第163話 ちっぽけな英雄



 ◇◆◇



 一対一の戦いでありながら、空間全体を利用した激戦が繰り広げられていた。

 魔法が行き交うごとに、大気に激震が走る。

 そんな中を、俺は駆けていた。


「――くッ!」


 全景支配ピース・ルーラーでカインの魔法を転移させるたび、消費した魔力を補給するようにして、氷葬剣カースドから大量の力が流れ込んでくる。

 本来の持ち主であるクレアが使用していないためか、それとも他の要因か。

 魔力が体を巡るたびに、言葉では言い表せないほどの激痛が襲い掛かってくる。


 それでも俺は止まらない。

 止まるわけにはいかなかった。

 一度でも止まってしまったら、全てが台無しになることが分かっていたから。


 だからこそ俺は、苦痛さえも推進力に変え、前に突き進んでいく!


 そんな俺を見たカインは、苛立ちを隠すことなく叫んだ。


「ありえん! こんなことがありえていいはずがない! 我が最強の魔法が、こんな風にして打ち破られるなど! これ以上は好きにはさせんぞぉぉぉ!」


 今の俺を近づけてはならないと、直感的に理解しているのだろう。

 カインはどれだけ支配権を奪われてもなお、諦めることなく次々と魔法を展開していく。

 50、100、200――500。

 それは俺が同時に処理できる量を軽々と上回っていた。

 さらにその一部の矛先は、俺ではなく華たちを向いている。


 だけど――


「やらせない」


 守ると誓った。だから!

 全てを奪い切ることができないのなら――!


「相殺するまでだ!」

「なッ!?」


 放たれた魔法のうちの半分を奪い、残る半分にぶつける。

 相殺されていく魔法の数々。

 響く激震。吹き荒れる爆風。

 その戦場を乗り越え――俺はとうとう、カインに肉薄するまでに至った。

 刃が、奴に届く距離にまできた。


「くそッ!」


 剣を振りかざす俺を見たカインが、その体に鮮血の鎧を纏う。

 人の体に纏っているものは転移できないことを、この短い時間の中で把握していたのだろう。

 鮮血の鎧は分厚く、明らかに血壁以上の硬さを誇る。

 だが、そんなことは関係ない!

 その全てを断ち切る!



「うらぁぁぁああああああああああ!」



 白銀の剣閃と、青の剣閃が交互に瞬く。

 その連撃は音速をも凌駕し、やがて白銀と青の光は混ざり合う。

 それらは巨大な波となり、怒涛の勢いでカインに押し寄せた。


 起死回生の効果も大きいが、予想通り、単純な接近戦ではわずかに俺が勝っていた。

 カインは魔法で迎撃を試みるも、全ての支配権を奪い無効化する。

 そしてとうとう、カインを纏う鎧は完全に破壊された。


 これでもう、カインを守るものはなにもない。

 あと一撃。

 あと一撃でカインを倒せる!


 俺は氷葬剣を振り上げ、渾身の一撃を浴びせるべく――


「ナメるなぁぁぁああああああああああ!」

「ッッッ!?」


 ――直後、信じられないような光景を目にした。


 鮮血と共に、一本の腕が宙を舞う。

 それはカインの右腕だった。

 ついさっきまで右腕があった場所の奥では、赤色の魔法陣が輝いている。

 そこから飛び出た鮮血の槍は、カインの右腕を吹き飛ばしただけでは止まらず、俺に迫ってきた。


 信じられない。

 コイツはわざと、自分の右腕を犠牲にしたのだ。

 俺の視界外からの攻撃を成立させるためだけに!


 その効果は絶大だった。

 気付いた時にはもう魔法は眼前に迫り、転移は間に合わない。

 鮮血の槍は氷葬剣を弾き飛ばし、そのまま俺の体に直撃した。


 粉々に破壊される纏壁てんへき

 あと一撃浴びれば、この命は呆気なく朽ち果てる。

 ――だとしても!


「――――ッ」


 それでも一歩、前に出る。

 仕切り直す時間はない。

 今ここで、コイツを倒す!


 右手で無名剣ネームレスを握り、大きく振りかざす。

 だが、全てを賭けていたのはカインも同じだった。

 右腕の切断面から噴き出る鮮血が集い、それは一振りの刃と化した。

 そして、俺とカインは同時に神速の刃を振るう。



「うぉぉぉぉぉおおおおおおおおおお!」

「ルァァァァァアアアアアアアアアア!」



 ――――これ、は。


 白銀の刃と鮮血の刃が交差する刹那せつな

 極限の集中状態の中で、世界がスローモーションになっていく。

 そこで俺は悟った――悟ってしまった。

 カインの一撃の方がわずかに早い。

 先ほどの不意打ちで、こちらの勢いを削がれてしまったせいだ。


 ここからでは転移も間に合わない。

 カインの刃は、間違いなく俺の命を奪うだろう。


 ――なら!

 たとえここで、刺し違えることになったとしても!


 決意と共に、剣を握る力を強める。

 そして俺は、全身全霊の一撃を繰り出し――




「――――魔法剣」




 ――刹那せつな、声が響いた。


 それはとても小さく、だけど力強い声だった。

 直後、どこからともなく伸びてきた風の鞭が、鮮血の刃に絡みつく。


「なッ!?」


 驚愕するカイン。

 そして俺は見た。

 その風の鞭を放った少女を。


 ――――黒崎 零を。


 ああ、そうか。

 そうだったんだ。

 俺だけじゃなかった。

 自らの無力さを悔い、それでも立ち上がった者は。

 絶望に抗おうとした者は、俺一人なんかじゃなかった。


 彼女が勇気をもって振るった刃は、カインにとっては取るに足らないもので。

 それでカインの攻撃を止められたりなんかしない。

 それでも、彼女の勇気はコンマ一秒にも満たない――俺にとっては永遠にも等しい、何よりも欲しかった時間を与えてくれた。


 俺と零の視線が交差する。

 彼女は強い意志を感じさせる青色の目でまっすぐ俺を見つめる。

 そして、言った。




「――――いけ、凛」




 ああ。任せろ。


 今、止まっていた時間が動き出す。



「うぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」



 咆哮と共に放たれる、神速をも凌駕する白銀の刃。

 その刃は、停止した時間ごと――カインの体を深く切り裂いた。


「――――――」


 自分の体から噴き出す、致死量をはるかに上回る鮮血を見て、カインは目を丸くする。

 なぜ自分がやられたのか。

 それが理解できないといった風に。

 魔法を維持する力すら残っていないのか、鮮血の刃は宙に霧散していった。



「……ありえない。我が、負けただと? 貴様たちのような弱者に……」

「……俺たちは確かに弱かったかもしれない。けど、だからこそ得られる強さもあるんだ。そうして立ち上がった俺たちは――決して無力なんかじゃなかった」

「……そうか。強者たる我には理解できぬ考えだ。だが、その無知が我の敗因だというのなら……仕方あるまい。受け入れるほかなかろう」



 どさりと、両膝を地面につけるカイン。

 焦点の合わない目で、最後の言葉を紡ぐ。


「最後に、貴様の名を教えろ」

「……天音 凛だ」

「そうか。忠告しておくぞ、リン。我を倒しただけで安寧の日々が訪れると思うな。貴様たちにとっての本当の地獄は、これから始まるのだから……」


 その言葉を最後に、カインの体は塵になっていく。

 やがて全てが塵に変わり、空気に溶けるようにして消えていった。


 遅れて鳴り響くシステム音。

 それは俺たちがカインに勝利したという証拠であり。

 絶望を乗り越えた証明でもあった。



 そして、


「――――凛!」


 俺の名を呼ぶ少女たちの声を聞きながら。

 皆を守りきれたことに安堵した俺は、そのまま意識を失うのだった――。

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