第103話 兄妹

 柳に背を向けて歩く傍ら、俺はステータス画面に浮かぶ『MP:3680/29490』という表記を見て顔をしかめた。



「……結果的には俺の圧勝だったかもしれないが、実際はかなり危なかったな」



 今回、俺が新しく得た2つの力――魔奪剣グリードと、瞬間転移タイム・ゼロ

 魔奪剣で魔法を奪う際はその魔法発動時と同量のMPを、瞬間転移は一回につき一律で100MPと、ともに大量のMP消費を必要とする。

 もう少し戦いが長引くか、もしくは柳が魔法を連続で使用してきていたら、危ないことになっていたかもしれない。



「まあ、柳は俺に魔法を奪われるのを恐れてそうしなかったんだろうし、仮にされたとしても対応は考えていたが……」



 なんにせよ、無事に勝つことができて本当に良かった。

 優れた思考を持つ敵はそれだけで厄介だ。

 力量差だけなら纏雷獣てんらいじゅうなんかと戦っている時の方が強く実感したが、それとはまた違う異質な強さだった。


 ……それが対人戦の怖さというものだろう。

 人と戦うのが初めてである俺は、その怖さもまた初めて知ることとなった。

 ふと、とあるチンピラ共の姿が脳裏をよぎったが、きっと気のせいだろう。


 それよりも、だ。


「華、大丈夫か?」


 華の前で片膝をつき、そう尋ねる。

 すると、


「――お兄ちゃん!」

「おっと」


 緊張から解放された安堵からか、全力で飛びついてきた。

 それを受け止めると、華は震える声で言う。



「……怖かったよ」

「そっか。ごめんな、俺が来るのが遅れたせいで、華を危険な目に合わせた」

「そうじゃないよ! 私が助けを呼んだせいで、お兄ちゃんまで死んじゃうじゃないかって……すごく怖かったの」

「……華」



 俺は、華の頭を優しく撫でた。



「もう全部終わったから。心配かけて悪かった」

「ううん。無事なら、それでいいよ」

「ありがとう。けど途中、怖い目に合わせちゃったな。短剣が当たったところは大丈夫か?」

「うん。お兄ちゃんのおかげで、ぜんぜん平気だよ。えへへ」



 確かに、華の体に新しい傷はできていないようだ。

 俺はほっと胸を撫で下ろす。


 ……纏壁てんへきが、他人にも使用できるスキルで本当によかった。


 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


 纏  壁LV1:MPを消費することにより、対象者を包み込むような魔力の壁を生み出す(強度、持続時間はスキルレベルにより変動)。

 クールタイム:60秒


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 スキルの説明にあるように、このスキルが発動できるのは対象者に対してであり、スキルの発動者だけとは限定されていない。

 だから俺はここに来てまず、華に対して纏壁を発動した。

 俺自身に使ったのは、柳と会話をして60秒が経過した後だったというわけだ。


 本当は華を狙わせないほどにまで圧倒できればよかったのだが、柳は最後まで自分が生き残るための策を打ち続けてきた。

 改めて、厄介な敵だった。


「ねえ、お兄ちゃん」

「ん?」


 そんなことを考えていると、華が呼び掛けてくる。



「お兄ちゃんって、本当は凄く強かったんだね」

「……隠してて悪かった」

「ううん、謝らなくて大丈夫だよ。私もこんな目にあったからもう分かるもん。そうするだけの理由が何かあったんでしょ?」

「……ああ。家に帰ったら、全部説明するから」

「うん」



 こうなった以上、華には全てを説明するべきだろう。

 俺がここまで歩んできた道のりを。



 だけど今だけは、華が無事であることを喜びたい。

 心から強く、そう思うのだった。

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