第132話 ウルフん
鈴鹿ダンジョン踏破後、まだ日は高い位置にあった。
しかし、今から他のダンジョンに向かう時間はないと判断した俺は、素直に帰宅することにした。
自宅から通える範囲にあるBランク以下のダンジョンは、もうほとんどなくなってしまった。
これからは長期遠征も視野に入れるべきかもしれない。
そんなことを考えながら、駅に向かって歩いていると、
「おい、見たか? 今の人、すげぇ綺麗だったな」
「ああ、見た見た」
興奮しながら話をする学生たちとすれ違う。
決して美人という単語に反応したわけではないが(本当だよ)、俺は彼らの会話につられるようにして、少し先に視線を向けた。
様々な商店が立ち並ぶ中に、ポツンと建てられたゲームセンター。
店先に置かれたクレーンゲーム機の前には、陽光を受けて輝く白銀の長髪が特徴的な、とても綺麗な女性が立っていた。
「あいつは……」
俺は彼女のことを知っていた。
というか、つい先日知り合ったばかりの相手だ。
宵月ギルドに所属する、国内で12番目のSランク到達者――クレア。
話しかけるべきか、素通りするべきか。
2つの選択肢が頭の中に浮かぶ。
どちらを選ぶべきか悩む俺の前で、クレアはスッと腕を上げた。
しなやかな指の先には100円玉が数枚握られており、クレーンゲーム機に投入した。
どうやらお目当ての景品があるようだ。
クレアは真剣な表情を浮かべると同時に、深い蒼色の
視線の先を見てみると、そこには狼をデフォルメ化したぬいぐるみが置かれていた。
特徴的なのは、右目が黒色の眼帯に覆われ、閉じられた左目には縦に伸びる一本の傷跡があること。
要するに、右目も左目も見えていない。
俺はそのキャラクターを知っていた。
――あれは、間違いなく『ウルフん』だ!!
日曜の朝にやっている子供向け番組、『マジカル☆ダンジョン☆ガールズ(略してマジダン)』。
マジダン自体は、ユニークスキル【魔法少女】に目覚めた少女たちが、魔物から人々を救う友情バトルファンタジーだ。
1話につき1回は迷宮崩壊が発生するのがお約束である(現実だったら最悪だ)。
そしてそこに登場するマスコットキャラクターこそが、ウルフんである。
作中では、意思を持ち人間に味方をする特別な生命体として描かれている。
ただ、両目が眼帯や傷跡で隠されているという尖った見た目や、発言内容が本当に子供向けかと疑われるくらい過激なことから、子供からはあまり人気がなく、代わりに一部の大人からは、そこが可愛いと言われて根強い人気を獲得していたりする。
ちなみに、なぜ俺がこんなにマジダンについて詳しいのかというと、昔から日曜の朝は華とゆったりとした時間を過ごすのが習慣となっていて、その時にテレビでやっていたマジダンを何気なく見ていたのだが、想像以上に深みのある物語に引き込まれてしまったというわけだ。
ついでに言うと、
俺も楽しくなり激しい議論を交わすこともあるが、夕食後辺りから話し合っていたはずが、気が付けば日付が変わっている時もあったりなかったり。
と、そのあたりの話は置いておくとして。
俺はクレアが操作するアームの行く末を見届ける。
「――――!」
ここだ! と言わんばかりに目をカッと開き、ボタンを押す。
アームはゆっくりとウルフんに向かって落下していき、その体を捕まえる。
「……(じーっ)」
真剣な眼差しで、ぬいぐるみが持ち上げられる様子を見つめるクレア。
だが――
「あっ」
アームの力が弱かったのか、むなしくもウルフんは下に滑り落ちていった。
それを見て、クレアは少しだけ切なそうな声を上げる。
それでも諦めるつもりはないのか、続けて何度も何度も挑戦する。
しかし、そもそもクレーンゲーム機で遊んだことがないのか上手く取る方法を知らないようで、失敗した数は10回を軽く超えていた。
……み、見てられない。助け舟を出すべきか?
だけど、クレーンゲームに本気になっているところを知り合いに見られたことを、彼女が恥ずかしく思う可能性もある。
Sランク冒険者なら稼ぎは相当なものだろうし、仮にゲームセンターごと買い取っても破産することはないはず。
うん、ここはスルーしよう!
と、俺はそう決断したのだが――。
「……天音さん?」
「あっ」
残念ながら、俺がここにいることを彼女に気付かれてしまった。
微妙な空気が俺たちの間に流れる。
より動揺してるのは、向こう側だった。
「い、いったい、いつからそこにいたんですか?」
まさか、何度も失敗しているところを見ていませんよね? という意図の質問だと俺は捉えた。
間違っても、初めから見てましたとは言えない雰囲気だ。
くそっ、こうなったら何とか話題を逸らしてこの場を切り抜けるしかない……っ!
「そ、そうだ、豆知識なんだけど、そういうゲームの景品って絶対に原価が800円以下らしいな」
「どうして、今そのような話を?」
「いやだって、クレアが明らかにその数倍は使ってそうだったから……あっ」
「………………」
ジト目で俺を睨むクレア。
ここで俺は自身の失態を悟った。
これだと、初めから見ていましたと言ったも同然じゃないか。
まさか誘導尋問だったとは。
さすがはSランク冒険者だと恐れをなしていると、彼女は小さくため息をついた後、頬を僅かに赤らめて言った。
「貴方がいることに気付けなかった私が悪いので、責めたりはしませんが……できれば今後からは、早めに話しかけていただきたいです」
「ぜ、善処します」
それに対し、俺は頷くことしかできなかった。
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