第164話 ひざ枕

 凛とカインが激闘を繰り広げているのと、時を同じくして。

 地上に帰還したクレアは、自らの不甲斐なさを嘆いていた。


(――何が、全てを守る、ですか)


 そう誓った自分が、どうしてこんなところにいる?

 ギリッと。手を強く握ると、手のひらに爪が食い込み血が流れていく。

 しかしその傷は、ほんの数秒で治っていった。



 突如として発生したダンジョン。

 周囲には野次馬が集まり、その先頭にクレアはいた。

 不可解な点が一つ。

 本来ダンジョンには必ずあるはずのゲートが、そこにはなかった。

 これではどれだけの実力者でも――たとえクレアであったとしても、中に入ることはできない。


 皆を助けに行くことができず、やるせなさを感じる中で、クレアは思い出す。



 数分前。

 クレアの体を転移魔法の光が包み込んだ時。

 彼女には二つの選択肢があった。


 一つは転移が発動するまでのわずかの間に、カインの討伐を試みること。

 もし失敗した場合でも、もう一度・・・・中に入るつもりだった。

 ただ、再びボス部屋に辿り着くまでの間に、残された皆が殺されてしまう可能性の方が高い。

 そう考えた直後――クレアの脳裏に、数瞬前の映像が浮かび上がった。


 クレアがイフリートを一撃で討伐し、振り返った時。

 彼女は、凛の目を見た。

 憎しみや怒りとはまた違う。

 無力さや不甲斐なさに悔いる中で、それでもクレアの姿を見る彼の目には光が灯っていた。


 そんな凛を見た瞬間、クレアはすぐさまもう一つの選択肢にすると決断した。

 それはすなわち、凛に後を任せること。

 そうするべきだと、本能が告げていた。

 せめてもの手助けとして、氷葬剣カースドを残し他の者たちだけは守ろうと思った。



 その後、転移魔法が発動し、今に至る。

 ダンジョンには今、ゲートはない。

 一つ目の選択肢にしていたら、目も当てられない事態になっていたことだろう。

 そういった意味ではクレアの選択は正しかった。

 けれど、それで割り切れるものではなかった。

 全てを守ると誓ったはずの自分が、今ここにいるという事実は。


(また、私は、何も守れずに――)


 自分には何もすることが許されないという現状に、苦痛の表情を浮かべていた時――



「おい、誰かが戻ってきたぞ!」

「――――ッ」



 衆人の声を聞き、クレアはハッと顔を上げる。

 するとそこには、ボロボロになった凛が立っていた。

 意識を失っており、その場に崩れ落ちそうになる。


「天音さん!」


 凛に駆け寄り、その体を受け止める。

 なぜ、彼一人だけが戻ってきた?

 まさか生き残ったのが凛だけなのか?

 ドクンと、心臓が跳ねる。


 だけど鼓動はすぐに収まった。

 自分の胸の中にいる凛は、確かに何かをやり遂げた顔をしていたから。


「――――ッ」


 その笑みを見て理解する。

 中で何があったのかは分からない。

 それでも凛が、皆を守り切ることに成功したのだということは分かった。


「ありがとう、ございます……」


 礼を言った後。

 ひとまず、凛の傷だらけの体に治癒魔法をかける。

 傷が治ったのはいいが、この態勢のままは体に負担がかかる。

 とはいえ地面にそのまま寝かせるわけにもいかない。

 ……仕方ない。


 クレアはその場に座り、その膝の上に凛の頭を乗せる。

 そしてゆっくりと、凛の頭を撫でた。

 ほんの少しでも、彼の労いになるように。


「お疲れさまでした、天音さん」


 そして柔らかい声でそう告げる。

 凛が小さく笑ったように見えたのは、果たして気のせいだったのか。



 それから数十秒後。

 ダンジョンが消滅し、残された全員が地上に帰還する。


 かくして、長い長い一日が、ようやく幕を閉じるのだった――。

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