第49話 名ばかりの格下

 キング・オブ・ユニークが剣崎ダンジョンに突入してから、約30分後。

 ゲート前で待機する凛たちのもとに、ようやくBランクパーティーが到着した。

 それぞれ装備は異なるものの、胸に自分たちの所属するギルドのマークをつけていることは共通していた。


 凛はギルドのマークに見覚えがあった。


(あのマークはたしか、さっき由衣に見せてもらった……)


「お待たせしました。ギルド【宵月よいづき】から参りました、パーティーリーダーの香川と申します。状況を聞かせていただいてもよろしいですか?」


 凛の予想は正しかったようで、彼らは宵月の一員らしい。

 管理人から手短に状況を聞くと、素早く行動を開始する。


「勇敢な冒険者が、事前に我々の道を切り開いてくれているらしい。すぐに彼らと合流し、ラストボスを討伐するぞ!」

「「「おおっ!」」」


 リーダーの指示に従い、彼らはすぐにダンジョンの中へと突入していった。

 ……一緒に来た者たちのうち、2人を残して。


「お2人は一緒に行かれないんですか?」


 疑問を抱いた凛は、残る2人に問いかけた。

 するとそのうち一方が、優しく答えてくれる。


「はい。ギルド【宵月】では崩壊中のダンジョンを攻略する際、数人は地上で待機することになっているんです。突入組がボス部屋に向かう途中に崩壊が終わり、ボスが外に出てくる事態を考慮してのことですね。それから念話を保有している者がダンジョン内外にいた方が、もしもの事態に対応しやすくなるんですよ」


 ダンジョン内では、通常の通信機器を使うことはできない。

 それを解決してくれるのが上級スキル【念話】だ。

 基本的にはパーティーを組んでいる冒険者が取得するものであり、普段からソロで活動する凛が無意識のうちに必要ないと切り捨てているスキルだった。


「なるほど、教えていただきありがとうございます」


 2人が残る理由を教えてもらった凛は、感謝を告げて待機を続ける。

 想定外の事態が訪れたのは、それからさらに30分後のことだった。



 外で待機している宵月の男が、唐突に大声を上げた。


「なんだと!? 既にボス部屋が閉まっているだって!? それに加え、道中で他の冒険者を目撃しなかったと? まさか……」


 その声を聞き、凛はすぐに悟った。

 ――風見たちが、独断でラストボスに挑んだのだと。


 それと同じ結論に、少し遅れて彼らも辿り着いたようだ。


「分かった。先行している者たちがボスを討伐してくれることが一番だが、もしもの時のため皆もボス部屋の前で待機していてくれ……頼んだぞ」


 もしもの時……それは現在ボス部屋にいる冒険者全員が死んだ時、という意味だ。


(けれど、まだその時が訪れるかどうかは分からない。風見たちが実力者なのは事実なんだ。こうなったからにはしっかり倒してくれないと困るぞ)


 脳裏に浮かぶのは、自分からボス部屋に入る選択はしないであろう零の姿。

 彼らを信じて待とうとするも、胸の鼓動が収まることはなかった。



 それから10分。

 音沙汰がないまま、緊張の時間が続く。


(まだ終わらないのか? 10分かかっても決着がつかないってことは、実力がそれなりに拮抗している証拠……いったい中はどうなっている?)


 そんな風に凛が心配している最中。

 唐突にその瞬間は訪れた。


「なんだ!?」

「きゃあっ!」


 ダンジョンを中心に発生する、激しい振動。

 それを体感した宵月の2人は、表情に焦燥が浮かべた。


「まずいっ、迷宮崩壊が最終段階に入った。もう時間がないぞ……!」

「ボスが外に出てきますね、なんとか食い止めて時間を稼がないと」

「それだけじゃない! ラストボスは迷宮崩壊が続くにつれて強力化するんだ。恐らく今、ボス部屋にいるラストボスはより力を増したはずだ。これはもう、いま戦っている人たちは……」


 その会話を聞き、凛の心臓はドクンと跳ねた。

 彼が言うのを止めた続きの言葉は、聞かずとも理解できた。


 10分かけても討伐できなかった魔物がさらに強力になったとしたら、それを倒せる確率は0に近いはずだ。

 今この瞬間、零たちは間違いなく死地にいる。

 

 これ以上、悩んでいられる余裕はなかった。

 凛は隣に立つ由衣に話しかける。


「由衣、今から見ることに驚くかもしれない。事情は後で必ず説明するから、それまで待っていてくれ」

「凛さん? いったいなにを――」


 由衣に最低限の忠告を残し、俺はゲートに駆け出した。

 この人混みから離れたところからダンジョン内転移を発動すれば、誰にもバレず中に入ることはできるかもしれない。

 しかし帰還時は話が別だ。ゲートの中に入っていないはずの人間が、ダンジョンから転移魔法で帰還するのを目撃されてしまえば、疑いの目を向けられるのは確実だ。


 ゆえに――


「待ちなさい! 君はいったい何をして――」

「凛さん!」


 宵月の男と、由衣の呼び声を背に受けて。

 ゲートから中に入るように装った上で、凛は小さく呟いた。



「ダンジョン内転移」――と。



 凛がゲートの中に入った直後、遅れて宵月の男も中に入っていく。


「こんな時にダンジョンへ入るなんて何を考えているんだ! 早く戻ってきな……あれ? どこに行ったんだ?」


 しかし、そこにいるはずの凛の姿がなく、男は首を傾げることしかできないのであった。

 


 ダンジョン内転移を連続で発動しながら、凛は思考する。


 自分の勘違いならば、それでいい。

 風見たちの実力は本物で、強力化したラストボスさえも倒せるならそれが一番だ。

 隠密で姿を隠したうえで、こそっとダンジョン内転移でボス部屋の外に退散してやればいい。

 ダンジョンの中に入ったことは後で怒られるだろうが、思春期だから急に走りたくなって、とでも言っておけばなんとかなるだろう。


 そんなふうに何事もなく終わるのが、凛の望む結末だった。


 しかし、現実は残酷で。

 凛がボス部屋に辿り着いた時、既にそこは惨状となっていた。

 風見たちは既に死に絶え、唯一残っている零でさえ、今にも無名の騎士に殺されそうになっている。

 

 間に合ったとはとても言い難い状況。

 それでもまだ、この手で守れるものはある。


 凛はアイテムボックスから無名剣を召喚し、上空から落下する勢いを乗せて、無名の騎士を一刀のもとに討伐する。

 そして――


「悪い、待たせた」


 零に向かって、そう告げた。


「――――なん、で」


 零は血まみれで、まともに話せないほど弱っていた。

 これはまずいと思った凛は、すぐにアイテムボックスから上級の体力回復薬を取り出し、ゆっくりと零に飲ませる。

 もしもの時を考え100万円で購入しておいてよかったと、凛はほっと胸を撫で下ろす。


「500レベル以下なら、これ一本でHPは全回復するはずだ。もう大丈夫だからな」

「凛……ごほっ、ごほっ、なんで、凛がこんなところに……?」

「気になるだろうけど、それについて答えるのは後だ。それより先にやらなくちゃいけないことがあるからな」


 凛は立ち上がり、このダンジョンの主に視線を向ける。

 オークジェネラルは突如として現れた新たな敵を、既に次の殺戮対象として捉えていた。

 巨大な鉄斧を構え、今すぐにでも凛のもとに駆け出してきそうだ。


 そんな強大は敵を前にして、凛は冷静に鑑定を使用する。


「ラストボス、オークジェネラル。討伐推奨レベル4000か……まったく、今すぐ逃げ出したくなるくらいの格上だな」


 しかし、凛が逃げることはない。

 無名の騎士と戦った時と同じだ。

 自分を遥かに上回る強敵を前にして、逃げ出すという正しい選択ができる人間ならば、凛はいまここに辿り着けてはいない。


「お前の真価が発揮されるのは、無名の騎士戦以来だな」


 美しい白銀の刃が特徴的な長剣――無名剣ネームレスを握り、天音 凛は格上オークジェネラルと相対する。

 その体に震えはなく、ただ真っ直ぐに目の前の敵を見据えていた。



「いくぞ、オークジェネラル――格下の戦い方というものを見せてやる」



 力強い一歩を踏み出し、凛は戦いに身を投じた。



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 天音 凛 19歳 男 レベル:2673

 称号:ダンジョン踏破者(4/10)・無名の剣豪

 SP:210

 HP:21610/21610 MP:5010/5120

 攻撃力:4940

 耐久力:3620

 速 度:5120

 知 性:4760

 精神力:3610

 幸 運:4680

 スキル:ダンジョン内転移LV12・身体強化LV10・剛力LV10・金剛力LV3・高速移動LV10・疾風LV3・初級魔法LV3・魔力回復LV2・魔力上昇LV2・索敵LV4・隠密LV4・状態異常耐性LV4・鑑定LV1・アイテムボックスLV4


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 身体強化LV10:攻撃力、耐久力、速度の各項目を+100

 剛  力LV10:攻撃力を+2750

 高速移動LV10:速度を+2750

 魔力回復LV2:MP回復量を+20%

 魔力上昇LV2:MPを+20%


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無名の騎士ネームレス・ナイトつるぎ

 ・無名の騎士が装備していた剣。

 ・装備推奨レベル:2000

 ・攻撃力+2000

 ・敵のレベル(討伐推奨レベル)が自分より高かった場合、HPとMPを除くステータスの全項目を+30%。


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