第94話 ダンジョン内演習

「なんとか、無事に終わることができたか」


 転移魔法によって隔絶の魔塔の外に戻ってきた俺は、安堵と不満が入り混じった声でそう呟いた。

 調査に来ている人に気付かれると面倒なことになるので、隠密を使用してその場から離れる。


 その途中でふと、ダンジョン内転移を使用すればもう一度隔絶の魔塔に入れるのかと疑問を抱いたが、またクエストが始まったりしたら厄介なので今回は止めておくことにする。


 そんなことよりも、だ。


 アイテムボックスからスマホを取り出した俺は、華からメッセージがきていることに気付いた。



「しまったな。途中から日にちの感覚がなくなってたけど、今日がダンジョン内演習の日だったのか。いつまで経っても帰ってこないから先に行くって書いてあるけど……場所は前回と同じ住福すみふくダンジョンか。かなり近いし、一応俺も向かってみるか」


 

 先に風呂なんかに浸かってゆっくりしたい気持ちもあるけどな。

 一応、攻略途中に清浄魔法を取得してこまめに使っていたため、体や服の汚れについては問題ないはずだ。

 もしこれでくさいとか言われたらお兄ちゃんは死んでしまうよ。


「まあいいや、さっそく行くとするか」


 そんなわけで、俺は住福ダンジョンに向かうのだった。



 歩くこと数十分、住福ダンジョンに辿り着いた俺は、違和感を覚えた。


 入り口前にいる人の数がやけに多い。 

 というか彼らには見覚えがあった。前回、華とダンジョン実習を受けた時にいた学生と同行人の方々だ。


 さらに不思議なのが、その全員が恐怖や焦燥に襲われているかのような表情を浮かべていること。

 そして――


「華はどこだ?」


 その中に、華の姿が見当たらないことに気付いた。

 普通なら、彼らと一緒にいるはずなのに。


 俺は近くにいた、比較的落ち着いている男を捕まえて尋ねた。


「すみません、何かあったんですか?」

「え? は、はい、実は――――」


 続く言葉を聞いた俺の心臓が、ドクンと高鳴った。



 ◇◆◇



 数時間前。



「ぜんっぜん帰ってこない!」


 凛が家を出てから数日がたったある日の朝、華は突然リビングで叫び声を上げた。

 そして、むぅと頬を膨らませた。


 こんなリアクションを取ってしまうのも仕方ないだろう。

 なんせ、今日はダンジョン内演習がある日なのだから。


「間に合わないかもしれないとは言ってたけど、まさか本当に帰ってこないだなんて。ここ数日連絡もないし、まったく困ったお兄ちゃんだね」


 と、そんなことを呟いている間に、出発の時間が迫っていた。

 華は急いで準備を終え、そのまま家を出る。


「一応メッセージだけは送ってっと。帰ってきたら、お兄ちゃんには文句を言おう、そうしよう」


 そして、華は今日の集合場所である住福すみふくダンジョンに向かうのだった。



 住福ダンジョンに到着すると、前回の約半数の人数が集まっていた。

 前回、ステータス獲得に失敗した者がいなくなったためだろう。

 ちなみに、ほとんどの人が同行者と一緒に来ていた。


 ふと、華は先ほどから視界に移り込む、あまりにも目立つ塔に視線を向けた。


「あれも、一応はダンジョンなんだよね」



 数日前、突如として出現した巨大な塔。

 ここ住福ダンジョンからは、徒歩で行けるくらいに近い。

 専門家によるとあれもダンジョンではないかと言われているが、入るためのゲートが見当たらず、調査はほとんど進んでいないとのことだった。

 塔のてっぺんは雲の上にまで伸びているため、目視することができない。



「ま、あっちのことより、まずは自分のことだよね。今日は魔物を倒すことになるんだし、精いっぱい頑張らないと」


 新たに気合を入れる華。

 そんな彼女に近付く1つの影があった。


「おはようございます、天音さん」

「あっ! えーっと」


 前回にもいた、冒険者協会の方だった。

 なんとか記憶の片隅から名前を絞り出す。


(――思い出した!)


「たしか柳さんでしたよね、お久しぶりです」

「はい、本日もよろしくお願いいたしますね。ところで今日はお一人なんですか?」


 凛が付き添ってはいないかと聞きたいのだろう。

 華は苦笑しながら頷いた。


「はい。実は兄が数日間家を空けていて……でも、事前に色々と教えてもらったりしたので、一人でも大丈夫ですよ!」

「そうですか……それは残念ですね」

「? は、はい」


 少し会話の流れに違和感を覚えたが、凛がいないことを意味しているのだと判断し、華は再び頷く。


 そんな会話をしていると、こちらもまた前回同様、冒険者協会の片桐がこの場にいる者たちに向けて告げる。


「それではこれからダンジョン内演習を行います。前回より深い階層に行くので魔物が少し強力になりますが、私たちがついているので心配いりません。焦らずに行動してください」


 そして、片桐を先頭に次々とゲートの中に入っていく。

 当然、華も遅れないように急ぎ足で皆を追う。



「ええ、残念ですよ……本当に」



 だからだろう。

 後ろで小さく呟かれたその言葉が、華の耳に届くことはなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る