第185話 異形の敵
「きゃあああああ!」
突如として、辺り一帯に響き渡った大きな悲鳴。
周囲にいる人々と同じように
「……何よ、あれ」
路地裏から姿を見せたのは、3メートルにも及ぶ高さを誇る、全身を黒色の靄に包んだ人型の
人型だが、間違いなく人ではない。
とすると魔物か?
いや、だけどここから1キロ圏内にダンジョンは存在しないし、迷宮崩壊が発生していれば警報が鳴っているはず。
だとするなら、アレはいったい――――
「な、なんだあれ!? 魔物か!?」
「分からないわ、早く逃げましょう!」
「誰か! 冒険者はいないのか!?」
場は一気にパニック状態となり、誰もが我先にと逃げ出していく。
そんな中、灯里だけは冷静に状況把握に努めていた。
普通に考えて、ここは冒険者である自分が対処に当たるべき。
だが、本能が告げていた。アレは今の自分に敵う相手ではないと。
その証拠に、
――――――――――――――
【■■■■■■】
・討伐推奨レベル:10000
――――――――――――――
「レベル10000!?」
鑑定を使用した自分の目に飛び込んできたのは、名称不明を示すマークと、10000レベルというあまりにも絶望的な数値だった。
レベル差は5倍。
どれだけの策を講じようが、勝つことはとても不可能。
今すぐにここを離れて、宿にいるクレアたちを呼ぶことこそが最善の選択だ。
しかし、
「っ、あれは!」
その時、灯里は気付いた。
気付いてしまった。
異形の何かの前に、中学生くらいの女の子がいることを。
目の前で何が起きているのか理解できていないようで、恐怖の表情を浮かべながら、ただそこに立ち尽くしていた。
ギロリと。
黒色の靄の奥に見える、金色の目らしきものがその子供に向けられる。
「――――ッ」
それを見た瞬間、灯里は無意識に駆け出した。
異形が決して近付いてはならないものであると直感的に理解していながら、それでも体が動いた。
『■■■■■■■■!!!』
人の言葉どころか魔物の声ですらない、ただただ不快な音を鳴らしながら、異形は女の子に向けて腕を振り下ろす。
ギリギリのタイミングで、両者の間に灯里が割り入った。
「はあッ!」
アイテムボックスから召喚した大盾を構え、その一撃を受け止める。
同時にズシンッ! と、体の芯まで痺れさせられるほどの衝撃が襲い掛かってくる。
これまで数々の魔物と戦いを繰り広げてきたが、それらとはとても比較にならないほどの馬鹿げた威力だった。
「逃げなさい!」
顔だけを後ろに向け、そこに佇む少女に向かって叫ぶ。
しかし少女の膝はガクガクと揺れ、とても動けるような状況ではなかった。
それもそのはず。冒険者ではない者にとって、自分の命を脅かす存在など話に聞くだけのもの。
実際に目の前に現れてしまえば、その現実に理解が追いつかなくなる。
そんな一般人を守ることもまた、冒険者の――自分の役目だ。
そう強く覚悟を決めた灯里は、再び眼前に佇む異形を睨む。
「レベルが5倍差? そんなこと知らないわ。どうやらアタシは守る才能だけはあるみたいなの――絶対にここは通さない!」
『■■■■ォォォーーーー!』
それから始まったのは、一方的な蹂躙だった。
異形は両の腕を駆使し、知性のない獣のように、ただただ乱暴なラッシュを仕掛けてくる。
それでも威力は本物。
もはや周囲に気を配る余裕もない。
灯里はただ盾を前にかざし、タンクとして得てきたスキルの全てを使い、その場で耐えることしかできなかった。
だが、それも長くは続かない。
現在進行形で数々のスキルを使用し、さらには合同訓練直後ということもあり、MPが切れかかっているのだ。
スキルを使えなくなれば、均衡は一瞬で崩れる!
そしてその瞬間は、いとも呆気なく訪れた。
MPが尽き、自分と盾にかけられていたスキルが解除される。
直後、異形が振るった拳は易々と盾を破壊し、そのまま灯里を襲った。
「ガッ――!」
その一撃によって、灯里の
盾によってある程度の勢いは削がれていたのに、だ。
何度も地面を跳ねた後、ようやく動きが止まる。
全身に走る激痛に耐えながらHPを見ると、既に3割を切っていた。
「なんて威力なの……! そうよ、あの子は!?」
周囲を見渡すと、既に女の子はいない。
灯里と異形が戦っているうちに逃げ出したのだろう。
よかった。それなら少なくとも、自分の力で一人の命は守れたということだ。
(最低限、やるべきことはやれたみたいね)
ホッと安堵する。
だがこうなったからには、自分がこれ以上ここに留まる理由はない。
早くこの場から逃げ出さなければ。
「くっ!」
しかし、今の一撃によって生じたダメージのせいで体が上手く動かない。
急いで、アイテムボックスから回復薬を取り出して――
「――――えっ?」
――そう考えた次の瞬間、視界が黒に染まった。
いったい何が。
いや、決まっている。
この一瞬で、異形がすぐ目の前に迫ってきたのだ。
(……うそ)
困惑。驚愕。恐怖。
一瞬で様々な感情が湧き上がり、どう処理していいのかが分からなくなる。
ただ一つ確かなのは、今この瞬間、自分が死の間際にいるということであり。
異形の拳は容赦なく、無防備な灯里の体に振り下ろされ――
「せいっ」
何かが爆ぜる音がした。
遅れて大気が揺れ、生じた烈風が灯里の体を襲う。
だけど、それだけだ。
最も恐れていた異形の攻撃は灯里まで届くことはなかった。
というか、気付いた時にはなぜか、異形はカタパルトのような勢いで遥か後方へすっ飛んでいた。
そして、異形の代わりとしてその場に立っていたのは、灯里もよく知っている人物であり――
「……凛?」
その呼びかけに対し、彼――
「おう」
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