第186話 賢者の戦い

(しかし……ギリギリだったな)


 崩壊した建物に埋まる異形に視線を向けながら、凛はここに至るまでの経緯を思い出していた。


 とはいえ、特別な事情があったわけではない。

 灯里と同じように散歩をしていると、何かから逃げ出すように走る人々の姿を見つけた。

 そして、そのうちの一人である女の子が言っていたのだ。

 魔物が現れ、それを食い止めてくれている冒険者がいる。

 彼女を助けてほしいと。


 それを聞いて駆け付けた凛の前に飛び込んできたのが、先ほどの光景。

 異形の一撃が少女に迫るのを見た瞬間、凛は今出せる全力で駆け出し、蹴りを浴びせたのだ。


 とまあ、おおよその流れはそういった感じなのだが――


(まさか、その冒険者が灯里だったとはな)


 それと同時に、納得できる気もした。

 たしかに彼女なら、誰かを守るために身をみげうって格上に立ち向かってもおかしくはない。

 ギリギリだったが、何とか間に合って本当によかった。


「凛、アンタがどうして……」

「悪いが話は後だ」


 灯里の問いかけを一蹴し、凛は視線を異形に向ける。

 今の一撃で死ぬほど、やわな敵ではなかったのだろう。

 未だ闘争心を失うことなく、ギロリと金色の瞳をこちらに向けてくる。


 凛は異形に向かって鑑定を使用する。


「レベル10000、名称は不明……か。なるほどな」


 どうりで無事なはずだと納得する。

 凛は灯里を守るため、七海から言われた上限を超える動きをしていた。

 それでも引き出せるのは、せいぜいが8000レベル水準といったところ。

 あの異形にはわずかに届いていない。

 少なくとも、今の凛にとっては格上と言える敵だろう。


 だけど、


との戦いに比べたら……なんてことはないか」


 かつての宿敵との戦いを思い出し、凛はふっと笑う。

 感覚的に、タイムリミットはおよそ一分。

 その時間内に、奴を倒し切る。


「――いくぞ」


 覚悟を決め、凛は異形を迎え撃った。



 ◇◆◇



「……うそ」


 眼前で繰り広げられる光景に、灯里は目を疑った。

 絶望のうちで、助けに来てくれた凛。

 だけど安堵したのは一瞬だった。

 だって、凛よりあの異形の方が間違いなく強いに決まっているのだから。

 だからこそ一度は彼を止めようとも考えたのだが――すぐに思い直すこととなった。


「圧倒……してるじゃない」


 灯里がただ耐えることしかできなかった異形の連撃を、凛は素手でさばき、時には受け、さらには隙を見つけてカウンターまで仕掛けていく。

 まるで大人が児戯じぎをあしらうかのような、圧倒的な技量の差、格の違い。

 もはやどちらが強者かなど、誰に尋ねずとも明らかだった。


「けど、なんで凛がこんな力を……?」


 理解不能の光景に戸惑う灯里。

 そんな彼女の前で、早くも決着がつこうとしていた――



 ◇◆◇



(――なんだ、これは)


 凛は異形と拳を交わすかたわら、心の中でそう呟いた。


『■■■■ォォォ!』


 轟ッ、と大気を震わせる音を鳴らしながら迫りくる剛腕。

 なるほど、これが直撃すれば、今の自分ならば一撃でノックアウトされてもおかしくはない。

 ――直撃すればの話だが。


「そんな攻撃が、当たると思っているのか?」

『ッッッ!?!?!?』


 この異形の動きはどこまでも直線的で、駆け引きが存在しない。

 知能がなく、ただ与えられた力を振るっているだけ。

 こんなもの、自分よりいくらパワーが上回っていたとしても、怖くもなんともない。


(そろそろ終わらせよう)


 分析は済んだ。

 凛は手のひらを異形の腕に当て、ベクトルを軽くずらしていく。

 それだけで敵の攻撃は全て凛から逸れていった。


 その最中、凛は思い出す。

 かつての宿敵との戦いを。


 こんなものは本当の戦いじゃない。

 本当の闘いとは、自分の全てをさらけ出し、魂をぶつけ合うことを言う。

 それをアイツから教えてもらった。


(……なあ、そうだよな?)



「――――剛腕の賢者パワフルゴリラ!」



 ――――――――――――――


 賢者を超えし者

 ・クエスト【賢者の闘争】を特定の条件でクリアした者に与えられる称号。

 ・武器を持たない状態での戦闘時、攻撃力、耐久力、速度の各項目を+30%。


 ――――――――――――――


 称号:賢者を超えし者。

 限界のそのさらに進むために、ここまであえて打ち切っていた効果を発動する。

 後ろから「パワフル……? え? は?」と聞こえたような気もするが、あえて気にしない。


 そして凛は、身体能力が30%上昇した状態で全力の殴打を放った。

 拳は異形の体に直撃し、そのまま胴を貫く。


『■、■■■ォォォ』


 異形は断末魔のようなものを残しながら、黒い靄となって消滅していく。

 それを見届けた時、後ろから驚嘆の声が聞こえた。


「うそ……本当に、勝ったの?」

「ああ。これでもうだいじょ――」


 そう言葉を返そうとした時、ぐらりと視界が傾いた。

 最後は勢いとノリで限界以上を発揮したため、その反動が来てしまったのだ。


「灯里……後は任せた」

「えっ? ってちょ、凛!? 凛ー!」


 そして最後には、灯里の叫び声だけがその場に残るのだった。



『条件を達成しました』

『称号【賢者を超えし者】が称号【賢者の意思を継ぎし者】に変更されます』


 ――――――――――――――


 賢者の意思を継ぎし者

 ・クエスト【賢者の闘争】を特定の条件でクリアし、さらには賢者の意思を継いだ者に与えられる称号。

 ・武器を持たない状態での戦闘時、攻撃力、耐久力、速度の各項目を+60%。


 ――――――――――――――

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