第184話 あの光景

「何してるんだ?」


 そう問いかけると、灯里は虚ろな目をして顔を上げた。


「……ふっ、聞きなさい、凛」


 自虐気味に笑った後、灯里は説明してくれた。

 クラシオンでは、ギルド員の適性を測るための特殊な機器やプログラムがある。

 剣術や槍術など、両立しえない幾つかのスキルを同時に保有している者が、今後の方針を決める参考にするためだ。


 灯里はそれを受けさせてもらったらしいが――


「……見なさい、これを」

「ふむ」


 ――ぺらりと、一枚の紙を渡される。

 そこには様々な項目が並んでいた。


――――――――――――――


 名前:胡桃沢 灯里


【剣:D】

【槍:D】

【弓:E】

【魔法:E】

【格闘:C】

【盾:S】

【…………


 適性職業:タンク


――――――――――――――


 ……なるほど。


「盾が圧倒的だな。あっ、格闘術なら少し才能があるみたいだぞ。いっそのこと盾で相手を殴ったりしたらどうだ?」

「そんなこともうとっくにやってるわ! 私は剣や魔法の才能が欲しかったのよ!」


 もうやってるのか。

 冗談のつもりだったからちょっと驚きだ。

 というか、


「まあ、この結果になるのも当然だったんじゃないか? そもそも、ステータス獲得時に持っているスキルは、レベルシステムがその人の才能を判定して与えられるってのが通説だし」


 だから、タンク系の様々なスキルや称号を保有していた灯里がこの結果になるのは、至極当然ともいえるだろう。


 灯里は数秒間虚空を見つめた後、「はあ」とため息を吐く。


「……分かってるわ。結局、私には盾がお似合いってことかしらね」


 再び、自虐気味に笑う灯里。

 ふむ。前々から気になっていたが、どうしてこんなにタンクへの忌避感があるんだろう?

 本人はかっこよく剣や魔法で戦いたいからと言っていたが、どうも別の理由がある気がする。

 それが何なのかは分からないけど。


 何はともあれ、今の俺が言えることは一つだけ。


「俺としては、灯里がタンクとして華たちと一緒にいてくれたら心強いけどな」

「っ! あんたはまた、そういうことを真正面から……はあ、まあ、少しは考えておいてあげるわ」

「助かる」


 そこで一度、会話は途切れる。

 俺と灯里は壁に背をつけながら、訓練の様子を眺める。


 それからどれだけの時間が経っただろうか。

 ふと、灯里は言った。


「ねえ、凛。あの子たちに何があったの?」

「えっ?」


 あの子たち、というのは華、由衣、零の三人のことだろう。

 俺の反応を見た灯里は続ける。


「分かってるでしょう。3人のレベルのことよ。零と由衣はともかくとして、華はあまりにも年齢からかけ離れたレベルをしてるわ。別に18歳で1500レベル程度がいないわけじゃないからクラシオンの人たちは気にしてないみたいだけど……あたしだけは知ってるわ。あの子、まだ18歳になってから2か月くらいしか経ってないじゃない」

「……っ」

「それであのレベル帯はさすがに異常よ。だから少し疑問に思って」

「それは……」


 何と答えるべきだろうか。

 カイン戦のまつわるあれこれは、俺の一存で話せることじゃない。


 回答に困っていると、灯里はふっと笑う。


「ごめんなさい。別に、無理に聞き出したかったわけじゃないの。人にはそれぞれ何かしらの事情があるものね。それに、あたしが一番気になっているのはむしろ……」


 灯里は言葉を止め、じっと俺を見つめてくる。


「? 俺の顔に何かついてるか?」

「……いいえ、何でもないわ。それより、そろそろ訓練に戻りましょう」

「そうか。なら俺も、少し体を動かすとするか」


 その後、俺と灯里は訓練に参加する。

 それから約一時間後、初日の合同訓練は終わるのだった。



 ◇◆◇



「ふう。夜風が気持ちいいわね」


 その日の夜。

 ――灯里はクラシオンが用意してくれた宿から抜け、夜空の下を散歩していた。

 幾つか、一人で考えたいことがあったからだ。

 とはいえ深夜でもないので、人はまばらにいるが。


 まず合同訓練についてだが、ついてきた甲斐があったと思う。

 これまでこんな風に、自分が所属するパーティー以外と交流する機会はなかった。

 というか、する必要がなかった。


 冒険者になって以来、ダンジョンに潜る際には頼れる先輩たちがそばにいてくれた。

 レベル的にも差があったし、自分が危険な目に遭うことはなかった。

 だけど、きっとそのせいもあるのだろう――どれだけ自分にタンクの才能があると言われても、信じ切ることができなかったのは。


 だってこれまでは、自分がいなくてもなんとかなるような場所ばかりだった。

 先輩たちのおこぼれを貰っていたに過ぎないのだと理解している。


 そもそも――自分に誰かを守るだなんて、きっとできない。


「……華」


 無意識のうちに、ぽつりとその名前を呟く。


 思い出すのは、三年前のこと。

 胡桃沢家の引っ越しが決まり、天音家から離れることになった。

 とはいえ、距離はそれほど遠くない。会おうと思えばいつでも会える。

 けれど――つい昨日まで、二人と実際に会うことはなかった。


 あの光景を覚えている。

 両親が事故に巻き込まれて行方不明になったことを聞き、塞ぎこむ華の姿。

 慰めたかった。何とかしてあげたかった。けど、自分がどんな言葉をかけるべきか分からなかった。

 結局、最後には凛と一言二言交わしただけで引っ越しの日がやってきて――その後、どんなふうに話しかけていいか分からず、何も行動に移せないまま今に至った。


 そして昨日、三年ぶりに会った華は元気を取り戻していた。

 きっと、凛のおかげだろう。

 ホッとすると同時に、やるせなさを覚えた。

 結局、自分では大切な人一人守れなかったと。

 それを自覚してしまったら……彼女と同じパーティーでタンクを務めるなど、受け入れられるわけがない。


 なのに華や、それこそ凛すら、自分にタンクを務めてほしいと言ってくる。

 どうして――


「……凛、か」


 ――疑問は他にもある。


 凛についてだ。

 再会した時から感じていた。

 彼の纏う雰囲気が、以前までのそれと大きく変わっていることに。

 まるで幾つもの死地を潜り抜けてきたような――そんな目をしていた。


 凛が無名の騎士ネームレス・ナイトを倒したのが数か月前であることを考えれば、実力は自分とそう大差ないはず。

 現に、今日も合流してから、クラシオンのCランク冒険者と対等に模擬戦を行っていた。

 おそらく、七海の治療がうまくいき、全力で動けるようになったということだろう。


 だからこそ分からなかった。

 普通に……いや、もちろんある程度の苦労はしてきているのだろうが。

 たった一年の冒険者生活で、あれだけ雰囲気が変わるものだろうか?


 訊きたいけれど、踏み込むのが怖い。

 なぜかそんな風にすら思ってしまう。


 三年ぶりに再会した彼が背負っているものとは、いったい――



「きゃあああああ!」

「――――ッ!?」



 ――そんな時だった。

 大きな悲鳴が、辺り一帯に響き渡ったのは。

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