第97話 残酷

 この場に取り残された、華と柳。

 相対するは、6000レベルを超える片桐の魔法ですら倒せなかった強力な魔物トレント。


 そんな絶望的な状況の中で柳が発したのは、信じられないような言葉だった。



技能模倣ストックの力を借りたい……ですか?」



 正直、何を言っているのか意味が分からなかった。

 華が保有するユニークスキル技能模倣は、現時点では他人からLV1以下のスキルをコピーするものでしかない。

 それに加えて、威力自体は華のステータスによって決まるのだ。

 どれだけ強力なスキルを借りたとしても、役に立つことは難しいだろう。


 そして、それ以上に理解できないことがある。

 どうして柳が、これまで隠していたはずの技能模倣の存在を知っているのか、という点だ。


 華の戸惑いが伝わったのだろうか、柳は申し訳なさそうな表情を浮かべた。



「すみません、実は先日のダンジョン実習の際、参加者に万が一のことが起こらないように感覚強化のスキルを使用して行動を把握していたんです。その際に天音さんがユニークスキルを獲得するのを聞いてしまい……その後、隠蔽のスキルを使用したのも知っていました。ただ、悪事に使うような様子ではなかったことと、盗聴のような形になってしまったことについてはこちらに非があるため、あの場では見過ごすことにしたんです」

「――――っ」



 盗聴されていたと聞き、正直気分は良くなかった。

 ただ、力のない自分たちの安全を考慮したこと。それから獲得したステータスを正確に報告することが義務とされているならば、そう強く責めることもできない。

 ステータスについて嘘をついた自分たちの方が卑怯だと言われても、否定することは難しいだろう。


 どちらにせよ、その件についての是非は後回しだ。

 もう一つの疑問を解消する必要がある。



「柳さんが私のスキルについて知っているのは分かりました。ですが、技能模倣では借りた人の威力まで再現することはできないんです。力になることはできないと思います」

「やはりそうだったのですね。ですが問題はありません」

「えっ?」

「詳しい説明は後です。ひとまず、私からスキル【破弾はだん】をコピーしてもらえませんか?」

「は、はい!」



 どうやら柳にはその問題を解決するための策があるらしい。

 疑問を抱きながらも、言われた通りに柳の手に触れる。


「――技能模倣ストック


 すると、頭の中にスキルの情報が入ってくる。


 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


 破弾LV1:消滅の力を有した魔力の塊を放出する。威力は消費MP率によって決まる。


 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


「消費MP率?」


 始めて見る単語に首を傾げていると、柳が告げる。


「このスキルは使用者のステータスに関係なく威力が決まる特殊なスキルなんです。使用者の総MP量のうち、何パーセントを消費したかで威力が確定します」


 華はふと、以前に凛が言っていたことを思い出した。

 スキルの中には、ステータス関係なくスキルレベルでダメージ固定のものが存在すると。

 この破弾もまた、それと同種のスキルなのだろう。



「僕が隙を作るので、天音さんは全MPを消費して破弾を発動してください。戦った感覚的に、あのトレントのレベルは8000前後。100%の威力なら、この魔物を倒すのも不可能ではないはずです」

「でも、それなら柳さんが自分で発動した方がいいんじゃ」

「残念ですが、トレントの攻撃を食い止めるのに、既にMPを2割以上消費しているんです。今の僕が使うよりも、華さんが使用した方が威力は高いはずです」

「…………!」



 華は今日ここまで剣でしか戦っていないので、たしかにMPは全く消費していない。

 柳の言う通り、攻撃は華が担当するのが正しいと思った。


 だけど、本当に自分にその大役が務められるだろうか?

 いや、できなければ死ぬのは自分たちだ。


 ――やるしかない!


「分かりました。やってみます」

「ありがとうございます。そろそろトレントも動き出しそうです。僕が指示を出すまで待機していてください!」


 まるで柳から華への説明が終わるタイミングを見計らっていたかのように、トレントは再び猛攻を仕掛けてきた。

 硬質な枝やツタが、勢いよく2人を襲う。


「はぁあああ!」


 柳は両手に短剣を持ち、凄まじい速度でその攻撃を弾いていく。

 回避に徹していた先ほどまでと違い、かなり大変そうだった。

 きっと、華に攻撃が届かないようにしてくれているのだろう。


(やるんだ、私が)


 スキルをコピーすると、自然と使い方が頭の中に入ってくる。

 華は両手をトレントに向けたまま、集中力を高めていた。


 そして、とうとうその瞬間がやってくる。


 トレントの体から数十本の枝やツタが伸び、柳に襲い掛かる。

 柳が素早い動きでかわすと、枝やツタは地面を貫いた。

 トレントはそれらを抜こうとして、一瞬だけ動きを止めた。



「天音さん、今です!」

「――破弾!」



 両手から放たれる、禍々しい漆黒の魔力が一直線にトレントに向かう。


「――――!」


 トレントはその攻撃を躱すことができなかった。

 漆黒の魔力が触れた箇所が、ごっそりと消滅する。

 そしてそのまま、体は地面に崩れ落ちていった。


 すると、頭の中にシステム音が鳴り響く。



『経験値獲得 レベルが452アップしました』



「……倒、せたの?」


 レベルが上がったということはそういうことなのだろう。 

 ただ、あまりにも呆気なくトレントが死んだことに加え、倒した力が借り物であったため、自分が倒したと実感することができなかった。


(そうだ、柳さんは――)


 華は柳の姿を探した。

 彼が喜んでいれば、自分も勝利を実感できると思ったからだ。


 辺りを見渡すと、すぐに柳を見つけることができた。

 彼はトレントの死体を眺めながら、笑みを浮かべていた。


 華はその姿を見て、ほっと胸を撫でおろす。


「やりましたね、柳さ……」

「――本物だ。わざわざ苦労して、場を整えた甲斐がある」

「……柳さん?」


 柳の笑みから狂気のようなものを感じた華は、恐る恐る彼の名を呼びかけた。

 すると、柳ははっと意識を取り戻したように柔らかい笑みを取り戻す。


「はい、天音さん。僕のことを呼びましたか?」

「い、いえ、その、無事に倒せてよかったですね」

「はい。これも全て天音さんのおかげです」


 受け答えも、これまでとそう変わらない。


(……気のせい、だったのかな?)


 そう判断する華。

 柳は笑みを浮かべたまま、コツコツと華に近付いてくる。



 違和感。



 そして、柳がすぐ目の前にまで迫ろうとしたその時だった。


「……2人とも、無事か!?」


 華と柳ではない声が、この場に広がる。

 そちらに顔を向けると、そこには片桐の姿があった。


 柳はいったん華から視線を外し、片桐を見る。

 その表情からは一瞬、笑みが消えたように見えた。



 違和感。



「片桐さん、戻ってこられたんですね。他の皆さんはどうしたんですか?」

「地上で待機してもらっている。しかし、そこで数が1人足りないことに気付いて、慌てて戻ってきたんだ」


 その1人とは、華のことだろう。

 地上に出てから、ようやく置き去りにしたことに気付いたらしい。



「しかし、どうやら柳が保護してくれていたみたいだな。助かった。それにしても、そこにトレントの死体があるがどうやって倒したんだ? 私の魔法では傷一つ付けられなかったというのに」

「天音さんの協力を借りて、なんとか倒せたんですよ」

「なに? 彼女はまだ冒険者資格も持っていない新米だろう。とても力になれるとは思えないが」

「そんなことはありませんよ。彼女はとても優秀なユニークスキルを持っていますからね」



(……えっ?)


 あまりにも自然に、柳は華の秘密を暴露した。

 混乱する華の傍らで、2人の会話は続く。


「ユニークスキルだと!? し、しかし前回、そのような報告はなかったはずだが」

「わざと隠していたみたいですね」

「なんだと!?」


 柳の言葉に、片桐は大げさに驚いていた。

 だけど、そうしたいのは華の方だ。


 そんな約束をしたわけでもないのに、なぜか華は、柳がそのことについて黙ってくれると思い込んでいた。


「や、柳さん! 今のは……」

「あ、申し訳ないです。せめて天音さんの了解を取ってから片桐さんにお伝えするべきでしたね。ついいいかなって思っちゃいました」

「ついって……」


 柳は恥ずかしそうに頭の後ろをかきながら、華にそう告げる。


「ええ、ついです。だって――」


 そして、彼は。

 虫も殺さぬような笑顔を浮かべたまま。

 たわいのない会話をするかのような流れで、告げた。




「――この人には、今ここで死んでもらいますから」




 そして、柳が振るった短剣の切っ先が、片桐の胸を深く貫いた。


「……は?」

「……え?」

 

 胸を刺された片桐と、それを眺める華が同時に声を漏らす。

 今、いったい、目の前で、何が起こって――



「や、柳、お前、何をして――」

「おっと、忘れていました。片桐さんの持っているスキルの中で一番強力なのって上級魔法でしたよね? あまり気は乗らないけど、せっかくなので頂いておきますね」

「なん、だと……? っ、なん、だ、これは! 略奪者の、対象に、選ばれ――」



 それ以上、片桐が言葉を紡ぐことはなかった。

 目から生気が失われ、その場に崩れ落ちていく。


 今、目の前で。

 いとも呆気なく、人が死んだ。


(嘘、嘘だ……こんなの、嘘に決まって――)


 華は、目の前で起きたことが現実だと信じることができなかった。


 そして、この異常な状況を生み出した張本人は、呆れたようにため息を吐く。



「はあ、せっかく引き離したんだから、地上で素直に待機していればいいものを。だったら死ぬことはなかったのに、馬鹿な男だ。仕方ない、魔物に殺されて殉職とでも処理しておくとするか――おっと、本命を忘れていた」



 柳は視線を華に向ける。

 それだけで華は金縛りにあったかのように動けなくなった。


 そんな華に向けて、柳は言った。



「そういうわけで、お前にも今から死んでもらう」


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