第138話 魔物の行進
それから現れた魔物たちの中にも、数は少ないが再生する個体が存在していた。
そのたびに調査を行うことによって、俺たちはその原因を突き止めた。
「なるほど。死体の中に魔石が残っている場合、再生することがあるのか」
八神は神妙そうに調査結果を呟く。
それに対して東雲さんは言った。
「あとは魔物のレベルが高ければ高いほど、その傾向があるみたいですね。さっき倒したゴブリンジェネラルなんかは、魔石が残っていても復活しませんでしたし」
「そのようだな。しかし、これはかなり面倒なことになったな。確実に魔物を殺すには魔石を破壊するか、天音がやったように首を刎ねるしかない。戦闘中の労力が増えるし、何より稼ぎのタネとなる魔石を回収できないのはかなり痛い」
八神は数秒間何かを考え込むと、決意の表情で言った。
「魔物のレベルが高いことが再生の条件なら、下層にいくにつれて発生頻度が増える可能性がある。いったん、安全な上階層に戻り長時間の休養を取り、その後攻略を再開する。皆もそれでいいな?」
「「「はい」」」
八神の指示に、パーティーメンバー全員が頷く。
俺もまた、八神の考えに賛成だった。
このパーティーのレベルなら魔物を倒すこと自体は簡単だと思うけど、倒した魔物が再生するかどうか気にしながら戦うのは精神的にかなり疲労するからな。
ここらで一回、休養を挟むのは得策だろう。
まあ、俺一人なら普通に進んでたんだけど、それはそれとして。
再び陣形を整え上階層に戻ろうとしたその時、突如として階層全体が震えだした。
「っ、なんだ!?」
「きゃあっ!」
突然の出来事に、この場にいる全員が戸惑う。
無論、それは俺もだ。
何だ? 何が起きた?
ダンジョンで揺れが発生するとすれば真っ先に思いつくのは迷宮崩壊だが、それとは少し様子が違う。
この揺れ方や、迷宮内に鳴り響く音から推測するなら、これはむしろ――。
「おい、あっちを見ろ!」
パーティーの一人がある方向に指を向け、焦燥した様子でそう叫ぶ。
「ッ、あれは!」
遅れて俺たちもそちらに視線を向け――驚愕に目を見開いた。
俺たちが歩いてきた通路から姿を現したのは、50体を超える魔物の集団。
ヤツらは他には目もくれず、俺たちに向かってまっすぐ向かってきていた。
その様子を見ながら、俺は唇を噛みしめる。
そして、この現象を指す名称を口にした。
「――
魔物の行進。その名の通り、大量の魔物が同時に現れる現象。
魔物の出現ポイントに間違えて足を踏み入れてしまったり、群れの移動中にかち合ってしまったりと遭遇するきっかけは様々だが、今回は後者だったようだ。
魔物の行進はランクを問わずどのダンジョンにも発生する現象だが、俺はそれをあまり問題視していなかった。
最悪、ダンジョン内転移を使って逃げることが可能だから。
けれど通常の冒険者にとって、それは死の危険性をもたらすもの。
上位ギルドが誇る優秀なAランクパーティーであっても、それは同じだった。
「タンクは前に!」
「「はい!」」
八神の指示に従い、タンク2名が前に出て魔物たちを食い止める。
通路が狭いため、かろうじて進行を遅らせることには成功したものの、逆にいえばこちらから攻撃するためのスペースも存在していなかった。突破されるのは時間の問題だ。
「リーダー、あちらからも魔物が来ます!」
「別方向からだと!?」
それに加え、必死に対抗策を考える俺たちを絶望の淵へ叩き落とすかのように、別の通路から同じ数の魔物が襲い掛かってきた。
通常の魔物の行進なら、こんなことは起こりえない。
明らかに何かがおかしい。
俺はギリッと歯を噛みしめた。
ここにいる誰もが驚愕と混乱に陥る中、八神は毅然とした態度で叫ぶ。
「退避だ! このままだとジリ貧になる! 開けた空間に出て、広範囲魔法で敵をせん滅する! 急げ!」
その声に従い、前衛職を先頭にして、残された一つの通路から俺たちは避難した。
俺や東雲さんは先頭の後ろにつき、最後尾は八神やタンクが務めてくれる。
だが、
「っ、あっちにも魔物の群れがいるぞ!」
「こっちの道にはいない! 行くぞ!」
分かれ道に辿りつくと、かなりの確率で魔物の群れが待ち受けていた。
必然的に残る通路を選び、突き進んでいく。
その途中で、俺はふと違和感を覚えた。
「……おかしい。あまりにも都合がいい」
なぜここまで魔物が大量に現れるのかは不明だが、俺たちを殺したいのなら、全ての通路を塞ぐようにして現れればいいはずだ。
だけど実際は、用意されたかのように逃げ道が存在している。
誘導。そんな不穏な単語が脳裏に浮かび上がった。
疑念はあるが、だからといって立ち止まるわけにはいかない。
俺が隠していた力を明かして応戦したからといって、どうにかなる状況でもない。
歴戦の猛者である八神の指示に従うのが、もっともいい手段のはずだ。
頭でそれは分かっているはずなのに、胸の動悸が収まらない。
答えが出ないまま進み続けていると、俺たちはとうとう目標の場所に辿り着いた。
「見て、あっちに大きな部屋があるわ! あそこでなら魔物たちを迎え撃てるわよ!」
巨大な空間を見つけた東雲さんが、歓喜の様子で叫ぶ。
俺たちは迷うことなく、その空間に繋がる穴を通った。
その瞬間、ぞわりと身震いが起きた。
「――――なんだ?」
言い知れぬ感覚に、戸惑いつつも振り返る。
そこには、追ってくる魔物たちに魔法を浴びせながらも、この部屋に辿り着いた八神たちの姿があり――
その左右には、開かれた扉が存在していた。
「ッ、外に出てください!」
反射的に、俺はそう叫んだ。
その言葉を聞いた八神が目を見開く。
「何を言っている天音。外には魔物が大量にいる。ここで討伐する以外に生き延びる道は――」
八神の言葉が最後まで紡がれることはなかった。
バタンッ! と、彼の声をかき消すようにして、その扉が盛大に閉まったから。
「なんだ? 扉が閉まった?」
「群れから逃げきれたのか?」
その光景を見た者たちが、戸惑いつつも安堵していた。
けれどその中で、俺の鼓動だけが早鐘を打つ。
安心なんてできるはずがない。
俺の予想が正しければ、ここはきっと――。
「……皆、後ろを見ろ」
何かを見上げるように顔を上げた八神が、震える声でそう告げる。
俺は深い息を吐きながら振り返り――それを見た。
「……そうだろうなとは思ったよ」
奥の壁から湧き上がるようにして現れたのは、オークジェネラルを彷彿とさせられる、4メートルを軽々と超える高さを誇る怪物だった。
額から伸びる一本の角、鋭い金色の眼光。
口からは巨大な牙が2本飛び出ている。
岩石のように膨れ上がった肉体は、濁った赤色で塗りたくられたようで、異質な雰囲気を醸し出す。
丸太のような手には、2メートルを超える大剣が握られていた。
「嘘だろ、最下層でもないのに、なんでここにこんな奴が……」
「まさかトラップだったのか⁉︎」
「……っ!」
ここにいる誰もが、その化け物を前に恐れをなす。
俺は静かに、鑑定を使用した。
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【ハイオーガ】
・討伐推奨レベル:40000
・ダンジョンボス&エクストラボス:鬼塚ダンジョン
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そのレベルは奇しくも、あの日戦う機会すら与えられなかったサイクロプスと同じで。
俺たちは唐突に、この強敵との死闘を強いられることになった。
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