第187話 譲渡
「……ここは」
目覚めると、そこには見慣れない光景が広がっていた。
えっと……
「凛!? 起きたのね!?」
「うおっ」
隣から焦燥交じりに名前を呼ばれたので視線を向けると、灯里の顔があった。
「えっと、ここは?」
「クラシオン内にある医務室よ。半日も目が覚めないから、どうしたらいいのかと思って……」
そうか。あのよく分からない敵を倒した後に俺は気を失って、ここに運び込まれたわけだ。
そして朝になるまで目が覚めなかったと。
色々と訊きたいことがあるが、まずは……
「あの後、結局どうなったんだ?」
「凛が異形を倒した後、クレアさんたちがやって来たの。事情を話した後、周囲を探索していたけれど、特に異変は見当たらなかったって言っていたわ」
「ということは、アレは近場のダンジョンから出て来たとかでもないのか」
「みたいね。クレアさんたちは何か心当たりがあるようだったけど、その中身までは聞けなかったわ。って、それよりも凛、昨日のあれはいったいなんだったの!? どうしてアンタがあんな強いのよ!?」
「ふむ……」
分かり切ってはいたことだが、そりゃ疑問に思われるよな。
それを覚悟して助けたんだから仕方ないけど。
誤魔化そうと思えば、できなくもないんだが……
「まあ、灯里なら大丈夫か」
「? どういうこと?」
「いや、今の問いに対する回答だけど――」
そう前置きした後、俺は順を追って話していく。
ダンジョン内転移による高速レベルアップの仕組みと、以前とある事件に巻き込まれた際の傷を治療するためクラシオンにやってきていたこと。
昨日の段階では完治には届かず、その状態で動いたためこうして気絶したこと。
最初は疑うように聞いていた灯里だが、俺が真剣に話し続けているうちに信じる気になったようだ。
驚いたり、心配そうな表情になったり、百面相のようでちょっとだけ面白い。
って、それはさておき。
大体を話し終えた後、灯里はぐっと何かを考え込むような素振りを見せた。
数十秒か数分か、じっくりと間を置いた後、
「……本当なのね?」
「うん」
「分かった、信じるわ。凛がそんな嘘を言うメリットはないし、現にあたしも昨日の光景を見ちゃったわけだしね。それを踏まえて……昨日は本当にありがとう、凛。あたしを助けてくれて」
「ああ。灯里が無事でよかったよ」
今、浮かび上がった気持ちを素直に伝える。
すると灯里はなぜか悔しそうに目を細めた。
「……凛のおかげね。結局、あたしはまた守られてばっかで……」
「……そんなことないだろう?」
「え?」
「だって、俺が灯里のもとに駆け付けれたのはそもそも――」
と、そのタイミングでノックの音が飛び込んでくる。
誰だろうと思いつつ応えると、二人の少女が中に入ってきた。
一人はクレア。そしてもう一人は――
「貴女は……昨日の」
灯里が戸惑ったように呟く。
そこにいたのは昨日、俺に助けを求めた女の子だった。
「実は先ほどギルドに来られまして。お二人に話があるとのことだったので、連れてきました。それではどうぞ」
クレアにそう促されるまま、女の子はこちらに視線を向け頭を下げる。
「その、昨日は助けてくれてありがとうございました!」
感謝を告げる言葉。
それを聞いた灯里は目を丸くした後、なぜかこっちを見た。
「言われてるわよ凛。返事してあげたら?」
「なんでそうなる。どう考えてもお前に言ってるだろ」
「……でも、あたしも結局は凛に助けられて――」
「そんなことはあの子にとって関係ないだろ。あの子を守ったのは灯里で、それがあったから俺も灯里を助けに行けた。きっかけは灯里だよ」
「……そっか。そうよね」
腑に落ちたような顔をした後、顔を女の子に向ける。
「どういたしまして。貴女に怪我がなくてよかったわ」
「は、はい、ありがとうございます。それで、その、昨日の貴女が……」
「灯里よ」
「……灯里さんがすっごくかっこよくて。私、大人になったら冒険者になって、灯里さんみたいなタンクになりたいと思いました!」
「…………」
「? 灯里さん? どうかしましたか?」
「! い、いえ、大丈夫よ……今のは幻聴かしら? それとも……」
ブツブツと何かを呟く灯里。
女の子は首を傾げた後、俺の方を向く。
「それから……えっと」
「天音凛だ」
「天音さんもありがとうございます! 灯里さんを助けてくれて!」
「……ああ。こちらこそ、助けを求めに来てくれて助かったよ。ありがとう」
自分を助けてくれた冒険者が犠牲になったと後から聞けば、女の子の心に傷が残ったことだろう。
灯里はもちろん、俺の行動で彼女も救えたのならこれ以上嬉しいことはない。
その後、怪我人がいる中で長居するのもあれということで、女の子とクレアは医務室を出ていった。
残されたのは俺と灯里の二人。
ふと彼女に視線を向けると、灯里は自身の手のひらを見つめながら何かを考え込んでいた。
直感的にだが、そこには前向きな感情が含まれているように思った。
だから、
「灯里」
「凛?」
「改めて頼みたいんだが、これからタンクとして華たちを守ってくれないか?」
「……あたしにできるかしら」
「もちろん、灯里だから頼んでるんだ。あの三人は三人で少し抜けているところがあるし、年長者の灯里がしっかり支えてやってほしい」
ぶっちゃけ灯里自身も抜けているところはあるが(迷宮崩壊が起きたと知らずに剣崎ダンジョンに来るなど)、あえてこの場では言うまい。
俺は空気が読めるんだ。
などと、場に合わないことを考えていると、
「……はあ、分かったわ。アンタがそこまで言うなら、仕方なくやってあげるわ!」
「ありがとう。きっと華たちも喜ぶよ」
そんなやり取りの後、場には静寂が訪れる。
不思議と嫌な空気ではなかった。
ただその途中で、俺はふと思い出す。
「そうだ。そういえば昨日、アイツとの戦いで盾を破壊されてなかったか?」
「……嫌なことを思い出させないでもらえるかしら? はあ、ショックね。アレ、知り合いの冒険者から譲り受けたかなりいい盾だったんだけど」
「そうか。ならいい提案が一つあるんだが」
「いい提案?」
俺はアイテムボックスの中から盾を一つ取り出す。
――――――――――――――
【
・装備推奨レベル40000。
・防御力+40000。
・物理攻撃を受けた後は耐久力が、魔法攻撃を受けた後は精神力が一時的に上昇する。上昇分のステータスを特定範囲にいる相手に分け与えることが可能。
――――――――――――――
八神さんたちとの合同攻略時。
ハイオーガを倒した際に入手した全遮の大盾。
盾としての性能は抜群だが、周囲に使いこなせる者がいなくアイテムボックスの中に眠りっぱなしになっていた。
だが、全ての盾を装備できるという灯里なら使いこなせるんじゃないかと思ったんだ。
というわけで大盾を灯里に差し出すと、彼女はぷるぷると両手を震わせながら近付いてきた。
「り、凛? これはいったい……?」
「あるダンジョンで手に入れた大盾だ。俺は使えないから、灯里さえ良ければ使ってくれないか?」
「……少し触らせてもらっても?」
「もちろん」
なんかちょっと怖いなと思いながら大盾を渡す。
灯里はそれを両手で持ったまま、興奮気味に口を開く。
「こ、これは……! 優秀な性能! 手に持った時のフィット感! 実用性に富みながらも、見栄えにもこだわった美しい装飾! これをほんとにくれるのね?」
「あ、ああ……」
「やったー」
子供のように喜ぶ灯里。
今まではなぜか剣や魔法に憧れたふりをしていたが(それ自体は嘘ではなかったのかもしれないけど)、心の奥底では、盾のことを嫌いではなく――むしろ好きなんだろう。
模様の一つ一つに興奮できるくらいに。
その様子を見て、俺は改めて思った。
……うん。やっぱりお前、タンク向いてるよ。
色々な意味で。
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