第105話 おやすみ

 あれだけのことがあった後だ。

 一人で眠るのが心細くなる気持ちも分かる。

 俺は華の意思を尊重し、今日は一緒に眠ることにした。


 ……こうして一緒に隣で寝るのは、もう何年振りのことだろうか。

 ふと、そんなことを思った。


「ねえ、お兄ちゃん」

「ん、どうした?」


 などと考えていると、華が静かに呼び掛けてくる。


「今日はありがとう。お兄ちゃんが助けにきてくれて、すごく嬉しかったよ」

「……当然だ。俺はお兄ちゃんだからな」


 優しく頭を撫でてやると、華は「えへへ」とはにかむ。



「でも、ほんとはちょっとだけ残念だって気持ちもあるの」

「残念?」

「うん。だって私が冒険者になろうって思ったのは、お兄ちゃんがいなくても、自分で自分を守れるようになりたいって思ったのが理由だったから……それなのに結局、お兄ちゃんに守られちゃった」

「……そうだったのか」



 実を言うと、華が冒険者を目指す理由が何なのかは、以前から気になっていた。

 まさかこんなタイミングで知ることになるとは思っていなかったが。


 だけどあんな目に遭った以上、その意思も弱まったかもしれない。

 次に華の口から出てきた言葉は、そんな予想とは真逆のものだった。



「私ね、強くなりたい」

「強く?」

「うん。今日みたいにお兄ちゃんに守られるだけじゃダメなの。自分で自分を、ううん、私が他の誰かを守れるようになるくらい、強くなりたいって思ったよ」

「……そうか」



 その言葉を聞いて、俺は華がすごく強いと思った。

 体がじゃなく、心が。

 きっと華なら、その思いを現実のものにすることができるだろう。


 でも、と。

 俺は小さく笑いながら言った。



「華の気持ちは分かった。だけどそれは別に、絶対に自分一人で成し遂げなければならないってわけじゃないからな。具体的に言えば、困った時はいつでも俺を頼ってくれていい。ほら、いきなりお兄ちゃん離れとかされるのも、ちょっとショックだしな」

「……もう。まったく、こんなシスコンな兄を持って、私はほんとに大変だよ」



 言って、華は布団を頭の上までかぶる。

 暗いからよく分からなかったが、顔が赤くなっているように見えたのは気のせいだったのだろうか?


 なんにせよ、もうそろそろ良い時間だ。

 眠ることにしよう。


 俺は、隣にいる華に声をかける。


「おやすみ、華」

「……うん。おやすみ、お兄ちゃん」


 そして俺たちは、翌朝までぐっすり眠るのだった。

 まるで、幼かった子どもの頃のように。

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