第101話 殺意を喰らう者

 縦横無尽、かつ神出鬼没しんしゅつきぼつに、凛は自身が持つ2本の短剣を振るっていく。

 

 対する柳は防戦一方――否、そう表現するのもはばかられる程の苦境だった。

 他に適切な言葉を探すなら、まさに蹂躙じゅうりんと言う他ないだろう。


 背中が、脇腹が、足が、肩が、凛の振るう短剣によって切り刻まれていく。

 丁寧に、慎重に、柳の体力を少しずつ削っていくかのごとく。


 その最中、柳は思わず悪態をつく。



「ノータイムでの連続転移! 速度という概念を超越した神速の剣撃! それがお前の隠していた力か、天音 凛!」



 使い方次第では、全てのスキルの中で頂点に至る可能性さえある異常な能力だ。

 そんな力を前にしては、柳が唯一上回っていた速度などほとんど意味をなさない。


 凛の猛攻に対して柳にできることはただ1つ。

 索敵を常時発動することで凛の出現位置を把握し、転移後から攻撃までのコンマ一秒にも満たない間で、かろうじて致命傷を避けることのみ。

 だが、致命傷を避けたとしても、一撃一撃が的確に柳の体力を削っていく。


 残存HPは既に5割を切ろうとしている。

 そしてそれは、片翼の飛翔による最大HPの減少を遥かに上回る勢いだった。


(このままでは為すすべなくやられる! どこかのタイミングで反撃に出るしか、この状況を覆す方法はない……だが!)


 凛の左手に握られる、黄色に輝く短剣が視界に映る。


(その際には敵からの反撃も考慮しなければならない。短剣による攻撃だけならばともかく、魔法による攻撃まで選択肢に含まれれば対応することは不可能だろう。せめて、奴の手札から魔法だけでも消すことができれば……!)


 必死に頭を回転させ、打開策を考える柳。

 その直後のことだった。



「しまっ……!」

「――――!」



 柳は地面の出っ張りに足を取られ、急激に速度を落とした。

 このレベルの戦いにおいて、そのような僅かなミスでさえ命取りになる。

 そして、それを逃す凛ではなかった。


 両手に短剣を握り、トドメを刺すべく真正面から迫ってくる。

 もう、転移すら必要ないということだろう。

 それに対抗するべく、柳はその場で立ち止まり凛を迎え撃つ。

 

 しかし、その対応を見た凛は素早く行動を変えた。



「――解放リリース

「なっ!」



 短剣の攻撃に備える目的で立ち止まった柳に対して放たれるのは、魔法による広範囲攻撃だった。

 眩しい雷光が、柳の上半身めがけて空を駆ける。

 このタイミングでその攻撃を躱すのは不可能――そのはずだった。


 だがそんな絶望的な状況で、柳は小さく笑った。



「――――掛かったな!」

「ッ!?」



 柳は驚くほどの反応速度で身を屈め、紙一重で雷光を回避する。

 それもそのはず。地面の出っ張りに足を取られたのも、その後に立ち止まったのも、全ては凛から魔法攻撃を引き出すための罠だったのだ。


 これで凛に魔法攻撃はなくなった。

 その確信とともに、柳は高速で凛に迫る。


 通常ならば、それで攻撃を与えられるはずだった。



「――瞬間転移タイム・ゼロ



 だが、凛にはまだ奥の手が存在していた。

 瞬間転移によって、凛は柳の目の前から姿を消す。

 しかし柳が常時発動している索敵によって、凛が柳の後方に出現したことを素早く把握した。


「馬鹿の一つ覚えが!」


 それさえも柳が計算していた通りだった。

 ここまでの猛攻を耐えた経験から、凛が柳の死角に転移してくることは分かっていた。

 だから今、一瞬で反応することができたのだ。


 素早く体を反転させ、その勢いのまま短剣を振るう。

 これまで防御か回避しか選ばなかった柳からの反撃を、凛は予想していないはず!



 そんな考えのもとに振るわれた短剣は、無情にも空を斬った。



「――――は?」



 そして、柳は見た。

 ほんの2メートル先。

 短剣が届かない場所に立つ凛が、


解放リリース

「ぐぁ、うぁぁぁああああああああああ!!!」


 そして、眩い雷光が混乱の最中にいる柳に直撃した。

 体を焼き尽くすような熱と、強力な痺れが襲う。

 瞬く間のうちにHPが2割を切った。



 なんだ?

 なにが起きた?

 なぜ今、自分がこんな風にダメージを受けている?

 どうして凛は魔法攻撃を放つことができた?



(まさか――)


 柳の頭の中に浮かんだのは、突拍子もない答え。

 だだ、それ以外には考えられなかった。


(――転移で先回りすることによって、自分の放った魔法を再び吸収したとでも言うのか!?)


 魔法を奪う剣と、転移魔法。

 常軌を逸したこの2つの力を同時に有しているからこそ実現可能な、普通ならばありえない戦法。

 それを凛はいとも容易く実行してみせたのだ。


(――この化物が!)


 身体能力も、武器も、スキルも。

 そして思考さえ、自分を遥かに凌駕している。

 ――そのことを、柳はここにきてようやく理解した。


 そんな柳のもとに、今後こそトドメを刺すべく凛が迫ってくる。

 それを真正面から迎え撃つ力は、もう柳には残っていない。


(認めよう、天音 凛。お前は確かに僕よりも強い――だが!)


 一つの決断とともに、柳は左手に持つ短剣を力強く投擲した。

 その短剣は凛のすぐ横を通り過ぎていく。


 しかし、それでよかった。

 なぜなら柳の狙いはその先にあったのだから。



「ッ!?」



 自分に襲い掛かってくる短剣を見た少女――天音 華が大きく目を見開く。


 その反応を見て、柳は小さく笑った。


(天音 凛、お前が僕より強いことは理解した。だが、これは試合ではなく実戦。生き残った者こそが勝者だ。悪いが勝利だけは僕がもらっていく!)


 こうなった以上、華の保有するユニークスキル技能模倣ストックは諦めることになっても――つまり、略奪者の対象に指定していない状態で殺すことになったとしても構わない。

 それよりも今は、凛を殺すことが最優先だ。


 もっとも、華が先に死ぬ可能性は著しく低いだろうが。


(お前が妹を見殺しにすることはないだろう! 転移を使って短剣から妹を守ろうとするはず! そのタイミングで全身全霊の一撃を浴びせる! お前を殺すのは、外ならぬお前自身の愚かな兄妹愛だ!)


 柳は地面を強く蹴り、華のもとに向かって駆けた。

 凛が出現したタイミングで攻撃を仕掛けられるように。


 しかし、その直後。

 柳は信じられないような光景を目にした。



「――――華!」

「うん!」



 凛の呼び掛けに応じるように、華が両腕を体の前にかざす。

 直後、キン! という甲高い音とともに、短剣はいとも容易く華の両腕に弾かれた。


「なんだと!?」


 柳は、その光景に見覚えがあった。


(まさかコイツと同じものを、妹も纏っていたというのか!?)


 柳の猛攻を受けても凛がダメージを負わなかった理由。

 それは凛の体が透明の壁によって守られていたからだ。

 まさかそれを妹も発動していたなど、予想できるはずがない!


 驚愕と動揺により、瞬間的に思考が停止する柳。

 その一瞬こそが、取り返しのつかない隙になった。



「――瞬間転移タイム・ゼロ



 そして、最期の瞬間が訪れる。



 ◇◆◇



 凛は瞬間転移を使用することによって、混乱によって動きを止めた柳の前に移動する。

 そして、真正面からその敵を見据えた。


「天音 凛……!」


 突如として眼前に現れた凛に対して、柳は驚愕の表情を浮かべながらも左手に握る短剣を振り下ろしてくる。

 しかし――



「お前は、選択を間違えた」

「なッ!?」



 ――それよりも早く、凛の振り上げた速剣そっけんが柳の左腕を切り裂いた。

 柳の左手から握力が失われ、短剣が空中を舞う。


 怒り、憎しみ、殺意。

 その全てを無理やり抑え込んだ冷徹な声で、凛は告げる。



「手を出してはいけない存在に、手を出した」



 脳裏に浮かぶのは華の笑顔。

 続けて凛は、左手に握る魔奪剣グリードを弓のように大きく引いた。

 その一連の動作に、凛は自分の中にある感情を全て溜め込み――



「お前だけは絶対に、許しはしない!」



 ――全てを、解き放った。



「――――!」


 柳がなんとかその一撃を防ごうとするが、もう遅い。


 音速を軽々と凌駕する神速の剣閃が瞬く。

 突き出された一振りの刃は空を裂き、そして――



 ――深く、深く、柳の心臓を貫いた。



「が、はっ!」


 凛が心臓から短剣を抜くと、柳は口から血反吐を吐き、ゆっくりとその場に崩れ落ちていく。

 地面に横たわる柳は、自身の敗北を理解したかのような表情を浮かべていた。


 凛はそんな柳を見下ろし、彼の心臓を貫いた魔奪剣グリードを強く握り締めながら静かに告げた。



「――俺の勝ちだ」



 かくして、柳と凛による死闘は、凛の勝利で幕を閉じるのだった。

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