第140話 格上喰い
自分を遥かに上回る巨躯を前に、凛が恐れをなすことはなかった。
かつてのオークジェネラル戦のように、全ての感情を置き去りにし、ヒット&アウェイに徹する――などという作戦は必要ない。
なぜならもう、そんな作戦に頼らずとも。
凛には、ハイオーガを圧倒できるだけの特別な力があったから。
「――
数十の剣閃が、空を瞬く。
白銀の残光が、次々とハイオーガの皮膚を切り裂いていった。
「ヴルガァァァアアアアア!」
ハイオーガは雄叫びを上げながら大剣を振り回す。
だが、その全てが空振りに終わっていた。
ハイオーガが大剣を振り切った時にはもう、凛は次の転移を終えているからだ。
「いいのか? 硬化が間に合っていないぞ」
「――――ッ!!!」
ハイオーガは凛の力を恐れ、硬化の力を集中させることによってダメージを避けようとしていた。
だが、それも長くは続かない。
視覚はおろか、直感ですら凛の位置を把握できなくなった直後、渾身の一振りがハイオーガの皮膚を断ち切った。
「グギャァァァァァァァァァァ!」
あまりの痛みからか、叫び声を上げるハイオーガ。
だが、それを聞いても凛が油断することは決してない。
ここが勝負所だと判断した凛は、続けて連撃を加えていくのだった――。
「……なんだ、この光景は」
20歳にも満たない青年が40000レベルのハイオーガを蹂躙する姿に、八神を含めた全員がただただ圧倒されていた。
力、速度、精神。
称賛すべき点は多々ある。
ただその中でも極めて異質だったのが、敵の攻撃を全て躱し、死角から攻撃を浴びせていく特異な力――転移だった。
凛とハイオーガの戦いを眺めている中、一人が口を開く。
「なあ、リーダー。アイツはいったい何者なんだ? 10000レベルを超えていることだけは事前に聞いていたけど……それだけじゃ、これは説明がつかないぞ!」
「…………」
八神は答えなかった。
決して無視したわけではない。
その問いを聞き取れないほど、自分の思考に集中していたからだ。
19歳。冒険者歴は1年強。ギルドマスターが見込んだ人材。
――そして転移。
一年前、冒険者界隈で一時的に噂になっていたユニークスキルのことを思い出した八神は、静かに、その答えに辿り着こうとしていた。
この予想が正しければ、彼が特別な理由も、ギルドマスターがその才能を欲した理由も理解できる。――だけど、この成長速度だけは理解できない!
彼は一年前に冒険者になったばかりで、それからたった一年でこの領域に辿り着いたのだとすれば。
それはきっと、自分が尊敬する
(そんなこと、ありえるはずがない!)
彼女が特別である理由の一端を知っている八神にとって、それはとても信じることのできない答えだった。
だけど、目の前で繰り広げられる白熱した戦いが、理屈を超えて八神の心に訴えかけてくる――それが真実であると。
「……見届けよう、最後まで」
理性と本能が真逆の答えを導き出す中、八神はこの戦いを見届け、その結果で信じるべき答えを決めようと判断した。
動揺、驚愕――そしてわずかな興奮をこの場にいる誰もが抱く中。
とうとう、凛とハイオーガの戦いに決着がつこうとしていた。
――刃を振るった回数が100を優に超えたころ。
ハイオーガの皮膚から感じる硬さが増したことを確認し、凛は小さく呟いた。
「なるほど、硬化の範囲を元に戻したのか。悪くない判断だ。だが――」
瞬間転移によって縦横無尽に斬りかかってくる凛に対して、限られた部位だけの防御力を高める方法は通用しない。
全体の防御力を高め、少しでもダメージを減らそうとしたこと自体は正解だろう。
しかし、今さらそんな小手先の手段に頼ったところで、もう手遅れだった。
ハイオーガを倒すための準備は、既に終えていた。
「――
左手に、深紅に染まる一振りの短剣――魔奪剣を召喚する。
頭の中にある作戦を実行するために、八神から魔法の供給を受けようかと一瞬だけ考えるが、その必要はないと判断した。
凛は迷うことなく、硬化の影響を受けない部分――ハイオーガの大きな傷跡を抉るようにして、魔奪剣を深く突き刺した。
そして、
「お前には余りもので十分だ――
魔奪剣にもともと蓄えられていた一つの魔法。
サラマンダーの纏っていた炎を、ハイオーガの内部に解き放つ。
「グゴォォォォォォォォォォ!」
炎はハイオーガの内部を駆け巡り、無残にも内側から燃やし尽くしていく。
ハイオーガは痛みのあまり苦痛の声を上げ、数々の傷跡からは炎が漏れ出した。
10000レベルのサラマンダーの炎が通用するか多少の不安はあったが、硬化が意味をなさない内側からの発動ということもあり、大いにダメージを与えられたみたいだ。
「さあ、終わりにしよう」
ここで凛はハイオーガからいったん距離を取り、八神たちのもとにまで転移で後退する。
再生能力によって傷が治る前に畳みかけるべきではないか。
そう思っているであろう者たちの視線を背中に受けながら、凛は力強く地面を蹴って加速した。
瞬間転移による連続攻撃は強力だが、踏み込みができずパワーが低くなってしまうという欠点がある。
そのため、最後の一撃は加速をつけて放つべきと判断したのだ。
音速を軽々と凌駕した動きで、炎に苦しめられるハイオーガに迫る。
しかし、ただやられてくれるほど、敵も甘くはなかった。
「ガルァァァアアアアアアアアアア!」
炎に苦しめられながらもなお、生存本能に従うようにして、ハイオーガは大剣を振り下ろす。
まさに火事場の馬鹿力というべきか、力も速度も通常時を遥かに上回っていた。
神速の刃は万物を破砕するエネルギーをもって、凛に襲い掛かる。
このままだと凛の体は軽々と押しつぶされてしまうだろう。
だが、それでも凛は止まらない。
「
直後、大剣は床を粉々に粉砕し、ダンジョン全体を激しく振動させる。
だが、既にそこに凛の姿はなく、数メートル先を駆けていた。
凛以外には、まるで彼が大剣をすり抜けたかのように見えただろう。
凛は半身に構えると、無名剣を弓のように大きく引く。
そして腰、肩、肘と、全身の力を余すところなく伝えるようにして、極限の一撃を解き放った。
「うおおおおおおおおおおお!」
敵の攻撃をすり抜け、放たれる神速の突き――
その一撃はハイオーガの硬い皮膚を、そして内部の魔石さえも易々と貫いた。
「ァ、ァ、ァァァァァ」
――まともな断末魔を上げることさえできず、崩れ落ちていくハイオーガ。
その強敵に背を向けながら、凛は血を払うように無名剣を数回振るった。
――決着はついた。
それは理解できているはずなのに、その現実離れした光景を前に、八神たちはまだ声を上げることができなかった。
やがて、その中の一人がポツリと呟いた。
矮小な身でありながら、圧倒的な強敵を打ち倒した彼を表す言葉を。
「……
それは奇しくも、凛が手に持つ白銀の長剣と、彼自身の在り方を示しているかのようで。
やがて、全員の頭の中にシステム音が鳴り響く。
それは確かに、この死闘が終わりを告げたことの証であり。
ハイオーガを圧倒した凛の姿に、彼らは最強の面影を見た。
かくして、天音 凛とハイオーガによる戦いは、凛の圧勝で幕を閉じるのだった。
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