第182話 凛の状態

 突如として俺たちの前に現れた女性――【クラシオン】のギルドマスターである七海 静香は笑いながら続ける。


「話は聞いているよ。そこにいる君――天音凛くんだったかな? 天音くんの治療は私が受け持たせてもらう。私に任せてくれた以上、絶好調を超えたハイ状態にすることを約束しよう。安心してくれたまえ」

「微妙に安心できないワードな気がしますが……よろしくお願いします」

「うん。それで残る君たちは、ここに合同訓練に来たんだったね。宵月とクラシオンは以前からよく合同訓練や合同攻略を行っている。これを機に色々なことを学んでいくといい」


 七海さんの言葉に、零たちは各々に返事をする。


「さて、来て早々で悪いが、君たちには場所を移動してもらう。別室にうちのギルドからCランク冒険者を集めているから、そこで一緒に訓練を行ってくれたまえ。――右京うきょう!」

「うーす」


 七海さんがそう叫ぶと、一人の男性が中に入ってくる。

 どこか気の抜けた雰囲気のする人だ。


「彼女たちを案内してあげてくれ」

「了解でーす。皆さん、ついてきてください」


 右京さんの案内についていく零たち。

 ふと、そこで灯里だけが俺のそばに来て小声で話しかけてきた。


「何よ凛。アンタ、体調が悪かったの?」

「ああ。てか今日はもともと、俺を治してもらうために用意してくれた場だったんだが、聞いてなかったのか?」

「聞いてないわ。凛もあたしたちと一緒に訓練するものだとばかり思っていたもの。まあいいわ、そういう事情ならさっさと治してきなさい」


 そう言い残し、灯里もこの場を去っていく。

 世話焼きなのは昔から変わらないな。

 だからこそ、アイツが華たちと一緒にいてくれたら心強いんだが……


 そんなことを思いながらクレアと七海さんの方に顔を向ける。

 すると、二人は二人で何かを話し合っている様子だった。


「七海さん、例の召集はきましたか?」

「いや、来ていない。今回はクレアくんたちだけだろう。頑張って来てくれ」

「……分かりました」


 召集? いったい何の話だろうか?

 疑問を抱いていると、七海さんが俺を見て言う。


「うん、それではさっそく始めるとしようか。凛くん、まずは服を脱いでくれ」

「服をですか?」

「ああ。治療をするために、君の肌に直接触れる必要があるんだ」

「なるほど。分かりました」


 さらに訊くと、脱ぐのは上半身だけでいいとのこと。

 俺は何の疑問も抱くことなく、上の服を脱ごうとしたのだが……


「………………」

「………………」


 不意に、クレアが視界に入る。

 なんだろうか、この。上半身の裸を見られることくらいどうでもいいはずなのに……見知った相手だと妙な気恥ずかしさを覚えてしまう。

 もしかしたら、その中でも相手がクレアだからかもしれない。

 ……というかコイツ、こっちガン見してない?


「……えっと、クレア。そこまでじっくり見られると恥ずかしいんだが」

「っ! ち、違います! 決してジロジロと見ていたわけでは。ただ、つい……」

「ついって……」


 そんなやりとりをしていると、七海さんがくすくすと笑う。


「いけないよ、凛くん。女の子にそんな言い方をしては。指摘するにしてももっと遠回しにしてあげなくては。ほら、君のせいでクレアくんの顔が真っ赤になってしまったじゃないか」

「……なっていません」

「えっ? しかし――」

「なっていません」

「――うん、仕方ない。そういうことにしておこうか」


 軽く笑った後、追及を止める七海さん。

 一瞬だけ、クレアの手に氷葬剣が握られているように見えたんだけど……たぶん気のせいだよな?

 体調が悪いせいで幻覚まで見えてしまっているらしい。


 結局その後、クレアは一時的に部屋から退出し、俺と七海さんの二人で治療を行うことになった。

 その時、立ち去るクレアの後ろ姿を見たところ……耳が赤くなっているように見えたのもまた、きっと幻覚だったのだろう。



「……あの子は、あんな顔もできるようになったんだね」

「えっ?」


 クレアがいなくなった後、七海さんが優しい声でそう呟く。

 疑問を尋ねるように彼女を見るも、その時には既に普段通りの姿があった。


「さあ、さっそく治療を始めるとしよう。そこにうつ伏せになってくれ」


 指示された通りにすると、背中に七海さんの手が置かれた。

 続けて、頭上から声が降ってくる。


「君には説明しておこうか。私はユニークスキル【魔力干渉まりょくかんしょう】を保有している」

「魔力干渉? というか、それを俺に教えてもいいんですか?」

「特に隠しているわけじゃないから問題ないよ。魔力干渉を使うことによって、私は自分以外の魔力に干渉することができる。魔法を発動する際に大気中の魔力を使ったり、魔物に触れて体内の魔力を狂わせることも可能という訳だ」

「それは……とんでもないですね」


 無尽蔵の魔力に、オリジナルの攻撃手段。

 聞くからにとんでもない効果だ。さすがはSランク冒険者が持つユニークスキルといったところか。


「その力を使って、今から君の中にある魔力に干渉させてもらう」

「……これは」


 直後、温かい魔力が体の中に入ってくる感覚がした。

 これが彼女の言うところの干渉なのだろう。

 不思議な感覚だなと思っていると、おもむろに七海さんは呟く。


「なるほど、これはひどい」


 ひどい。


「聞いてはいたが、他者の魔力を強引に取り込んだことで、体の中に魔力の塊ができている。その異物があるせいで、君の魔力の流れが滞り、本来の力を発揮できない……っといったところだね」

「治りますか?」

「任せてくれたまえ。今すぐにとはいかないが、数日もあれば完治するはずだ。さて、まずは軽く塊を溶かすとしよう」


 それから三十分ほど時間をかけて治療は行われた。

 その結果、ほんの少しだが体の調子が良くなった。


 そんな俺の様子を見た七海さんが「うん」と頷く。


「ひとまず、今日のところはこれくらいか。塊の一部が消えたことによって、魔力の流れがよくなったはずだ」

「もう戦えるんですか?」

「全力では無理だ。そうだな、現時点ではせいぜい、2000レベル程度の動きが可能というところだろうか。それ以上の魔力を使おうとすれば体中に激痛が走り、さらに状態は悪化する。そのことを念頭に置いて行動してくれ」

「……分かりました」

「とはいえ、逆に言えば2000レベル程度の動きならできる。いや、体を少しずつ魔力に慣らしていくためにも少しは動いておいた方がいい。別室では今も合同訓練が行われているはずだ。そこに参加してくるといい」


 とのことだったので、俺は七海さんに礼を告げた後、部屋をでる。

 すると入れ替わるようにしてクレアが現れた。


「治療は終わりましたか?」

「ああ。クレアは何でここに?」

「七海さんと模擬戦を行うためです。私がここに来た理由の一つがそれですから」

「……Sランク同士の模擬戦か」


 どうしよう、かなり見たい。

 しかしそう思っているのが顔に出ていたのか、クレアは首を横に振るう。


「私と七海さんの魔力を受けたら、凛くんの状態が悪化する可能性があるので、控えておいた方がいいと思います」

「……それもそうだな」


 非常に心惜しいが、クレアの言う通りだった。

 俺はクレアたちと別れ、華たちのいる訓練場に向かうのだった。

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