第133話 プレゼント
クレアに声をかけないまま、彼女がクレーンゲーム機を操作しているところを見続けたのは、確かにあまり良くなかったかもしれないと反省する。
そのお詫びと言ってはなんだが……。
「ちょっと場所を代わってくれ」
「えっ?」
戸惑いの声を零すクレアに代わって、クレーンゲーム機の前に立つ。
小銭を投入すると、ゲームが始まった。
昔のことになるが、華と出かけているときによく、ぬいぐるみやら何やらが欲しいとねだられた。
そのたびに何度もプレイしていたので、クレーンゲームはわりと得意なのだ。
クレーンゲームにおいて、アームでぬいぐるみを掴もうとするのは下策。
確実に取りたいと思うながら、回数はかかるが、ぬいぐるみの端を持ち上げるようにして少しずつ位置をずらしていくのが一番だ。
ただ、この状況ならもっといい方法がありそうだな……。
横に移動するボタンと縦に移動するボタンを続けて押すと、アームは狙った場所まで移動する。
ウルフんの少し横に向かって下りていくアームを見て、クレアが言った。
「これだと、ウルフんを持ち上げられないのでは?」
「いや、これでいい」
すると、俺の目論見通りアームの先がウルフんのタグに引っかかった。
「っ、こんな方法が……!」
驚愕の声を上げるクレアの前で、ウルフんが持ち上げられていく。
そのまま穴に落ち、無事にウルフんをゲットするのだった。
取り出し口からウルフんを取り出していると、感心したようにクレアは言う。
「驚きました。天音さんはこういったゲームが得意なんですね」
「ああ、妹にせがまれてよくプレイしたからな。それよりも俺は、クレアがウルフんを好きなことの方が驚いたけど」
「ウルフんを知っているんですか!?」
「っ!」
ずいっと身を乗り出しながら、そう尋ねてくるクレア。
それによって彼女の長髪がふわりと宙を舞い、シャンプーのいい匂いがした。
思わず後ずさってしまった自分に気付きながらも、なんとか冷静さを保ちつつ、俺は言った。
「あ、ああ。マジダンは毎週見てるからな。それより、ちょっと近い気が……」
「っ、す、すみません!」
自分が距離を詰めたことに気付いたのだろう、クレアは赤面しながら勢いよく後方に下がった。
嬉しいような、寂しいような……。
胸の中でせめぎ合う、相反する感情に戸惑っている俺の前では、クレアが申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
「申し訳ありません、天音さん。ウルフんについて語り合える方が私の周囲にはいないので、つい我を忘れてしまいました」
「大丈夫だ。それよりも、ほら」
ウルフんのぬいぐるみをクレアに差し出すと、彼女はきょとんと首を傾げた。
俺の意図が伝わっていないようだったので、言葉を続ける。
「やるよ」
「……私に、ですか?」
「ああ」
「ですが、それは天音さんがとったものです。同じウルフんファンから、一方的に奪い取るような行為は主義に反します」
なぜか俺までウルフんファンということにされてしまったが、諦めずにぬいぐるみを押し付けた。
「気にするな。初めからクレアにあげるつもりでとったんだから、貰ってくれた方が俺は助かる」
「……そういうことなら」
恐る恐るといった表現がぴったりな動きで、クレアはぬいぐるみを両手で受け取った。
何を考えているんだろうか。数秒間、無言のままじーっとぬいぐるみを見つめたかと思えば、大切そうにぎゅっと抱きしめる。
そして、柔らかい笑みをこちらに向けた。
「ありがとうございます、天音さん。すごく、すごく嬉しいです」
「――――」
その笑顔を前にして、俺は自分の鼓動が早くなったことを理解するのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます