第153話 消耗戦

 足場のない、浮遊感の中に居続けること数十秒。突如としてその時間は終わった。

 目の前に現れる、ダンジョン内特有の硬い地面。そこに俺たちは放り出された。


「っと」


 空中で態勢を整え着地。

 周囲を見渡していると、冒険者たちはしっかり着地できている。

 だけどステータスを獲得していないであろう者たちは腹や背中から落ちていた。

 とはいえ、怪我などはしていないようなので、ほっと一息つく。


 そんなことを考えていると、そばに零がやってくる。


「凛、これってもしかして……」

「ああ、間違いなく迷宮発生だな」

「っ。けれどおかしい。ダンジョンの跡地に再びダンジョンが現れることはまずない。あったとしても、最低一年以上は期間が空くはず」


 零の言う通りだった。

 しかも不思議なのはそれだけじゃない。

 年々ダンジョンに関する研究が進むうちに、発生を防ぐことはできずとも、人や建物の少ない地点に誘導することは可能となっていた。

 そのため、ここ数年は迷宮発生に人が巻き込まれるといった事件は起きていないのだ。


 にもかかわらず、俺たちは迷宮発生に巻き込まれた。

 イレギュラー続きの現状に、思わず頭を抱えたくなる。


「なんで巻き込まれたのかは分からないが、ダンジョンの中なら魔物がいつ襲ってきてもおかしくはない。装備に着替えておいた方がいい」

「っ、わかった」


 零はこくりと頷く。

 さっきまで遊んでいた俺たちは今、当たり前のように普段着だ。

 アイテムボックスに装備を収納している場合、瞬間的な早着替えが可能なためそれを利用する。


 普段からダンジョンに出入りする際は利用しているが……。

 まさかこんな風に、ダンジョンの中に入ってから実践することになるとは思わなかったな。


 そうこうしているうちに、八神さんたちもとっくに装備に着替えている。

 俺は近くにいる由衣や華に視線を向けた。


「由衣はアイテムボックスを持っているか?」

「はい、少し前に手に入れました!」

「ならひとまず安心だ。けど、確か華はまだ獲得してなかったよな……」

「わたしが昔使っていた簡易コートなら、華でも着れるはず。それを貸す」

「ありがとうございます、零先輩!」


 直後、華を除いた三人の体が淡い光に包まれる。

 俺は黒地に赤のラインが入ったコート。

 零は白地に青のラインが入った戦闘服。

 由衣は白色と桃色のローブに包まれる。

 ちなみに華は、零から受け取ったコートを上に羽織っていた。


 最低限、今するべきことが終わった。

 ここからどう動くべきか、八神さんと話し合いたい。

 そう思って、少し離れたところにいる八神さんのもとに向かおうとした、次の瞬間だった。


「凛先輩、危ないです!」


 由衣の叫び声が響く。

 直後、俺の足元の影から、真っ黒い何かが飛び上がってきた。

 鋭い漆黒のナイフが、まっすぐに俺の喉に迫ってくるが――


「邪魔だ」


 一閃。

 左手に召喚した魔奪剣グリードを振るい、真っ二つに両断する。

 それだけで、その謎の魔物は死んだ。

 手応え的には、20000レベルやそこら。それはこのダンジョンが最低でもAランク以上であることを示していた。


「えっ? えっ? 今、いったい何が……」


 その光景を見た由衣は、目の前で何が起きたのか分からないと言った表情を浮かべていた。

 由衣は俺の本当の実力を知らないため、そうなってしまうのも仕方ないだろう。

 だけど今は説明してやる暇がない。


「華、零。ひとまず由衣を頼む」

「うん!」

「わかった」


 由衣が混乱しないよう、二人に対応を頼む。

 そして索敵を使って、俺たちが今いる部屋には他の魔物がいないことを確認した後、八神さんたちのもとに向かう。

 全員が神妙な顔をしていた。


「天音か。これは厄介なことになったな。今お前を襲った魔物がどれくらいの強さか分かるか?」

「だいたい20000くらいかと」

「最低でもAランク以上か……となると、彼らを引き連れて地上を目指すのは現実的ではないな」


 俺と八神さんはある方向に視線を向ける。

 そこには、公園とその周りにいた人たちまで巻き込まれたのか、60人近い一般人がいた。



「なんだ!? いったい何が起きたんだよ!」

「決まってるだろ! ダンジョンに巻き込まれたんだよ!」

「魔物が襲ってくるってこと!? 私たち、ここで死ぬの!?」



 突然のできごとに、誰もが混乱し冷静さを失っている。

 常日頃からダンジョンに潜っている俺たちでも動揺しているのだ。

 彼らがそうなってしまうのも仕方ないだろう。



「……まずは彼らを落ち着かせる方が先だな」

「そうみたいですね」

「窮地には変わらないが、俺たちや天音がいるのがせめてもの救いだったな。わずかとはいえ、全員が生き残る可能性は残っている」

「……俺たちがいるのが、せめてもの救い?」

「? どうかしたのか?」

「いや、何でもありません」



 首を横に振りつつも、その言葉に俺は違和感を覚えていた。

 同時に思い出すのは、迷宮発生に巻き込まれる前に感じた殺気。

 ……俺たちがここにいるのは、本当に偶然なのか?


 疑念はあるが、確かめる方法はない。

 ひとまず有名ギルドである宵月のメンバーがここにいることを彼らに伝え、落ち着かせようという結論になった。

 すると、



「――ッ、これは!」

「魔物の群れ……!?」



 鳴り響く行進の音。

 それは奇しくも、鬼塚ダンジョンで俺たちが体験した魔物の行進モンスター・パレードによく似ていた。


 俺たちが今いる部屋には二つの通路が繋がっている。

 その両方から、大量の魔物の気配がした。


「まずは魔物の群れをどうにかするべきだな」

「そうですね。八神さんたちはあちらの通路をお願いします」

「まさか片方は一人で食い止める気か!? 最低でも300体はいるぞ!?」


 俺は頷く。

 レベル差的にも経験的にも、俺は彼らとうまく連携を取れる自信がない。

 ならば一人で全ての敵を相手にした方がやりやすい。


 右手に速剣そっけんを召喚し、魔奪剣との双剣の構えを取る。

 格下相手には、無名剣ネームレスよりもこっちの方がやりやすい。

 それを見た八神さんは覚悟を決めて頷く。


「わかった。そっちは任せる。危ないときは早めに助けを呼べ」

「わかっています」


 そんなやりとりの後。

 俺たちは大量の魔物との消耗戦を開始した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る