第100話 ゼロ
凛は柳に攻撃を仕掛ける直前に、一瞬である判断を済ませた。
先ほど柳に斬りかかった時、
そこから、柳のレベルが10000~13000程度であると推測する。
ただ、柳が攻撃を回避できたことから分かるように、動き自体は本物だった。
両手に短剣を持っていることからも、柳がスピード型であると予測できる。
それらの点から、この状況においてはどうしても動作が大きくなる無名剣は適していないと判断した。
「
アイテムボックスを利用し、右手に持つ武器を無名剣から
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
【
・鍛冶スキルを用いて作成された短剣。
・装備推奨レベル:6000
・攻撃力+5000
・速度+3000
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
この戦いにおいて重要となるのは、恐らく攻撃力ではなく速度。
そのため凛はこの場において、
準備を終えた凛は、柳に対する猛攻を開始するのだった。
「――チィッ!」
対する柳は、凛によって振るわれる2本の短剣に対応するのに、全ての意識を奪われていた。
自身もまた二刀流で対抗するも、ほとんど防戦一方でしかない。
(速い、それに一撃一撃が重い! いったいなんなんだ、この男は!)
数回刃を交わした段階で、柳は凛が自分よりも優れた身体能力の持ち主だと見抜いていた。
だからこそ、さらなる疑問が浮かび上がる。
(ありえない、ありえない、ありえない! ほんの10日前までは5000レベル程度だったはずなのに! まさか身体能力を数倍に引き上げるユニークスキルでも保有しているのか!? でもなければ――本当にこの短期間で、レベルが倍以上になったとでも言うのか!?)
周囲に比べれば圧倒的なレベルアップ速度を誇る柳でさえ、とうてい信じることはできない。
そんなことが可能なはずがないと、頭と心が強く主張している。
だが当然、凛にその理由を聞く訳にはいかない。
いま分かっているのは、このままだと自分がなすすべなくやられてしまうという事実のみ。
何か。
何か別の手段が必要だ。
この状況を挽回するための手段が!
略奪者によって幾つもの優秀なスキルを奪ってきた柳には、それを可能とするだけの引き出しが存在する――はずだった。
しかし柳の視界の端に映るのは、凛の左手に握られた3色に輝く短剣。
「くそっ! その忌々しい短剣さえなければ!」
これまでに柳が奪ってきたスキルのうち、半数以上が魔法系のユニークスキルである。
それらは一手で戦況をひっくり返すほどの威力を誇るが、あの短剣がある限り通用しない。
それどころか、向こうの戦力になってしまう恐れすらある。
考えれば考えるほど、常識離れした異常な性能だ。
もしかしたら発動には制限があるのかもしれないが、それを確かめるだけの余裕も存在しない。
結局のところ、今この状況で柳ができるのは紙一重のタイミングで凛の攻撃を躱し、時には短剣で刃を受け止めることのみ。
唯一の救いとして、防御に専念すればかろうじて対応できる程度の能力差ではあった。
こちらが魔法を放たない限り、これ以上凛に魔法が奪われることもない。
隙を見つけて反撃を仕掛けることは可能なはずだ。
そう考える柳。
だが、薄氷の上に成り立つ均衡が、いつまでも続くことはなかった。
「――
「しまっ!」
凛の振るう刃に意識が割かれ過ぎていたのか、対応が遅れる。
魔奪剣から放たれた氷の槍が、柳の右足を貫いた。
「くっ!」
思わずその場に片膝をつく。
そんな柳の心臓に対し、凛は迷うことなく速剣を振るった。
(――――まだだ!)
だが、柳は諦めない。
回避は間に合わずとも、短剣での防御なら間に合うはず!
左手に握る短剣を胸の前にかざす。
なんとかギリギリのタイミングで、防御に成功する――
そう思った次の瞬間、
「賢者」
「――――は?」
そして訳の分からない呟きと共に、全力の殴打が柳の胸を直撃した。
「がはッ! かぁッ!」
凛の拳は軽々と柳の肋骨を粉砕し、その体を豪快に吹き飛ばした。
目にも留まらぬ速度で背中からダンジョンの壁に激突し、さらなる激痛が襲い掛かってくる。
火花が散る視界の片隅で、一気にHPが3割近く減少した。
(なんだ、今のは? 素手? 素手で殴られたのか? だとするなら異常な威力だ! いったいどうなっている!?)
左手で胸を押さえながら、必死に頭を回す。
だが、答えが出るよりも早く、凛は地を強く蹴りこちらに向かって走ってくる。
両手には、再び短剣が握られていた。
立ち上がり回避しようにも、体がうまく動かない。
(ここで終わり、なのか?)
このまま追撃をまともに浴びれば、そのまま柳は死ぬことになるだろう。
その現実に直面した時、柳の視界に映るものの流れが遅くなった。
それとは逆に、柳の思考は加速する。
(あんな奴に、僕は負けるのか?)
そんなことは、ありえない。
(僕はまた、奪われるのか?)
そんなことが許されていいはずがない。
(僕は……生き残るためならば僕は、全てを賭してでも!)
そして、覚悟は決まった。
「――
最後の手段を、今ここで投下すると。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
片翼の飛翔LV6:速度を+60%(1秒につき、最大HPが1%ずつ減少する)
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
プラス効果よりもマイナス効果の方が大きい、あまりにも割に合っていないユニークスキル。
誰もが獲得することのできる疾風の方が、この何倍も優秀だ。
これだけは使いたくないと思っていた。
最大HPの減少は、これから永遠に影響する。
だけど、ここで死んでしまっては全てが水の泡になる。
既に発動している疾風LV10でも凛に及ばないのであれば、こうするしか現状を打破する方法はない。
(だから僕は、全てを賭してでも――――)
「――――お前を殺す! 天音 凛!」
痛みに耐え、柳は全力で駆け出した。
「――――喰らえッ!」
「なッ!?」
片翼の飛翔を使用した柳は、凛の速度を遥かに凌駕していた。
その動きに、凛が対応することはできなかった。
(いける!)
柳の振るう短剣が、限界を超えた速さで凛の脇腹に迫る。
このタイミングでは、回避も防御も間に合わない。
柳が攻撃の成功を確信した、次の瞬間。
返ってきたのは、キン! という、刃が硬質な何かに弾かれる音だった。
「――なんだと!?」
それは、たとえ凛の体がどれだけ頑丈であったとしても、ありえないような甲高い音だった。
となると、答えは1つしか存在しない。
天音 凛の体を取り囲むようにして、目に見えない壁が存在しているのだ。
渾身の一撃が弾かれたという絶望的な状況。
だが、覚悟を決めた柳が迷うことなかった。
「驚いたぞ、天音 凛。魔法だけではなく、物理攻撃に対する防御手段すら備えているとはな。いつまでそれが持つか、試させてもらう!」
「――――!」
最大HPが0になるまでという制限時間のある柳は、止まることなく猛攻を仕掛ける。
凛の周囲を縦横無尽に駆け巡りながら、二振りの短剣で斬りかかり続けた。
先ほどまでとは一変。
ひたすらに柳が攻め、凛が守るといった状況が生まれていた。
ただ1つ違う点は、凛の防御が間に合っていないということだ。
かろうじて柳の動き自体は見えているようだが、動きが追い付いていない。
回避も防御もできない凛に、柳は一方的に剣撃を浴びせていた。
そしてとうとう、その瞬間が訪れる。
柳の渾身の一撃が凛の背中に直撃した時、ピシリと何かがひび割れるような音が響いた。
「やはり限界はあったようだな! 次の一撃で、確実に砕いてみせる!」
柳の言葉に対して、凛は小さく口を開いた。
「――
「ッ!」
魔奪剣から放たれる、炎の放射をギリギリで回避することに成功する。
攻撃を中断させられたのは面倒だが、これで凛が扱える魔法は残り1つ。
考慮しなければならない事柄が減ってくれた。
ならば、後はトドメをさすのみ!
柳は地面を力強く蹴り、過去最速の動きで凛に迫る。
「これで終わりだ、天音 凛!」
凛は自分に迫る柳に視線を向けたまま、動こうとはしなかった。
自分の敗北を悟り、抵抗する気がなくなったのだろうか?
もしくはそう見せかけて、柳の油断を誘っている可能性がある。
(油断などしてやるものか。お前の実力が本物だということは僕にも分かっている。だからこそ僕の全力をもって、お前の息の根を止める!)
さらに加速する柳。
だが、ふとここで彼は違和感を覚えた。
(――――なんだ?)
柳の視界に映ったのは、凛の目だった。
自分の死が迫ったこの状況において、彼の目には一切の恐れも存在せず、ただ前を見据えていた。
(いや、気のせいだ。僕の勝ちは決まった! この一撃で終わりだ!)
柳は短剣を大きく振りかぶる。
例えステータスが倍になったとしても、ここから凛の回避が間に合うことはないだろう。
そう確信する柳。
だが、彼は知らなかった。
――――天音 凛の本質を。
柳に唯一の誤算があったとするならば。
それはきっと、凛の保有するユニークスキルの正体を知らなかったこと。
そして、
(ダンジョン内転移LV20――)
最後に小さく、凛は告げた。
「――――
そして、蹂躙が始まった。
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