第91話 第十階層 『纏雷の王』 前
そのため、いきなり胴体や頭といった急所を狙うことは難しい。
まずは速度を活かして四肢から削り、体勢を崩したところを畳みかける。
そんな想定のもと戦いに挑んだ俺だったが、すぐにその計画は破綻することとなった。
「ガルァアアア!」
「――くそッ!」
纏雷獣はその巨躯に見合わない速さで攻撃を仕掛けてきた。
纏雷獣の振り上げた前足を、なんとかギリギリのタイミングでかわすことに成功する。
そのまますぐに距離を取り、一瞬で体勢を整える。
が、
「グルゥウウウ!」
「連続かよ!」
どういった原理なのか、体の大きさからはありえないような切り返しを見せた纏雷獣が、俺に連続攻撃を仕掛けてくる。
大きな口と両前足を巧みに使用した連撃に、どうしようもないまま防戦一方となった。
その最中、俺は活路を見つける。
「――――今ッ!」
攻撃の間に生まれた僅かな隙を俺は見逃さなかった。
敵の攻撃をかいくぐるようにして懐に潜り込むと、その勢いのまま無名剣を力強く振り上げた。
直後、俺は信じられないような光景を目の当たりにした。
全力で振るった刃が纏雷獣の腹に当たった瞬間、キンッと甲高い音を鳴らし、刃が弾かれたのだ。
「なっ……」
それを見て、俺は混乱に陥った。
纏雷獣の皮膚が硬いのは分かる。20000レベルを超える魔物であるため、一撃では肉を切り裂くことができないのも仕方ないだろう。
けど、今のはなんだ? 音も、感触も、まるで皮膚に届く前に透明の壁に弾かれたかのようだ。
「――透明の壁?」
自分の頭に浮かんだその単語がどうしても気になった俺は、反撃覚悟でもう一度攻撃を仕掛けた。
結果は先ほどと同様、刃が甲高い音と共に弾かれるのみ――
ピシッ
――いや、これはまさか!
「ガルゥッ!」
「むっ」
一瞬とはいえ、この強敵を前にして、思考に浸っている余裕はなかった。
纏雷獣は真下にいる俺を押しつぶすべく、何度も足を振り下ろしてくる。
その攻撃を回避し、いったん纏雷獣から距離を取った。
そして纏雷獣の動きに注意しながら、ここからの方針を立てる。
一見、こちらの攻撃は全て防がれ、手も足も出ないように思える。
しかし、決してそんなことはない。
2回目の攻撃を防がれた時、俺はとある確信を抱いたのだ。
改めてよく見てみると、俺の振るった刃は纏雷獣の体ではなく、その手前で弾かれていた。
その直後、何も存在しないはずの空間にピシリとひび割れるような音が響いたのを聞き逃しはしなかった。
そこから一つの結論に至る。
纏雷獣は透明の壁――防壁を体に纏っているのではないかと。
そして、そこからヒビが入った音が聞こえたということは、その防壁は決して全ての攻撃を弾くような無敵なものではないことの証明。
何度も攻撃を続けていけば、やがて防壁を突破して本体にダメージを与えられるはずだ!
結局やることは変わらない。
纏雷獣の攻撃をかいくぐり、何度でも斬りかかる。
方針がそう決まり、気力が湧き上がってきた直後のことだった。
纏雷獣は空を仰ぎ、大きく口を開いた。
「ガァァァアアアアアアアアアア!」
鼓膜を破るかのごとき、大声量の雄叫び。
これだけでもかなり厄介だが、本番はここからだった。
纏雷獣の雄叫びに応じるように、空から雷が降り注いでくる――俺目掛けて。
「――――!」
それはほとんど反射に近かった。
魔力のよどみを感じ、咄嗟にその場から後方に飛び退く。
直後、先ほどまで俺が立っていた地面は、落雷によって焼き尽くされた。
「嘘だろ?」
間一髪。
あれが直撃していたら大ダメージはおろか、一発で死んでいた可能性すらある。
ぶるりと、体が震えてしまった。
「いや、安心するのはまだ早い!」
纏雷獣の雄叫びはまだ続いている。
すなわち、まだ落雷攻撃が続くということだ。
けれどどうする? 今のはギリギリ回避できたが、ほとんど勘だ。
魔力のよどみを察知するという方法が何度も通用するはずがない。
ならば諦める?
いや、冗談じゃない。
「よどみ程度じゃ確実に回避できないのだったら、魔力の流れを全て把握してやればいい――索敵!」
指定範囲の魔力を感知できるスキル、索敵を使用する。
頭上からの落雷に対応できるようにするため、索敵範囲が非常に広くMP消費が激しいが、四の五の言っていられる状況じゃない。
なんにせよ、これで魔力の流れを読み、落雷を回避することが簡単になった。
残された問題はMPが尽きる前に纏雷獣を討伐できるかのみ。
ここからは、こっちのターンだ!
「――行くぞ!」
次々と落ちてくる雷をかわしながら、立ち止まったままの纏雷獣に向かって駆け出す。
落雷に効果がないと悟ったのか、纏雷獣は雄叫びを止め俺の攻撃に応じる。
「グルァァァアアアアア!」
「うおぉぉぉおおおおお!」
そこからは、お互いの全力を尽くした力とスピードの勝負だった。
力は纏雷獣の方が上、スピードですらほとんど互角という絶望的な状況だったが、これまでの様々な格上と繰り広げた激闘の経験を活かすことで、なんとか対等以上に渡り合うことができた。
一振り目の刃は防壁に弾かれ、
二振り目はヒビを入れ、
そして三振り目でとうとう、その壁を破壊することに成功した。
そこから、俺による連撃が始まった。
高速の刃が、防壁を失った纏雷獣の体を次々と切り裂いていく。
どこまでも強く、どこまでも速く。
ただそれだけを思い、ひたすらに剣を振るう!
このままだったら、俺が勝てる!
そんな確信を抱いた、次の瞬間だった。
「グオォォォオオオオオオオオオオ!」
俺の刃で自身の体が斬られているにもかかわらず、ここで再び纏雷獣は高々と雄叫びを上げた。
とはいえ、こういった事態も見越して索敵は発動し続けている。
落雷をかわすことは可能なはず。
そう思っていたのだが、俺は索敵が捉えた魔力の流れから驚愕を抱いた。
「なんだこれは」
先ほどまでの落雷とは違う、数十倍の魔力が俺と纏雷獣の頭上に集う。
まさか、自分ごと俺を焼き尽くすつもりなのか?
「チッ!」
さすがにそれは防ぐ手段がないため、惜しい気持ちはあるが、一時的に纏雷獣から距離を取る。
これでもう落雷を発動する必要はなくなったはず。
纏雷獣が発動を止めたタイミングで、最後の攻撃を仕掛けよう。
しかし、纏雷獣が取った行動は、俺の予想とは大きくかけ離れたものだった。
纏雷獣は雄叫びを止めようとしない。
魔力が集う場所は、纏雷獣の頭上から変わることもない。
すなわち――
これまでの数十倍の威力を秘めた雷は、纏雷獣のもとに落とされた。
「……ダイナミック自殺かよ」
落雷によって砂塵が吹き荒れる光景を見ながら、俺は思わずそう呟いた。
そんなリアクションをしてしまうのも仕方ないだろう。
だって俺に当たらないことが分かっていたはずなのに、纏雷獣は落雷の発動を止めなかったのだから。
なんにせよ、あれだけ傷を負った状態で落雷も喰らったのだ。
まだ死んではいないにせよ、瀕死くらいにはなっているかもしれない。
「……え?」
そう思った俺の眼前に飛び込んできたのは、あまりにも馬鹿げた光景だった。
「おい、待て。なんなんだそれは……」
砂塵が吹き荒れ、内側から纏雷獣が姿を現す。
落雷によって体中が焦げだらけにでもなっているのかと思ったが、現実は非情だった。
そこに君臨していたのは、纏雷獣であって纏雷獣じゃなかった。
俺がここまで必死に与えた傷が全て癒え、おそらくは防壁すら復活している。
そして一番の問題はその他にあった。
完全復活しただけなら、面倒だがやりようはある。
けど、そうじゃなかった。
纏雷獣は先ほどまでと違い、その体に
纏雷獣が発する威圧感が、格段に増している。
立っているだけで、押しつぶされそうなほどのプレッシャーだ。
無意識に俺は鑑定を使用した。
きっと本能が、奴がこれまでとは全く異なる敵に変わったと判断したのだろう。
そして、予想はこんな時に限って的中する。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
【
・討伐推奨レベル:25000
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「25000……!」
それはもはや、死刑宣告と同義だった。
先ほどまでの俺は20000レベルの纏雷獣を相手に、自分の全てを使ってなんとか対等以上に渡り合えていた。
そこからさらに5000レベルも強くなられたら、きっと勝ち目など1%もないだろう。
敗北。絶望。死。
そんなネガティブな単語が、次々と頭の中に去来する。
だけど。
いや、だからこそ。
そこで俺は、不敵に笑ってみせた。
「ああ、そうか。そういうことだったんだな」
ここまでの第一階層から第九階層は、体力、気力、知恵を限界まで使わなければクリアできないようなクエストばかりだった。
だけどきっと、この第十階層だけは違う。
限界を出したとしても乗り越えられないほどの難関が用意されていたのだ。
それは、システム音が俺の死を望んでいるから?
いや、きっとそうじゃない。
システム音が望んでいることはたった1つだ。
限界を尽くしても乗り越えられないような難関が待ち受けているのなら、やるべきことは決まっている。
「やってやるよ」
俺は無名剣の切っ先を、纏雷獣に向ける。
そして確固たる意志とともに、力強く宣言した。
「――行くぞ、纏雷の王。今ここで、俺は限界を超える!」
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