第99話 奪うモノ
天音 凛は、討伐推奨レベル8000に近いトレントをたった一撃で討伐してみせた。
それを見て、華と柳は驚愕に目を見開いた。
(今の、本当にお兄ちゃんがやったの? でも、どうやって?)
以前のダンジョン実習時、凛が200レベル程度だったことを覚えている。
そのレベルでトレントを討伐することなど、本当に可能なのだろうか?
(――いや、違う!)
そこでふと、華は思い出した。
あの時、凛は華の技能模倣を周囲に隠すために、隠蔽のスキルを貸してくれた。
何故そのようなスキルを持っているのか気になったため聞くも、凛が答えてくれることはなかった。
けれど、この光景を前にした今、推測することは可能だ。
きっと凛は、自分の本当の実力を隠したかったのだろう。
そのために隠蔽を使用していたのだ。
しかし、そもそもどうして実力を隠す必要があったのか。
そんな疑問を抱く華の前で、柳は盛大に笑った。
「ははっ、ははは、ははははは!」
目の前で自分の使役する魔物が倒されたにもかかわらず、柳は歓喜に打ち震えていた。
柳は笑顔を浮かべながら、凛に向かって口を開く。
「驚いたぞ、天音 凛。まさかトレントをたった一撃で倒すとはな……たかだか5000レベル程度のお前が」
凛は眉をひそめた。
「5000レベルだと?」
「自分の本当のレベルがバレていることに驚いたのか? 僕のユニークスキル略奪者には、触れた相手のレベルを知ることができるという効果がある。覚えはあるだろう?」
「……あの時の握手か」
「そうだ。その時から僕はお前がわざと自分の力を隠していることに気付いていた。そうする理由など1つしか存在しない……お前も僕と同じ、他人に言えないようなスキルを持っているのだろう?」
「…………」
口を閉ざす凛。
だが、今この場におけるその反応は肯定と同義だった。
「それを知った時から、僕はお前のスキルも奪うと決めていた! 今日いないと知った時は残念に思ったが、まさか自分からやってきてくれるとは! お前と妹のスキルを同時に奪えるなど、やはり僕は運がいい!」
ひとしきり笑った後、柳は続ける。
「とはいえ、妹を殺そうにも邪魔されると厄介だ。お前から先に片付けることにしよう」
「――――っ」
柳がそう告げた直後、華の頭の中にシステム音が響く。
『略奪者の対象から外されようとしています。同意しますか?』
「――これは!」
「聞こえたか? 悪いが、同時に1人までしか略奪者の対象にできなくてな。お前から天音 凛に移し替える。早く同意しろ」
「っ! そんなことするはずが――」
凛を先に殺すと決めた柳は、凛からもスキルを奪えるように対象を変えたいのだろう。
しかし華がここで同意してしまえば、柳が凛を殺すための状況が整ってしまうことになる。
そう考え拒絶しようとした華だったが、凛は言った。
「同意してくれ、華」
「……え? だけどそれじゃ、お兄ちゃんが――」
「大丈夫だ。俺を信じろ」
自信に満ちた凛の声。
どうやら何か考えがあるようだった。
それを信じて、華は頷く。
「……分かった。同意する」
そう呟くと、対象から外されたことを伝えるシステム音が鳴り響く。
そして――
「……なるほどな、こういった感じか」
――続けて、凛に対して略奪者が発動された。
システム音の内容を聞いた凛は小さく頷いた。
(これでかなり戦いやすくなったな)
柳は、本気で凛と華のスキルを奪おうとしているはずだ。
だとするなら、華を略奪者の対象に選んでいないこの状況で彼女が殺されることはないはず。
人質に取られる恐れなどは残っているが、考慮しなければならない事項はこれでかなり減った。
後は柳をこの手で倒すだけ。
そう考えて一歩を踏み出そうとする凛に向けて、柳は笑った。
「ああ、愚かな家族愛だ。妹を置いて逃げだせば、自分だけは助かる可能性があったかもしれないというのに。お前は本当に、僕に勝てると思っているのか?」
「…………」
「弱り切ったトレントを倒せただけで図に乗っているようだから教えてやる。お前が僕に勝つことなど不可能だということを」
「――――!」
直後、柳の周囲を取り囲むように、7体の巨大な魔物が同時に出現する。
鑑定を使用してみると、オークキング、サラマンダー、キングアイスウルフなど、討伐推奨レベルが10000を超える魔物がずらりと並んでいた。
「……これはいったい」
「さっきのトレントと同じだ。僕が略奪者で奪ったスキル
その言葉を聞き、凛はとある疑問を抱いた。
「以前に聞いたお前のレベルを考えれば、矛盾しているように思うが」
「分かり切ったことを訊くんだな。お前と同じに決まっているだろう?」
「……隠蔽か」
柳は唇の端を上げた。
「その通りだ。僕の本当のレベルは10000を超えている。それに加えて、これまでに略奪者で奪ってきた強力なスキルを幾つも保有している。僕の実力は同レベル帯の冒険者とは比較にならない! そんな僕に、お前が勝てる道理など存在しない!」
叫び、柳は片手を上げる。
するとその上に、巨大な雷が生じる。
それに応じるように、他の魔物たちも動き出す。
接近戦を得意とする魔物はすぐに動けるような構えを、魔法攻撃を使用できる魔物はその準備を。
共通しているのは、全ての敵の狙いが凛に向いているということ。
勝ちを確信したかのように、柳は叫ぶ。
「今度は確実にお前を殺すつもりでいく。どのような防御手段を持っているのかは知らないが、さっきのように耐えきれると思うなよ! 死ね、
柳の合図と同時に、敵が一斉に動き出す。
まず初めに放たれたのは魔法攻撃だった。
大地を焦がす雷光が。
鉄をも溶かす炎の放射が。
凍えるような氷の槍が。
その全てが、凛を殺すためだけに放たれる。
背後には華がいるため回避することは許されない。
そして仮に回避ができたとしても、その先に待ち受けるのはオークキングを含めた接近戦を得意とする超強力な魔物たち。
勝ち目も、逃げ道もない絶望的な状況の中。
一切の恐れもなく、凛は告げた。
「来い――――
右手には輝きを纏う白銀の長剣が。
左手には深紅に染まる短剣が出現する。
そして――
散歩に出かけるかのごとく、軽い足取りで。
凛はその絶望の中に、身を投じた。
(これで終わりだ、天音 凛!)
たった一撃で10000レベルの冒険者すら殺し得る魔法たちが、同時に凛を襲う。
それを見て、柳は勝利を確信した。
あの一斉攻撃に耐えることなど、柳自身ですら不可能だ。
――そう思っていたからこそ、全ての魔法が一瞬で消滅するという、現実離れした光景を前に思考が停止した。
「――――なんだと!?」
消滅した魔法の中から姿を現したのは、外ならぬ凛その人だった。
体はおろか、服にすら汚れ一つ見当たらない。
ありえない。
あの一斉攻撃を浴びて、そんなことがありえるはずがない!
だが、動揺していられる時間はなかった。
凛はそのまま、柳に向かって全速力で駆けてくる。
「――ッ、まだだ! ソイツを止めろ!」
なんとか冷静さを取り戻し、魔物たちに指示を出す。
魔法に対する何らかの防御手段を保有していることは理解した。
それこそが、凛が保有する特別なスキルである可能性が高い。
ならば、物理攻撃はどうだ?
今ここいる魔物たちの中でなら、特にオークキングの身体能力が飛びぬけている。
「やれ、オークキング!」
「グルァァァアアアアアアアアアア!」
オークキングは巨大な鉄斧を、凛に向かって勢いよく振り下ろす。
あれを防ぐことなど不可能なはずだ!
そう確信する柳。
だが、現実は非情だった。
「遅い」
「――――なっ!」
凛の速度が急激に上昇し、刃が振るわれた跡だけが空中に残る。
その直後、体を上下に両断されたオークキングがその場に崩れ落ちた。
驚愕する柳の前で、凛の猛攻は止まらない。
瞬く間のうちに、白銀の剣によって討伐推奨レベル10000を超える魔物たちが
「なんだ、なんなんだお前は!」
その問いかけに対する返答など、当然存在しない。
そして、凛の矛先はとうとう柳を向いた。
「――――」
「くっ!」
振り下ろされる刃を、後ろに飛び退くことによって紙一重のタイミングで回避する。
スピードに秀でた柳ならば、ギリギリでかわすことが可能な速度だった。
だが、ここで安堵するわけにはいかない。
普通なら、ここから凛の追撃が襲い掛かってくるはずだからだ!
そう思い身構える柳。
しかし、凛が柳との距離を詰めることはなかった。
その代わりに凛は、左手に持つ
濃い赤色、薄い赤色、水色、黄色が刃の内側で輝いていた。
そして、凛は告げた。
「――――
次の瞬間、短剣から放たれたのは巨大な炎の塊だった。
それは奇しくも、
「くっ――――!」
想定外の攻撃に回避は完全には間に合わず、微かに触れた左肩に火傷が生じる。
柳は右手でその箇所を押さえながら、目の前にいる凛を見据えた。
その手に握られている短剣から濃い赤色が消えているのを確認し、ようやく柳は理解した。
「そうか! お前、それは――」
ここまでの情報が揃えば、答えを導くのは容易い。
凛が魔法攻撃を浴びて一切傷付いていないのも、短剣から放たれた炎魔法も、それで全て説明がつく。
天音 華の技能模倣が他人からスキルをコピーし、
天音 凛は、
奴の持つその短剣は、自分を殺し得る魔法を奪う。
すなわち――
「――――強奪の
凛がその問いに答えることはない。
流れるような動きで3色に輝く短剣を構えると、柳を見据え、小さく呟いた。
「いくぞ、
相対するは、
かくして、柳と凛による死闘が幕を開けた。
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【
・隔絶の魔塔を制覇した者に与えられる報酬。
・装備推奨レベル:13000
・攻撃力+60%
・刃に触れた魔法を、魔法発動時と同量のMPを消費することで吸収することができる。吸収した魔法を発動することも可能。その際にMPは消費しない。
・保管可能数:最大で7種類。
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