第92話 第十階層 『纏雷の王』 後

 その後の戦闘の様子を、はたしてどのように表現すればいいのだろうか。

 ただただ俺は、どうしようもなく纏雷獣に圧倒されていた。


「ガルゥ!」

「チッ!」


 この化物を前には、回避に徹することさえ困難だ。

 既に纏雷獣のスピードは俺を大きく上回り、一撃一撃が必殺になり得る威力を秘めていた。


 直撃こそなんとか免れるものの、体にかするだけで物理的な痛みと、敵が纏う雷の衝撃が同時に襲い掛かってきて、HPが1000近く減ってしまう。

 このままだと、ただ蹂躙されるのみだ。


 反撃を試みようにも、常に纏雷獣が縦横無尽かつ高速で動くためその隙が無い。



 ならばいっそのこそ、ダンジョン内転移を発動して懐にでも潜り込むか?

 いや、無理だ。ダンジョン内転移を発動するためには最低でも1秒が必要。

 このレベルの戦いで、そんな時間が稼げるわけがない。



 結局、その後も俺は回避に徹することしかできなかった。



 さらに、問題は守りだけではなかった。


「――ここだ!」


 愚直に回避を続けていると、ようやく僅かな隙を見つけることができた。

 俺は片手で無名剣を握り、纏雷獣の前足に斬りかかる。


 しかし、無情にも刃は防壁に軽々と弾かれる――だけではなかった。


「なっ!」


 刃が防壁に触れた瞬間、あろうことか敵が纏う雷が無名剣を伝って俺を襲ってきた。

 激しい衝撃と燃えるような熱さに、一瞬視界が点滅する。

 それと同時にHPが3000も減る。


 纏雷獣の攻撃はそこで終わらなかった。

 雷を浴びて動きを止めた俺に向かって、追撃を仕掛けてくる。

 ――俺はそれをかわすことができなかった。


「がはっ……!」


 纏雷獣の重量感ある蹴りを喰らった俺は、勢いよく後方に吹き飛ばされた。

 受け身を取ることすらできない。

 何度も地面に跳ね返った末、その場にはいつくばるようにして動きが止まる。


 HPが14345/78380と表示されているのが、視界の端に映る。

 今の一撃で、半分以上削られた。

 もう一撃浴びれば、待っているのは間違いなく死。


 そして今、それをもたらすべく、纏雷獣が俺に向かって全力で駆けてくる。


「く、そっ……!」


 何本もの骨が砕け、血塗れになった体に活を入れて起き上がり、回避を試みる。

 ――が、その段階で俺は悟ってしまった。

 今の状況と纏雷獣のスピードを考えたら、回避がギリギリで間に合わないだろうことを。


 ……だからどうした? 諦めるのか?

 ――ふざけるな!



「こんなところで、終わってたまるかぁあああ!」



 最後の力を振り絞り、無駄だと分かっていながらその場から飛び退いた。


 直後、纏雷獣による踏みつけ攻撃によって、激しい轟音とともに、地面に巨大なクレーターが生じる。

 下にあるものは跡形もなく潰されてしまったことだろう。


 そして俺は、その光景を離れた場所から眺めていた。


「…………え?」


 回避が間に合ったという事実に、俺自身が一番驚愕していた。

 本来ならば、今ごろ纏雷獣の下敷きになっていたはず。

 なぜ逃げ切れたんだ……?


 と、ここで俺はとあるスキルの存在を思い出した。


「そうか! 起死回生だ!」


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 起死回生LV1:

 HPが30%以下の時、攻撃力、速度、知性の各項目を+20%。

 HPが20%以下の時、攻撃力、速度、知性の各項目を+50%。

 HPが10%以下の時、攻撃力、速度、知性の各項目を+100%。


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 現在、俺のHPは14345/78380と、20%を切っている。

 そのためこのスキルの効果が発動し、速度が50%上昇した結果、回避が間に合ったのだ。


「ったく、できるだけ使わない方がいいスキルだって言ったばかりなのに、さっそくこれかよ」


 なんにせよ、これで一命を取り留めることができた。

 俺に攻撃をかわされるとは微塵も思っていなかったらしい纏雷獣が、静かにこちらの様子を窺ってくる。

 この間に、現状を打破するための対策を練らなければならない。


 いっそのこと、起死回生の効果に頼って攻撃を仕掛けてみるか?

 攻撃力、速度ともに50%上昇している今なら、纏雷獣とも対等に渡り合えるかもしれない。


「いや、そうじゃない」


 だけど、俺は首を横に振った。



 渾身の一撃で敵を倒せるような状況ならば、その方法を選択するのもよかったかもしれない。

 しかし纏雷獣は防壁を纏っているため、少なくとも数回は攻撃を浴びせなければ本体にダメージを与えることすらできない。

 それに加えて、こちらが攻撃を加えるごとに雷の反撃が襲ってくるのだ。

 残るHPが瞬く間のうちに、0になってしまうことだろう。



「もったいないが仕方ない、四の五の言ってられる状況じゃないからな」


 アイテムボックスから完全回復薬フルポーションを取り出し、一気に飲み干す。

 すると瞬く間の内に怪我が癒え、HPとMPが全回復した。


 問題はここからだ。

 俺が纏雷獣に勝つための打開策を考える必要がある。



「どうすればいい?」



 敵は全ての能力値が俺を大きく上回り、攻撃を仕掛けようにも防壁と纏雷によって守られている。

 対して、纏雷獣の巨躯きょくから繰り出される攻撃は、易々と俺の命を奪うだろう。


 捕食者と獲物。

 そんな関係が脳裏をよぎった。


 どれだけの策を練ろうと、何一つ通用する気がしない。

 今の俺が持っている武器では、纏雷獣の守りを突破し、獣皮を傷付けることさえ不可能で――




「――――ある。1つだけ」




 ――その時、俺の頭の中に一つの策が思い浮かんだ。

 あまりに突拍子もない、現実離れした方法だ。


「本当にそんなことが可能なのか?」


 理性がその発想を否定しようとする。

 だけど俺の本能は、現状を覆すにはその方法しかないと強く叫んでいた。


「グルゥゥゥ」

「っ!」


 だが、いつまでもそうやって考えている時間はなかった。

 纏雷獣は俺を警戒しながらも、ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。

 今度は絶対に逃がすことなく、トドメを刺すと告げるように。


 ここで俺は、覚悟を決めた。


「俺は、逃げない」


 己自身にそう告げて、体勢を低くする。

 勝負は一瞬だ。


「限界を――超える!」


 そして、力強い一歩とともに駆け出した。



「グォォォオオオオオ!」


 対する纏雷獣も、俺に呼応するように加速する。

 俺が振り上げた無名剣と、纏雷獣が振り上げた爪が真正面から衝突する――その刹那!


「ここだ!」


 俺は無名剣を振り下ろすことなく、紙一重のタイミングで爪を回避した。

 そして、その勢いのまま懐に潜り込んだ。


 その直後、最大の速度で駆けていた俺と纏雷獣の座標が重なる。

 攻撃の威力は純粋な力のみで決まるものではない。力×速度で決まるのだ。


 そしてこの瞬間、俺と纏雷獣の相対速度は最大に達する。

 俺が全速力で剣を振るうだけじゃない。

 その剣に対して、纏雷獣自身も全速力で向かってくるのだ!


 すなわちこれは、俺が出せる限界を超えた、纏雷獣の力すらも利用した極限の一撃!

 これならば、一撃で防壁を突破することも可能なはずだ!



「喰らえええええええええええ!」



 かつてない威力を含んだ刃が、纏雷獣めがけて振るわれる。

 そして、



 刃は、空を斬った。



「……は?」



 間違いなく当たる。そう確信した一振りが外れたという事実に戸惑い、一瞬動きが止まる。

 その原因はすぐに分かった。


「上か!」


 あろうことか、纏雷獣は俺の攻撃を喰らう直前、急ブレーキとともにその場でしたのだ。

 尋常ではない瞬発力を保有しているからこそ、可能な回避方法だった。


 見上げると、そこには確かに纏雷獣の姿があった。

 それだけではない。纏雷獣は重力も利用し、真下にいる俺に向かってその巨大な足を振り下ろす。


「っ!」


 咄嗟に無名剣を間にかざすも、ほとんど意味のない抵抗だった。

 纏雷獣の常人離れた重量から放たれる踏みつけは、それだけでも必殺となり得る。


 その踏みつけによって、大地には再び大きなクレーターが生み出される。

 今回は回避することができず、俺もそれに巻き込まれた。


「ガッ」


 その圧迫感により、肺から空気が漏れた。

 HPが瞬く間に半分近く減少する。


 今すぐこの場から逃げ出そうにも、纏雷獣は俺を踏みつける足をどけようとはしない。

 このまま体を纏う雷を俺に浴びせて、ダメージを与え続けるつもりなのだろう。


 俺の力ではこの状況から抜け出せないことを、纏雷獣は既に把握しているのだ。

 だからこそ、追撃を仕掛けることなく俺が力尽きるのを静かに見守っている。


 結局俺は何もできないまま、雷によるダメージによって死ぬ――




「――とでも、思ってるのか?」




 俺は不敵に笑いながらそう呟いた。


 残念だが、纏雷獣の狙い通りに事を進ませるつもりはない。

 俺は雷の攻撃を浴びてはいるものの、ほとんどダメージを受けてはいなかった。

 理由は単純。最後の攻防前に、魔断薬を飲んでいたからだ。


 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


魔断薬まだんやく

 ・これを飲むことで、10秒間魔法によるダメージを99%軽減する。


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 第六階層のボーナス報酬、魔断薬。

 10秒間、魔法によるダメージをほとんど無効化してくれるこのアイテムをここで使用した。


 これを飲んでおけば、10秒以内ならば纏雷獣に触れ続けてもダメージを心配する必要がなくなるからだ。



 渾身の一撃がかわされたのは、たしかに俺にとっても想定外だった。

 だけど俺は初めからあの一撃で倒せると思っていたわけではない。

 大ダメージを受けた纏雷獣が、懐に潜り込んだ俺を踏みつけようとするのを誘っていたのだ。



 過程こそ違ったものの、纏雷獣に俺が踏みつけられたこの状況は予想していた通りだった。


 では、なぜこの状況を生み出そうとしたのか。

 答えは1つしか存在しない。


 俺を踏みつけた状態を維持したい纏雷獣は、その場から動こうとはしない。

 ただただ静かに、俺の命が朽ち果てるのを待っている――


 この瞬間を、俺は待っていた。


「グルゥ!?」


 いつまで待っても命が尽きることはおろか、ダメージを負っている様子がないことに気付いたのか、纏雷獣はそこでようやく顔色を変えた。

 このままではいけないと思ったようで、俺を押さえているのとは逆の前足を大きく振り上げた。


 再び俺を押し潰そうとしているのだろうが、もう遅い。

 既にを発動するために必要な時間は過ぎ去っていた。


 そして俺は小さく、だけどはっきりと告げた。




「ダンジョン内転移」――と。




 ダンジョン内転移の条件。

 それは『発動者が足を踏み入れたことのあるダンジョン内に対してのみ転移可』というものだ。


 その条件に変わったことによって、俺はスパンを無視した高速レベルアップが可能になり、こうして短期間のうちにこれだけ強くなることができた。

 だけど、ダンジョン内転移の活用する方法は、まだ他にもあったんだ。


 無名の騎士やオークジェネラルの戦闘時に使用したような、敵の背後や上空に転移し攻撃を仕掛けるのとは違う。

 もっと単純で、かつ最大の効果を発揮する方法が。


 これまではその条件に該当した敵と戦うことがなかったため、思いつくことすらできなかった。

 だけど、理論上は可能なはずなのだ。

 纏雷獣のような、


 だから俺は、最期に纏雷獣へと告げる。

 光の一切届かない、暗闇の中でたった一言。



「――お前の体の中だって、ダンジョン内と言えるはずだよな?」



 そして俺が振るった刃は、纏雷獣の体を内側から貫いた。



 直後、痛みからか纏雷獣は盛大な雄叫びを上げる。


「ガァァァアアアアアアアアアア!」


 予想通り、体の内側まで防壁で守ることはできないみたいだ。

 今までの苦労が嘘のように攻撃が通用する。


 こんなチャンスはもう二度と巡ってこない。

 今ここで、確実に仕留める!



「はあッ!」



 数十の剣閃が、俺を取り囲む暗闇を切り裂いていく。

 瞬く間のうちに纏雷獣の体に穴が生まれ、曇天の空が視界に飛び込んできた。


 大ダメージを負ったせいか、そこにはもう防壁も存在していない。


「これは!」


 直後、纏雷獣の体内を雷が駆け巡った。

 俺が体の内側にいることを知った纏雷獣が考えた対策なのだろう。


 魔断薬の効果はもう切れている。

 まともに雷を喰らうわけにはいかない。

 俺は目の前に開いた穴から、纏雷獣の外に飛び出した。


 そして俺は上空からは纏雷獣を見下ろした。

 体に穴が開いてもなお、必死に抗おうとしている。

 上空に浮かぶ俺を、血走った目で見つめてくる。


「ガァアアア!」

「させるか!」


 纏雷獣による獰猛な噛みつき攻撃を回避し、そのまま勢いよく大きな首に斬りかかる!

 ここが正念場。纏雷も無視して、攻撃だけに全神経を注ぐ!


 防壁を失った纏雷獣の首に、刃はすんなりと入る。

 鮮血が宙を舞い、纏雷獣は痛みによる雄叫びを上げた。


 そして俺は、最後の猛攻を仕掛ける!



「うぉぉぉおおおおおおおおおお!」

「グルォォォオオオオオオオオオ!」



 死が間近に迫った獣と獣による、本能の戦い。

 ここからは限界を超えた意地の張り合い。

 それに打ち勝った者だけが生き残ることができる。



 ならば俺は、纏雷獣おまえの死を喰らってでも先にいく!



 永遠にも思える、約30秒の攻防。

 お互いに同じだけのダメージが積み重なる中、動きには差が生まれ始めていた。


 纏雷獣は体に穴が開き、ありとあらゆる部分が切り裂かれたことから著しく動きが衰えていた。

 対する俺はというと、HPが減少したことにより再び起死回生のスキルが発動し、さらに動きが加速する。


 そして、とうとうその瞬間は訪れた。


 纏雷獣は防御を完全に放棄し、両前足と口を使った攻撃を仕掛けてきた。

 前後左右、俺に逃げ場は存在しない――ならば!


 俺は地を強く蹴り、空中に跳んだ。

 纏雷獣の一斉攻撃は上空を網羅しておらず、俺のいなくなった空間を貫いた。


 俺は空中で無名剣を両手に持ち替え、最後の攻撃を繰り出す!



「これで、トドメだぁああああああああああ!」



 俺の持つ全てを使った、全身全霊の一撃。

 そうして突き出された俺の刃は、深く深く、纏雷獣の頭を貫いた。


「ゴ、ォォォ」


 纏雷獣は最期の断末魔を上げながら、ゆっくりとその場に崩れ落ちる。

 俺の体はすぐ隣に放り出された。


 なんとか震える足で着地し、再び起きてきた時に対応できるよう無名剣を構える。

 しかし、その必要はなかった。


 クエストの終わりを告げるシステム音が、次々と俺の頭の中に響いていく。

 そこで初めて、俺は纏雷獣に勝てたと実感することができた。



「……終わったんだな」



 かくして俺は、エクストラダンジョン【隔絶の魔塔】における全階層を制覇したのだった。



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 天音 凛 19歳 男 レベル:13212

 称号:ダンジョン踏破者(10/10)・無名の剣豪・終焉を齎す者(ERROR)・賢者を超えし者

 SP:32710

 HP:37850/103560 MP:15280/28560

 攻撃力:23510

 耐久力:20340

 速 度:23700

 知 性:22950

 精神力:20100

 幸 運:21520

 スキル:ダンジョン内転移LV18・身体強化LV10・剛力LV10・金剛力LV9・高速移動LV10・疾風LV10・起死回生LV1・初級魔法LV3・浄化魔法LV1・魔力回復LV2・魔力上昇LV7・索敵LV4・隠密LV4・状態異常耐性LV4・鑑定LV1・アイテムボックスLV4・隠蔽LV1


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無名の騎士ネームレス・ナイトつるぎ

 ・無名の騎士が装備していた剣。

 ・装備推奨レベル:10000(MAX)

 ・攻撃力+100%

 ・敵のレベル(討伐推奨レベル)が自分より高かった場合、HPとMPを除くステータスの全項目を+100%。


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『【隔絶の魔塔】内、合計レベルアップ数:6608レベル』(最終結果)

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