第154話 苦渋の決断

 幅に限りがある通路で、魔物が同時に10体程度しか襲い掛かってこないとはいえ、数は数百体に及ぶ。

 さらに魔物のレベルは15000~25000と、決して油断することのできない力を有していた。


 最初は速度に頼った戦いを続けていたが、想像以上に魔物の数が多い。

 徐々に押し込まれ始めてからは、瞬間転移タイム・ゼロに頼らざるを得なくなっていた。


 現在の俺のMPは85000程度。

 一回の発動につき100MP消費する瞬間転移を連発していては、瞬く間に尽きてしまう。

 この能力は一対一で敵を蹂躙する際にはこの上ない効果を発揮するが、今回のような消耗戦には向いていないということを強く実感する。

 それでも、戦い抜くしかなかった。



 そしてそのまま戦闘を続けること、約五分――


「これでラストだ!」


 こちら側の通路から現れる魔物を全て討伐し、反対側に視線を向ける。

 するとそこでは、八神さんが呪文を唱えていた。


「プロミネンス!」


 燃え盛る炎の奔流が、通路を埋め尽くすようにして放たれる。

 その一撃によって、魔物たちは一網打尽となった。

 あちら側の方が魔物の数が少なく、通路の幅が狭かったためか、苦戦することなく討伐できたみたいだ。



「お、終わったのか……」

「何があったのかは全然わからなかったけど、あの人たちが魔物を全部倒してくれたってことでいいんだよな?」

「これで助かったの?」



 どうやら一般人の彼らには、俺たちの戦いを視認することすらできていなかったようだ。

 それに状況も理解できていない。まだ第一陣を退けただけだが、それで助かったものだと勘違いしている者もいる。

 ……もっとも、彼らにとっては突然、命の掛かった非日常に巻き込まれたようなものだ。

 ダンジョンの知識もないだろうし、そうなってしまうのも仕方ない。


 なんにせよ、魔物の討伐を終えた俺たちは、ひとまず冒険者だけで部屋の中心に集まった。


「とりあえず魔物の襲撃を退けることはできたが……正直に答えてくれ。今のと同じ規模の戦いをあと何回できる?」


 八神さんの問いに対し、全員が神妙な顔つきになる。

 それは俺も同じだった。できる限りMPを消費しないように意識していたにもかかわらず、既に60000MPを切っている。

 恐らくは八神さんたちも同じだけの量を消費しているはずだ。


 全員の反応を見た八神さんは、顔をしかめる。



「……そうか。なら、やはり彼らを引き連れて地上を目指すのは無理そうだな」

「っ、それはやってみないと分からないんじゃ!」

「いや、分かる。戦闘中に索敵を発動してみたが、恐らくここが最下層だ。ここがAランクダンジョンであると仮定すれば、最低でも60階層には到達していると考えた方がいい」

「ならどうするんだ、リーダー。ただここで魔物たちに襲われてやられるのを待つってのか?」

「当然、そんなつもりはない。俺たちに残された選択肢は二つ。一つは救援が来るまで魔物の襲撃に耐えること。もう一つは、このまま全員でボスに挑戦し、攻略時の帰還魔法で地上に戻ることだ」

「っ! 正気か!?」

「できることなら選びたくないが、挑むなら早い方がいい。HPやMPが少しでも残っているうちに挑戦するべきだからな」



 全員でボスに挑む。その提案を聞き、全員が目を丸くする。

 ただ、俺はなるほどと頷いた。


 ダンジョン攻略時、ステータスを保有していない者に攻略報酬は与えられないが、帰還時の転移魔法は全員に適用されるのだ。

 この仕組みを利用すれば、確かにこの窮地から逃れることも可能かもしれない。


 ただ、この作戦はあまりにもリスクが高すぎる。

 もしダンジョンボスに敗北した場合、俺たちは全滅するだろう。

 それならばまだ、魔物の襲撃に耐えて救援を待つ方がいいと思う者がほとんどだろう。


 しかし、ここで待っていたところで、いったい誰が救援に来てくれるというのだろうか?

 突然発生したイレギュラーダンジョンに挑み、Aランクダンジョンの最下層まで一瞬で辿り着ける者など、Sランク冒険者くらいしか――


「……いないこともないのか」


 ――脳裏によぎったのは、白銀の長髪を靡かせる少女クレア。

 だが、俺はすぐ首を横に振った。

 彼女は言っていた。俺たちが鬼塚ダンジョンを攻略した後、彼女も検証のため攻略したと。

 であるならば現在は彼女もスパン中のはず。

 迷宮発生に巻き込まれた俺や八神さんたちとは違い、クレアはダンジョンに入ることができない。


 となると、残された選択肢は一つしか残っていな――


「……どうやら、考える時間は与えてくれないみたいだな」


 再び辺り一帯に鳴り響く行進の音を聞き、俺は小さく呟いた。

 八神さんは一度舌打ちした後、覚悟を決めた表情で言う。


「あと数分放置してくれたなら、待機策を取るつもりだったが……これはとうとう決断した方がよさそうだ」

「ってことは……」

「ボス部屋に向かうべきだと俺は思う。ただ――」


 八神さんは言葉を止めると、俺に視線を向ける。


「――天音。どちらを選ぶにせよ、恐らくお前に頼ることになる。お前の意見も聞いていいか?」


 俺の答えはもう決まっていた。


「ボスに挑みましょう」

「……わかった。今から移動を始める。全員、協力して一般の方々を誘導してくれ。時間がない。ついてこない者は置いていくと脅しても構わない。責任は全て俺が持つ!」

「「「はい!」」」


 魔物がやってくるまでの間に、一般の方々に説明する。

 これから全員でボス部屋に行き、そこから地上へ帰還を目指すと。

 ほとんどの者が、より危険なところに行くなんて頭がおかしいと主張していたが、この場から俺たち冒険者がいなくなることを告げると、しぶしぶと言った様子でついてくることになった。


 索敵を発動したことでもう分かっているが、ボス部屋はここから近い。

 数分も経たないうちに辿り着くはずだ。


「八神さんたちは魔物を突破しながら突き進んでください! しんがりは俺が務めます!」

「頼む!」


 八神さんたちのパーティーは先頭につき、その後ろに一般の方々が、さらにその後ろに華たち三人がついていき、最後に俺という形になった。


 そして、俺たちは80人近い人数での移動を開始したのだった。



 ◇◆◇



 五分後。

 魔物の猛攻を退けた俺たちは、とうとうボス部屋に辿り着いていた。

 八神さんを先頭に、次々と全員が中に入っていく。


「お兄ちゃんも早く!」

「ああ!」


 俺を除く全員が中に入ったタイミングで、華が俺を呼ぶ。

 魔物を切り伏せた後、俺はきびすを返しボス部屋に向かった。


 俺が中に入ると同時に、ボス部屋の巨大な扉が閉まっていく。

 魔物の猛攻がひとまず止んだことに安堵のため息をついた後、改めてボス部屋の中に視線を向ける。


 ――そして、驚愕に目を見開くこととなった。


「なんだ、これは……?」


 そこには信じられないような光景が広がっていた。


 まず頭上には夜空が広がり、満月が輝いていた。

 地には草花が咲き乱れる庭園があり、大きな池が設置されている。


 そして俺が最も驚いた原因は、その先にあった。


「あれは……宮殿か?」


 庭園の先にあったのは、巨大な城――宮殿だった。

 しかしなぜ、あんなものがダンジョンの中に?


 草花や池はまだ分かる。

 ダンジョンによっては、出現する魔物次第でフィールドの条件が変わるところもあるという。

 しかし、宮殿だけは聞いたことがなかった。

 それもそうだろう。だって宮殿は決して魔物の暮らす場所ではないからだ。


 だけど、驚愕はこれだけでは終わらなかった。


 宮殿を照らすように浮遊していた数十の炎が、突如として空高く舞い上がる。

 それらは一か所に集まっていった。


「なんだ、何が起きているんだ?」

「分からない! こんな現象、見たことも聞いたこともない!」


 誰もが困惑する中、俺は言葉を発することすらできなかった。

 一つになっていくあの炎を見ているだけで、体の震えが止まらなくなる。

 それが触れてはならないものだと、直感的に理解してしまった。


「……まさか、このダンジョンのボスは」


 俺が小さくそう呟く中、その炎はとうとう一つの体を成した。


「嘘だろ……」

「こんなことが、ありえるのか……?」


 一言で表現するなら、それは炎の怪物だった。

 全長が10メートルを超えるその巨体は、燃え盛る深紅の炎で形作られる。

 あまりもの熱量に大気は歪み、周囲に凄絶な熱波が拡散する。


 今すぐにこの化物の前から逃げなければならない。本能がそう告げていた。

 この中で最もレベルの高い俺でそれなのだ。

 一般人に至っては、そのオーラを浴びただけで意識を失っていた。


 この時点で、俺たちは失敗を悟った。

 ダンジョンボスに挑むのではなく、魔物の襲撃に耐える方が、まだ生き残る可能性が高かったと。


 だけどもう退くことはできない。

 こいつを倒さないことには、俺たちは生き残ることができない。


 俺は鑑定を使用した。

 絶望をこの目に焼き付けるようにして。

 


 ――――――――――――――


【イフリート】

 ・討伐推奨レベル:100000

 ・ダンジョンボス:■■ダンジョン


 ――――――――――――――



「イフリート……!」


 それは俺が初めて戦うことになる、Sランク魔物の名前だった。



 ――――――――――――――


 天音 凛 19歳 男 レベル:39852

 称号:ダンジョン踏破者(10/10)・無名の剣豪・終焉を齎す者(ERROR)・賢者を超えし者

 SP:34910

 HP:312830/312830 MP:59340/85690

 攻撃力:72050

 耐久力:61780

 速 度:74410

 知 性:65470

 精神力:61570

 幸 運:63240

 ユニークスキル:ダンジョン内転移LV29・略奪者LV1

 パッシブスキル:身体強化LV10・剛力LV10・忍耐LV10・高速移動LV10・精神強化LV10・魔力回復LV2・魔力上昇LV10・状態異常耐性LV4

 アクティブスキル:金剛力LV10・金剛不壊LV10・疾風LV10・不撓不屈LV10・起死回生LV1・初級魔法LV3・纏壁LV5・浄化魔法LV1・索敵LV4・隠密LV4・鑑定LV1・アイテムボックスLV8・隠蔽LV1


 ――――――――――――――


無名の騎士ネームレス・ナイトつるぎ

 ・無名の騎士が装備していた剣。

 ・装備推奨レベル:10000(MAX)

 ・攻撃力+100%

 ・敵のレベル(討伐推奨レベル)が自分より高かった場合、HPとMPを除くステータスの全項目を+100%。


 ――――――――――――――


魔奪まだつ短剣たんけん

 ・隔絶の魔塔を制覇した者に与えられる報酬。

 ・装備推奨レベル:33000

 ・攻撃力+72%

 ・刃に触れた魔法を、魔法発動時と同量のMPを消費することで吸収することができる。吸収した魔法を発動することも可能。その際にMPは消費しない。

 ・保管可能数:最大で7種類。


 ――――――――――――――

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