第104話 妥協点
俺と華はその後、柳と片桐の死体を放置して地上に帰還した。
このダンジョンにいる魔物の実力では、柳や片桐の体を傷付けることは不可能だと判断した上で。
地上には、今回ダンジョン内実習に参加した学生や保護者たちがいた。
彼らは華が無事だったことを知り、安堵した様子だった。
なぜ一人取り残されたのかと聞かれたので、華は事前の打ち合わせ通り、途中で他の魔物に襲われて必死に逃げた結果、皆からはぐれてしまったと説明した。
そこに付け加えるように、俺が華を探しに行き、無事に見つけて連れ帰ってきたと伝えると、簡単に納得してもらえた。
しかし、問題は未だに戻ってこない柳と片桐。
少し時間をおいて、冒険者協会の人たちが到着した。
熟練の冒険者らしい彼らは、柳と片桐を助けるべく中に入る。
そして約20分後――彼らは戻ってきた。
2人の死体と、1枚の石板とともに。
それを見て、ドクンと俺の心臓が跳ねた。
彼らはその石板のもとに集まり、焦った様子で話し合いを始める。
学生たちには届かない声量だが、俺にははっきりと聞こえていた。
「ここに書かれていることは事実なのか? 柳くんが片桐さんを殺しただなんて」
「とても信じられない。そんなことをする子には見えなかったが……」
「なんにせよ、検証はするべきでしょう。本当に彼が略奪者というスキルを保有しており、
「まだとても断定はできないがな。だが、つい最近別のダンジョンでテイマーが不審な死を遂げたのは事実だ。殺害時の状況をもう一度確かめてみる。それで明らかになるかもしれん」
「よろしくお願いします」
――その石板には、俺が今回の経緯について全て書き記していた。
その場にいたのが俺と華であるという点を除いて。
俺の実力はまだ、世界の強者と渡り合うには及ばない。
ダンジョン内転移について明らかにするわけにはいかない。
……柳を殺す実力があると知られれば、それについても芋づる式に判明する可能性が高い。
だからといって、今回の一件を黙って見過ごすこともできない。
柳は冒険者協会の立場を利用し、多くの命を奪おうとした。
その事実は明らかにしなければならない。
それらの妥協点として、俺は今回のことについて書き記した石板を残すことにしたのだ。
石板はその場にあった石を切って作り出し、文字はナイフで書いておいた。
ナイフで書いた文字なら、筆跡鑑定で俺が書いたと突き止めるのは難しいだろう。
などと考えているうちにも、彼らの話し合いは続く。
「ただそれ以上に重要なのは、誰がこれを書き残したのか、という点についてですが……」
「正体を明かしたくない理由があるのかもしれないが、私たちの立場上見逃すことはできない。ダンジョンから出てくる冒険者たちから、中で不審な人物を見かけなかったか聞き込み調査を行ってくれ」
「かしこまりました」
冒険者協会の方々のうち、一人がゲート前に、一人が俺たちのもとにやってくる。
そして頭を下げた。
「今回の事件に巻き込んでしまい、まことに申し訳ありませんでした。大変恐縮なのですが、事件の真相を究明するために、幾つかの質問に答えていただけませんでしょうか?」
そして、彼は幾つかの質問を投げかけてきた。
強力な魔物がどんな風に現れたのか、柳や片桐の対応はどうだったのか、などなどを。
その途中、皆からはぐれた華と、その華を助けに行った俺にはさらに幾つか質問された。
だがあの様子を見るに、柳を殺したのが俺たちだと疑っている様子はなかった。
それもそのはず。まだステータスを獲得して数日の華や、二十歳にもなっていない俺が彼らや討伐推奨レベル10000前後の魔物を殺せるという発想にはまず至らないだろう。
結局、その後ダンジョン内にいた冒険者たちからの聞き込みを含めても真相が分かることはなく、俺たちは帰宅を許可されるのだった。
その日の夜。
俺は華に、これまでのことを全て話した。
冒険者になってから一年間、無能と蔑まれながらもあがき続けたこと。
ダンジョン内転移が覚醒した結果、
通常の冒険者に比べて数十倍の速度で成長することがバレたらどんな危険な目に遭うか分からないため、家族を含めて周囲には隠していたこと。
華は最後まで聞くと、笑って頷いてくれた。
そんな華の反応を見て、俺はほっと胸を撫で下ろした。
それ以外にも幾つか華と話しておきたいことはあったが、疲れが溜まっているであろうため、今日はもう休むことになった。
……そのはず、だったのだが――
風呂に入り、隔絶の魔塔での出来事を含めて数日分の疲れを癒すためベッドに入ると、少しして部屋の中にノックの音が飛び込んでくる。
「華?」
「……お兄ちゃん、今日は一緒に寝てもいい?」
扉を開けると、そこには寝巻姿に枕を抱き締めた華がいた。
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