第162話 支配者と王
◇◆◇
地面に這いつくばる男――
凛は既に致命傷を負っている。
しかし彼は先ほど、同じ状態でイフリートに挑もうとしていた。
手負いの獣が最も危険であることは理解している。
ゆえに、カインは一切の油断なく、全力で蹂躙するための魔法を構築していた。
「……なんだ?」
しかしその直後、カインが想定していなかった行動を凛は選択した。
銀髪の女が残していった置き土産である、氷の剣を引き抜いたのだ。
それに伴い、凛の後方にいた者たちを守る氷の結界が消滅していく。
消滅を最後まで見届ける間もなく、凛はこちらに向かって駆けてきた。
右手には白銀の剣を、左手には氷の剣を握ったまま。
「まさかここで、仲間を見捨てての特攻か?」
初めて奴の思考が読めない。
ここで直感に委ねるのは危険。
他は弱者ばかり。いつでも殺すことができる。
ならば今は、不可解な行動を取る凛に注意する。
刹那、凛の姿が消える。
彼が保有する転移スキルを使用したのだろう。
いつどこに現れてもいいように身構えるカインだったが、それは無駄に終わった。
凛はカインを素通りし、その奥にいるイフリートに向かったからだ。
まさか狙いが自分ではなくイフリートとは。
そう気付いた時にはもう手遅れだった。
氷の剣が、イフリートの額に突き刺さる。
魔石が破壊され、イフリートの纏う炎が消滅する。
その死体の上に、彼はただ立ち尽くしていた。
魔力の供給源を失ったカインは、しかし動揺することなく凛を見る。
「これは驚いた。何をするのかと思えば、まさかイフリートを倒すとは。言っておくが、魔力の供給を止めた程度で貴様は我に勝てん。それとももしや、味方を守る氷の結界を奪ってでも、自分一人だけが地上に帰還するのが狙いか?」
「俺は逃げない。この剣を抜いたのは、代わりに俺が皆を守るという誓いの表明だ。それに、お前を倒すための力なら――今、得た」
「……なに?」
ここでカインは一つ、違和感を覚えた。
凛の纏う雰囲気が先ほどまでとは明らかに違う。
そのあまりにも異質なオーラに、カインは思わず一歩後ずさった。
(……我が
カインは深紅の魔力を纏い、それを上空に集めていく。
奴の考えがどれほど愚かなものか、それを今から証明してやればいい。
「
そうして降り注がれるは、百を優に超える鮮血の雷光。
それは凛だけではなく、この部屋全体――零たちにも迫っていた。
転移スキルを持つ凛ならば、この攻撃すら回避することは可能かもしれない。
だが、残る者たちを守り切ることは不可能だ。
そんな力を凛は持ち合わせていない。
奴が氷の剣を抜いた瞬間に、この未来は確定していたのだ。
(さあ、これで終わりだ!)
カインは大きく口角を上げて、魔法の行く末を見届けるのだった――。
◇◆◇
――自分たちを殺すべく放たれた数々の魔法を前に、凛は思考する。
脳裏によぎるのは、一人の少女。
その白銀の背中に――彼女に
たった一人で、全てを守れる力を持った彼女のような存在になりたいと思う。
強さを求めた先にあるのが、きっとあの背中なんだろう。
だけど、今の自分はあまりにもちっぽけで。
全てを守れる力なんて持ち合わせていない。
それでも――
「たとえ俺に、全てを守れるだけの力がなかったとしても――せめて、この視界に映るものだけは守りたいと思ったから」
だから告げる。
この絶望に打ち勝つために。
(ダンジョン内転移LV30――)
世界の理を超越する、その言葉を。
「――――
そして今、世界の仕組みは書き換えられる。
凛の視界に映る百を超える魔法の数々が、突如としてその場から
次の瞬間――それらはカインを取り囲むようにして出現した。
「なんだと!?」
突然、狩人から獲物に成り下がったカインは、驚愕に目を見開きながらも咄嗟に血壁を展開する。
しかしそれだけでは全てを防ぎきることはできず、いくつもの魔法がその体を襲った。
舞う砂塵。
その中から姿を現したのは、自分の魔法によって血塗れになったカイン。
カインは怒りに満ちた目で、凛を睨みつける。
「そうか! そういうことか! イフリートを殺したのは、供給源を断つためでも地上に逃げるためでもない! 今ここでレベルを上げ、新たなスキルを獲得するため! そして得たのか――自分だけではなく、魔法さえをも支配する力を!」
凛は
その問いに応える義理はないと告げるかのように。
君臨するは新たなる超越者。
空間の支配者は静かに、だけど力強い意志でカインに宣言する。
「――いくぞ、吸血の王。ここにある全てを使って、俺はお前を打ち倒す!」
その瞳は、深い、深い海のような蒼をしていた。
――――――――――――――
【ダンジョン内転移LV30】
【派生スキル:
発動対象に含まれる魔力と同量のMPを消費することにより、視界に映るものを転移させることが可能。人や魔物、およびそれらが身に纏っているものに対しては使用不可。
継続時間:10秒
クールタイム:10時間
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