界に収めたまま、俺は唱える。
「
同時に、俺を殺しうる炎塊の数々は、俺を援護する魔法の数々へと姿を変える。
炎の増援が、次々とケルベロスに襲い掛かった。
『グルゥゥゥ!?!?!?』
吹き荒れる暴風、荒れ狂う熱波。
それに呑み込まれたケルベロスの動揺の声が響く。
そんな中で、俺は強く駆け出した。
眼前を覆う炎の海を、それでも。
「うおおおおおおおおおおおおおおおお!」
ただ、強く。
ただ、速く。
どこまでも先へ突き進むために。
魔奪剣を、吸血剣を、無名剣を。
俺の持つ全てを使い、全身全霊の連撃を加えていく。
敵の持つことごとくを無効化し、ただ俺の全てをぶつける!
時間を追うごとに体力と魔力を失い、動きが衰えていくケルベロス。
それに対し、俺の動きは加速度的に増していく。
数十数百の剣閃が、やがてケルベロスを圧倒し始める。
そして、とうとうその瞬間が訪れる。
『ガルァァァアアアアアアアアアア!』
自らの劣勢を自覚し、それでも強者の意地とばかりに真正面から迫りくる三本の首。
俺もまた、それを真正面から迎え撃つ。
今この場において、強者は自分だと証明するために。
そして俺は両手で無名剣を強く握りしめると、全力の咆哮と共に振るった。
「これで、終わりだぁああああああああああ!」
最強を凌駕する神速の刃が、空を瞬く。
一寸の遅れもなく振るわれた斬撃が、三本の首を同時に断ち切った。
刃が通り過ぎた場所に残るのは、三つの半月のみ。
三つの頭が地面に落ちると同時に、ケルベロスの巨体がドシンと崩れ落ちた。
『ラストボスを討伐しました』
『経験値獲得 レベルが1563アップしました』
『ラストボス討伐報酬 レベルが1000アップしました』
『ラストボスを
『称号:【終焉を
遅れて鳴り響くシステム音。
それは俺がケルベロスに勝利したという証明であり、新たな力を手にした証明でもあった。
けれど、俺は喜びを露にすることなく小さく口を開く。
ここがゴールでないことを、もう知っているから。
そう、
「ここが、スタート地点だ」
かくして、俺はSランク魔物ケルベロスに勝利するのだった。
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