第152話 ターニングポイント
「二人で話したいこと……?」
「うん」
零はこくりと頷いて続ける。
「わたしが凛に助けてもらった時から、かなりの時間が経った。あれから凛がどれだけ強くなったのかずっと訊きたかったの」
「どれだけ……か」
そう告げる零の姿からは、切実さを感じた。
その理由は分からないが、既に俺の秘密を知っている彼女に対して無理に隠すこともないだろう。
そう思った俺は右手を出し、親指を除いた四本の指を立てた。
それを見た零は大きく目を見開く。
それが40000レベルを意味していることを理解したのだろう。
「なるほど。もうそこまで成長していたんだ。ちなみにだけど、ほかにも凛の力について知っている人はいるの?」
「華は全部知っている。少し前に明かす機会があった。あとはギルドマスターやクレア、八神さんたちのパーティーも俺の実力に関してだけは知っている。ダンジョン内転移の秘密についてバレるのも、たぶん時間の問題だ」
「そっか。もうそんなに多くの人が知っているんだ」
零はそう言って寂し気な表情を浮かべる。
数秒の無言の後、彼女は口を開いた。
「ずっと前、わたしは凛にこう言った。いつかまた、ちゃんとした方法で凛と一緒にダンジョンに行きたいって。覚えてる?」
「ああ、もちろん」
「あれは心からの言葉だったの。華や由衣と一緒にダンジョンへ行ったことはあったけど、ああいうのとは違って。わたしは凛の力になりたかった。凛に頼られるような存在になりたかった。だけど、あれから必死に頑張ったけど、今の私はようやく1000レベルを超えたあたり。きっとこれからも、凛の力になれることはないんだろうなと思う」
「……零」
落ち込んだ様子の彼女に向かって、名前を呼び掛ける。
だけどそれ以上、俺は紡ぐべき言葉を持っていなかった。
だってそうだ。
俺のレベルはもう、零のそれから大きくかけ離れている。
彼女の特訓に付き合うという目的でダンジョンに潜ることはあったとしても、攻略に同行を願うことはありえない。
俺はダンジョン内転移という特別な力を使って、誰よりも早くレベルアップしてきた。
その過程で多くの格上を追いかけ、並び、そして置き去りにしてきた。
彼らの意思など考慮せず、ただ強くなりたいという俺の目的のためだけに。
一週間前、クレアが言っていた言葉を思い出す。
この世界においてトップクラスに強くなれるのは、優秀なユニークスキルを持っている者だけ。
彼らは他者の努力を踏みにじるようにして、才能だけで高みへと駆け上がっていく。
そう彼女は言っていた。
俺はこれまで数多の強敵と戦い、数々の死線を乗り越えてきた。
だから自分が得た力も、成し遂げてきた成果にふさわしいものだと思っている。
だけどダンジョン内転移という特別なユニークスキルがなければ、このレベルまで辿り着けなかったのもまた事実で。
そんな俺が、果たして零にどんな言葉を投げかければいいというのだろうか?
分からなかった。
だけど、何もせずにはいられなかった。
だから――
「……凛?」
「悪い、嫌ならどけてくれ」
――ポンと、零の頭に手を乗せた。
言葉で慰めることができない以上、これくらいしか俺にできることが分らなかったからだ。
零は少しだけ驚いたような顔をした後、柔らかい笑みを浮かべて言った。
「ん、嫌じゃない」
そして、頭を俺の肩に預けてきた。
俺は黙ってそれを受け入れる。
こんなことで、零の抱える思いが消えたりなんかしない。
そんなことは俺も零も分かっている。
それでもこの行動を通して、俺と零がお互いを尊重し大切に思っていることだけは間違いなく伝わったと、俺は確信するのだった。
「また少し、目を離したすきに……」
「やっぱり零ちゃんにも同じことを……いえ、それ以上のことをしちゃってますね!」
「「――――あ」」
◇◆◇
一波乱あった後、俺たちは宵月ギルドを目指していた。
由衣と零もギルドに用事があるということでついてきている。
するとその途中、見知った顔を見つけた。
「八神さん? それに他の皆も」
そこにいたのは、八神さんを含むAランクパーティーの八人だった。
先頭にいた八神さんはこっちを見て目を見開く。
「……天音。それから黒崎に葛西か」
八神さんは続けて華に視線を向ける。
「彼女は?」
「妹です。華、この人たちは宵月ギルドに所属している方々だ」
「あ、天音 華っていいます。よろしくお願いします!」
「八神だ、よろしく頼む。そうか、そういえば今日、一人ギルド加入の説明を受けに来ると聞いていたが、天音の妹さんのことだったのか」
八神さんは納得したように頷く。
そんな彼に向けて、俺は疑問を投げかけた。
「八神さんたちは何をしていたんですか? パーティー全員が揃っているみたいですが、スパンはまだ少し残ってますよね?」
「明日ダンジョン攻略に行くため、冒険者協会の訓練場を借りて軽く事前演習を行っていた。それを終えたため、一度ギルドに戻る途中だ」
「なるほど」
そんな会話を繰り広げていると、八神さんの後ろにいた東雲さんがひょこっと顔を出す。
「それにしても天音くん、すごいわね。可愛い女の子を三人も引き連れて」
「言い方……」
「ふふっ、冗談よ。せっかくだし、皆でギルドに行きましょうか」
東雲さんの提案によって、12人という大所帯で俺たちはギルドを目指す。
その途中、見慣れた……否、見慣れていた頃からは少し変わってしまった場所に辿り着いた。
「ここって……」
「剣崎ダンジョンの跡地ね。今はもう見る影もないけれど」
俺たちがやってきたのは、少し前まで剣崎ダンジョンがあった場所だった。
しかし東雲さんの言う通り今はただの公園になっていた。
その光景を眺めながら、東雲さんはしみじみと言う。
「それにしても、本当に不思議よね。ダンジョンが消滅するや否や、発生する前の光景が戻ってくるだなんて」
「……そうですね」
俺は小さく相槌を打つ。
この世界にダンジョンが発生する際、その場所にあった物は人や動物を除いて跡形もなく消滅する。
かと思えば、ダンジョンが消えた後にはすっかり元通りの姿に戻ってしまうのだ。
そういった意味でも、ダンジョンの発生を入れ替わりと表現する専門家もいるが、なぜこういった仕組みになっているのかは分かっていない。
何はともあれ、この場所は剣崎ダンジョン発生前まで大きな公園だった。
その時の光景が、今も変わることなく眼前に広がっているというわけだ。
もともと綺麗な草花が咲く有名な公園であり、それを数年ぶりに見れるとあって、それなりに人数が集まっていた。
「何をしている、早くいくぞ」
「あっ、は~い」
そんな風にダンジョンの不思議を思い出しながらも、俺たちは宵月を目指して再び歩き始める。
その次の瞬間だった。
「――――ッ!」
ぞわりと、背筋を駆け上がるような寒気があった。
全身を突き刺すような鋭い視線を感じた。
脳裏によぎったのは、かつての柳戦。
ああ、俺はこれを知っている。
悪意――否、殺意と称すべき感情だ。
震えそうになる足でしっかりと地面を掴み、周囲を見渡す。
だけど何も怪しいものは見つからない。そんな俺の行動に対して、華たちは不思議そうな表情を浮かべた。
「お兄ちゃん? 急にどうし――」
だが、彼女の言葉が最後まで紡がれることはなかった。
それよりも早く、信じられないような現象が発生したからだ。
突如として俺たちの足元に漆黒の闇が広がり、地面だったものが沼のような何かへと変貌する。
その闇は俺や華たちを巻き込み、公園いっぱいに広がった。
「きゃあっ!」
「何だこれ!?」
その闇に呑み込まれた者たちが、驚愕の声を上げる。
俺はこの現象を知っていた。
だけどなんでこのタイミングで!? ありえない!
疑問と焦燥が思考を埋め尽くす。
それでもやらなければならないことがあった。
「全員、今すぐ逃げろ!」
「巻き込まれるぞ!」
俺と八神さんの叫び声が、辺り一帯にこだまする。
だが、逃げ出せる者などいなかった。
いや、俺一人なら可能だったかもしれない。
だがここには華たちや一般人がいる。だからその選択肢を取ることができなかった。
それ以上の猶予が与えられることはなかった。
どぷんと、地面に生じた闇に俺たちは呑み込まれていく。
「――――ク、ソッ」
最後に吐き捨てるようにそう零すも、帰ってくる言葉は当然存在しない。
そして――
俺たちはいともたやすく、
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