第137話 か、感謝する
一階層を歩いている最中、ザッザッという、俺たちのものではない足音が聞こえてくる。
八神たちの対応は早かった。
「陣形を整えろ!」
八神の指示に従い、彼らは一瞬で応戦の構えを取る。
その傍らでは、俺もアイテムボックスから武器を取り出していた。
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【
・鍛冶スキルを用いて作成された短剣。
・装備推奨レベル:7000
・攻撃力+6000
・速度+3500
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取り出したのは無名剣や魔奪剣ではなく、速剣。
あの2つについては、あまり他人に見せたくないからな。
身構える俺たちの前に、魔物が5匹現れる。
硬く鋭い毛皮に包まれた二足歩行の魔物だった。
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【ワーウルフ】
・討伐推奨レベル:8000
・刃を弾くほど硬い剛毛に覆われた二足歩行の獣。俊敏な動きと、鋭い爪や牙による攻撃が強力。
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大きさは人間の大人と同じくらい。
それでこれだけのレベルなことから、強靭な肉体であることがうかがえる。
ただ、Aランクパーティーに挑むにはあまりにも脆弱だった。
「ファイアライン!」
タンクが敵の気を引き、前衛が攻撃を浴びせて隙を生み出すと、最後に八神が火属性の中級魔法を放ちトドメを与えていく。
5匹を倒すのに、1分もかからなかった。
「……ふむ」
これなら確かに、俺の力は必要ないだろう。
そう思えるほどに安定感のある連携だった。
それぞれが自分の力を見せびらかすように戦っていた風見たちとは全く違う(もっとも、冒険者になった当初の話だが)。
「私たちの役目はなかったわね」
「そうですね」
東雲さんとそんなことを話していると、八神が「ふむ」と頷く。
「この程度の魔物相手なら、MPは温存しながら戦った方がよさそうだな。皆もその点を留意しながら戦ってくれ」
「「「はい!」」」
その後も攻略は順調に進んでいった。
索敵スキルを使用し、下の階層に続く階段がどこにあるか調べる。
道中に現れる魔物を討伐しながら階段を目指しつつ、記録を残すために簡単な地図を同時作成。
手探りで試行錯誤しながら進んでいくため、データが揃ったダンジョンを攻略する数倍の時間はかかるものの、ほとんど危険な目に遭うことなく進むことができた。
休憩を挟みつつ、進み続けること10時間。
俺たちは30階層に到着した。
(……なんだろう、この感覚は)
順調に進んでいく中で俺は疑問を抱いていた。
ダンジョンに入った時に感じた違和感らしきものが、下の階層に進むにつれて強くなっている気がしたのだ。
途中で何気なくそのことを皆に伝えてみたが、俺以外には誰も感じなかったようで、結局そのまま進み続けてきた。
その出来事が発生したのは、それから数分後のことだった。
30階層で俺たちの前に現れたのは、2メートルを超える巨大な体を持つゴブリンキングが1体と、その配下であるゴブリンジェネラルが8体だった。
タンクがゴブリンキングを受け持っているうちに、残りの面々がゴブリンジェネラルをせん滅し、今は全員でゴブリンキングと戦っている。
「今だ、畳みかけろ!」
ゴブリンキングに隙が生み出されたタイミングで、八神が叫ぶ。
流れるような動きで前に出た剣士の一人が、手に持つ長剣でゴブリンキングの胴体を切り裂く。
「ヴギャァァァァァ!」
断末魔を上げながら倒れていくゴブリンキング。
14000レベルとここまで現れた敵の中では一番強かったが、このパーティーにかかれば簡単に倒せる相手だったようだ。
「それにしても、このままだと俺、本当にただ同行してるだけなんだけど……」
最後尾で彼らの戦いを眺めていた俺は、小さくそう零した。
彼らが優秀すぎるせいで、俺に危険が迫ることは一度もなかった。
彼らが強いこと自体は喜ばしいことなんだが、なんだろうこの気持ち。
微妙にやるせない、といった表現がぴったりだろうか。
憂いを晴らすべくため息をつこうとした瞬間、ぞわりと背筋に悪寒が走った。
「――――なんだ、今のは?」
決して無視することのできない悪寒に、俺は慌てて周囲を見渡した。
何か嫌なことが起きる前兆に思えたのだ。
似たような感覚を経験したことがある。
それは、隔絶の魔塔でのことだ。
隔絶の魔塔。通常のダンジョンとは何もかも違う、異常な場所。
そこで課された様々なクエストは、例外なく俺を殺すために存在していた。
力、知恵、魔力、体力。
ありとあらゆる能力が試される中で共通していたのは、クエストの攻略中、一瞬とて油断することが許されなかったことだ。
気を休めることができるのは、クエスト達成後、次のクエストに挑むまでの24時間。
システム音を罵ったり褒めたたえたり謝ったりイジメられたりする時間だけだった。
つまり何が言いたいかというと、隔絶の魔塔での経験によって、俺は身に迫る危険を察知する力が増していた。
その感覚が告げる。
今、油断してはならないと。
ゴブリンキングたちを討伐したこの状況で、何に気を付けなければならないのか。
周囲を見渡す中、俺は気付いた。
「ふー。難易度的に最下層は60か70くらいだと思うけど、ようやく半分といったところね。ここからが正念場、頑張らなくちゃっ」
魔物を倒した安堵からか、深呼吸をして気合を入れる東雲さん。
そんな彼女の背後にはゴブリンキングの死体が転がっており――
ピクリとその指先が動いたかと思った次の瞬間、ガバッと起き上がった。
「ッ」
「東雲、後ろだ!」
「――――え?」
それに気が付いたのは、この場で俺と八神だけだった。
八神の呼びかけにより、東雲さんは戸惑ったように振り返る。
そしてそこに立っている、長剣を振りかぶったゴブリンキングを見て、驚愕に目を見開いた。
「きゃあっ!」
「くそっ!」
悲鳴を上げる東雲さんと、焦燥の声を零す八神。
無情なことに、俺や八神と東雲さんの距離は10メートル近く離れていた。
東雲さんは咄嗟に後ずさり回避を試み、八神は魔法を発動しようとするも、とても間に合うタイミングではない。
彼女を救うための方法は1つしか存在しなかった。
「――――
だから俺は、迷うことなくそう呟いた。
次の瞬間、ゴブリンキングの首が宙を舞い、残された体が崩れ落ちていく。
代わりに残るのは、速剣を振り切った俺の姿のみ。
「あ、れ? 何が起こって――きゃっ」
「おっと」
無理に後ろに下がろうとしたためか、転びそうになった東雲さんの体を抱きかかえる。
その拍子に、俺たちの顔は急接近する。
ついでに彼女の豊かな胸元が俺の体に当たるが、なんとか意識から追い出した。
「大丈夫ですか?」
「……(こくこくこく)」
顔を真っ赤にし、さらには無言のまま、東雲さんは何度も首を縦に振る。
元気いっぱいなようで、ひとまずは一安心だ。
彼女が両足で立てるように手助けし、周囲を見渡す。
……予想していたことだが、全員が疑うような視線を俺に向けられていた。
まあ、こうなるよな……。
さて、どう誤魔化すべきか。
そんなことを考えている中、声を上げたのは八神だった。
「お前、いま何を……」
動揺を隠しきれていないのか、声が震えていた。
この中でも八神だけは、間違いなく俺が転移で突然現れたところをその目で見ていただろうし、疑問もひとしおだろう。
そんな彼に向けて、俺は言う。
「俺、速度特化型なんです。あと、魔物が現れた時は気配を消すスキルを使っているので、いきなり現れたように見えたんだと思います」
あまりにも苦しい言い訳。
というかそもそも、突然現れたことを指摘されていないのにこう言ってしまうと、逆にもっと怪しまれるかもしれない。
自分の失策を恥じている中、八神は告げる。
「とてもそんな説明で納得できる光景ではなかったが……いや、詮索はなしだったな」
自分を納得させるように、八神は首を横に振る。
そして俺から少し視線を外したかと思えば、恥ずかしそうにいった。
「何はともあれ、お前のおかげでパーティーの仲間が助けられた……か、感謝する」
「……どういたしまして?」
先ほどまでと態度がかなり違っていたため、戸惑いながらもそう返す。
すると、八神は視線をゴブリンキングに向けた。
「それよりもだ。なぜ死んだはずのコイツが動いたのか調べるぞ。協力しろ、天音」
呼び方が、お前から天音に変わっている。
……どうやら少しだけ、俺のことを認めてもらえたようだ。
「はい、分かりました」
小さく笑いながら、俺はそう返した。
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