第136話 物好きな先輩

 さて、攻略メンバーの全員がダンジョンの中に入り、後は出発するだけだと思っていたのだが、どうやらそういうわけではなさそうだった。


 リーダーの八神は振り返ると、俺に向かって告げる。


「おい、お前。一度ゲートの外に出てから、もう一度中に入ってこい」

「え?」

「検証のためだ。早くしろ」


 一瞬訳の分からない指示だと思ってしまったが、検証という言葉でようやく発言の意図を理解した。


 ダンジョンによっては、一度ゲートの中に入ればボスを討伐するまで外に出られなかったり、一度ゲートの外に出てしまえば、スパン中ではないにもかかわらず数日間再挑戦ができなくなるといったものも存在する。

 そういった検証も、初攻略組の務めなのだ。


 仮に再挑戦できなくなった時のため、この中で最も攻略に不要な俺がその役目を引き受けること自体は理解できる。

 理解はできるんだが……。

 八神には悪いが、素直に頷けない事情があった。


 と言うのも俺の場合、ダンジョン内転移を使って中に入ってきているため、ゲートを通っていない。

 そのため検証としては不十分なものになってしまうだろう。

 すごく気まずいが、ここはしっかりと断っておくべきか。


「いえ、それはできません」

「何だと?」


 八神の額にしわが寄り、鋭い視線を向けてくる。



「お前、それは自惚れているのか? 自分の方が、ここにいる他のメンバーよりも攻略に貢献できるとでも?」

「いや、そういう訳では……」

「違うのならその理由を答えろ。さもなくば、一人で勝手に最下層を目指すんだな。お前のような訳の分からない奴がパーティーにいたら、他の奴らが危険な目に遭う可能性があるんだよ」

「うっ……」



 くそっ、なんて正論なんだ!



 申し訳ない気持ちが加速する。

 だが理由を言うわけにはいかないため、俺は口を閉ざす。

 すると、八神の視線の鋭さがどんどん増していく。

 完全に反感を買ってしまったようだ。


 心の中で八神に謝罪していると、俺たちの間に割り言ってくる者がいた。

 それはローブに身を包んだ、綺麗さと可愛らしさを兼ね備えた女性だった。



「まあまあ、八神さんも落ち着いてください。代わりに私が出入りしますから」

「……ばかを言うな、東雲。このパーティー唯一のヒーラーがいなくなるのが一番の痛手だ。はあ、仕方ない。松本、お前が行ってくれ」

「さりげなく一番の役立たずだって言われた気がするんすけど……まあ了解っす」



 わざとらしく落ち込んだ声を零しながら、松本――魔法使いらしき男性がゲートの外に出て、一瞬で戻ってくる。


「どうやら問題なさそうっすね」

「そうか。なら先を急ぐぞ」


 八神は最後に俺を睨んだ後、前衛を務める二人のタンクの後ろに移動した。

 最後尾にいるのは俺と、先ほど助け舟を出してくれた東雲さんという女性だった。

 俺は彼女に頭を下げる。


「すみません、助かりました」

「あはは、いいのいいの。今の八神さんの言い方じゃ、天音くんが一番の足手まといみたいな感じだったし、いきなりそんなこと言われたら反抗したくもなっちゃうわよね」

「……ソウデスネ」


 なんだか無駄にプライドの高い子供のように思われている気がしたが、勘違いをしてもらっておいた方が都合がよかったので、頷いておいた。


 すると、東雲さんは柔らかい笑みを浮かべる。


「私は東雲しののめ 香織かおりよ。東雲さんでも、香織ちゃんでも、お姉さんでも、好きに呼んでくれて構わないわ」

「……では、東雲さんと。ちなみに俺は――」


 自己紹介をしようとするが、先ほど天音くんと呼ばれたことを思い出す。

 ここに来てからまだ名乗っていない気がするのだが、どうして知っているのだろう?

 疑問に思っていると東雲さんは笑いながら言った。



「天音 凛くんよね? もちろん知ってるわ」

「確かに、パーティーに同行する奴の名前くらい事前に聞いてますよね」

「それもあるけど、前から天音くんのことは知っていたわよ。お姉さん、君のことちょっと気になってたから」

「えっ?」

「由衣ちゃんや零ちゃんと話していると、天音くんの名前がよく出てくるのよ」



 2人の名前を聞いて、なるほどと思った。



「由衣や零と仲が良いんですか?」

「ええ。由衣ちゃんについてはヒーラーの先輩として、入団当初から色々と教えてあげてるの。零ちゃんの方はたまーに会話するくらいかな?」

「2人は宵月でうまくやれてますか?」

「もちろん。由衣ちゃんは凄いわよ。どんどんヒーラーとしての才能が開花していって、ギルドの戦力になる日も近いと言ったところかしら。零ちゃんに関しては……」



 そこで東雲さんは言葉を止めた後、少しだけ神妙そうな面持ちで言った。


「彼女に関してはユニークスキル持ちだから、通常の尺度では測れないのよね。それでも分かっているのは、彼女のスキルはあまりにも――」


 と、ここで東雲さんは、はっと顔を上げた。


「ううん、やっぱりここで言うのはやめておくわ。仲が良いんだから、天音くんが直接聞いた方がいいと思う」

「なら、そうすることにします」


 少し気になる内容だったが、人伝に聞くものでもない。

 俺は彼女の言う通り、また今度2人と話す機会があれば、その時に色々と訊こうと思った。

 と、ここで話題は2人から、このパーティーについてに移る。


「こちらについては、むしろ知っておいてほしいことだから紹介するわね。パーティーは合わせて八人。そのほとんどが20000レベル前後なんだけど、リーダーの八神さんだけが飛びぬけて強く、25000を超えているの」

「なるほど」


 名実ともに、八神がこのパーティーのトップということだろう。


「このパーティーが、宵月ではトップなんですよね?」

「……パーティーでなら、ね。上にはクレアちゃんがいるから」

「…………」


 クレアは自身をSランク冒険者だと名乗っていた。

 それが事実なら、彼女のレベルは10万を超えていることになる。

 ここにいる全員で挑んだとしても、手も足も出ないような圧倒的な差が存在する。


「彼女は……」


 俺はずっと、彼女がどうしてそれだけの力を持っているのかが気になっていた。

 同じギルドに所属する東雲さんなら、その理由を知っているかもしれない。

 そう思ったのだが、すんでのところで、こんな方法で知るのは違うんじゃないかと思った。


 だから、質問を変える。


「クレアは、宵月ではどんな立ち位置なんですか?」

「立ち位置?」

「いや、だからその、他のギルド員からはどんな風に思われてるのかなと思いまして。それだけ強かったら、他の奴らと距離があったりするんじゃないんですか?」


 東雲さんはくすくすと笑う。


「不思議な質問をするのね。クレアちゃんは皆から慕われているわよ。実力は圧倒的だけどそれをひけらかしたりしないし、誰にでも丁寧に接してくれるもの……だけど」


 一度言葉を止めて、彼女は言う。


「その圧倒的な強さや、必要以上に思える丁寧な態度のせいなのかしら。クレアちゃん自身が、周りとの間に見えない壁を作っているような感じはするわね」

「見えない壁?」

「ええ。必要以上に、他人と仲良くするのを避けているみたいだって言った方が分かりやすいかしら」


 それを聞き、俺は彼女に関する記憶を呼び起こす。



 初めて出会った日、柔らかく、だけど芯の通った声で俺に会いたかったと告げた姿。

 サイクロプスを一振りで瞬殺する、美しくかっこいい姿。

 自分の名前を噛んだ姿。

 自分のお菓子を守ろうとした姿。

 ウルフんのぬいぐるみを抱きしめる姿。



 ……あれ? そんなに人を避けてるような感じあったか?

 おかしいなと首を傾げていると、東雲さんは言う。



「私の印象としてはそんな感じかしら。それにしてもそんなことを訊くだなんて、もしかして天音くんはクレアちゃんに気があったりするのかな?」

「べ、別にそういうわけでは……」

「うふふ、悪いけど、お姉さんの目は誤魔化せないわよ。クレアちゃんを狙っている人は多いから、競争は激しいと思うけれど、応援しているわ!」



 おい、なんか妙な流れになってきたぞ。

 そんな風に戦々恐々としていると、


「ごほん。おい、東雲、そろそろ魔物が出てくる頃合いだ。無駄話はその辺りにしておけ」

「むぅ、いいところだったのに……了解です」


 八神が助け舟を出してくれたおかげで、東雲さんは頬を膨らませながら質問をやめた。


 ……た、助かった。

 ありがとう、八神さん。そう心の中で感謝する。


 実際に魔物と遭遇したのは、それから5分後のことだった。

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