第48話 蹂躙
ハイオークの上位種――オークジェネラルとの戦いは、既に一方的なものとなっていた。
さっきとは打って変わって、こちらが圧倒されるという形で。
風見はオークジェネラルに向けて、何度も雷撃を放っていた。
しかしそれを受けても、オークジェネラルの突進が止まることはない。
「くそ! くそ! くそ! どうなってるんだ! 僕の雷撃を喰らって、なんでダメージを受けないんだよ!」
自分の攻撃を喰らっても、敵が物ともしないという初めての事態に、風見は混乱していた。
しかしながら、正確にいえばダメージ自体は通っているのだ。
混乱した風見は、その事実さえ認識できずにいた。
混乱のただなかにいるのは風見だけではなかった。
桜たちもまた、自分のユニークスキルが通用しないという事実に、戦う気力をなくしつつあった。
どうあがいても勝てないと、そう思い始めていたのだ。
その様子を、零は外から眺めるしかできなかった。
いま自分がオークジェネラルと戦ったところ足手まといになるのが関の山なのだから。
(まさかこんなにも、このパーティーが脆かったなんて)
零は心の中で、そう呟いた。
風見たちはこれまでユニークスキルを最大限活用することで、格上の相手とも対等以上に渡り合ってきた――そう、思い込んでいた。
しかしそれは正確には違った。
戦ってきた敵のレベルが自分たちより上だったというだけで、実際には彼らにとって格上でもなんでもなかった。
ただユニークスキルを使っておけば勝てるだけの格下だったのだ。
そんな風見たちにとって、オークジェネラルは正真正銘、初めて戦うこととなる格上。
喉元に迫る刃を経験してこなかった彼らは、対処する術を知らなかった。
そしてとうとう、ギリギリ保たれていた均衡が崩れ去る瞬間が訪れる。
先ほどの騎士と同様、オークジェネラルが突如として狙いを風見に変えた。
「なっ――」
迫りくる強大な敵を前にして、風見は一歩も動くことができずにいた。
「危ない!」
それを見た零は咄嗟に駆け出した。
あれだけの巨体を、魔法剣でなんとかすることはできない。
オークジェネラルが鉄斧を風見に振り下ろす直前、零は彼の体を押し出した。
直後、鉄斧は零のすぐそばの地面に叩きつけられる。
「がッ……」
直後、零は体に強い衝撃を感じた。
鉄斧によって砕かれた地面が破片となり、飛び散ったものが零に直撃したのだ。
その衝撃によって零の体は弾き飛ばされ、地面を何回も跳ねた後、ボス部屋の壁によってようやく動きが止まった。
(あ、れ……? 体が、動かない)
どういうわけか、体が言うことをきかなかった。
せいぜい動くのは指先程度で、それ以上は何もできない。
どこから血が流れているのか、視界に赤色が混ざりこんだことだけは分かった。
眼前には危険信号のように、残り1割を切ったHPが表示される。
1秒につき少しずつ減少していた。
かすむ視界のまま、零は続く戦闘を見届ける。
しかし、そこからは一瞬だった。
まず初めに正気を失ったのは風見だった。
彼は血まみれで倒れる零を見て、自分の身に迫った死を改めて自覚し、絶叫した。
「う、うわぁぁぁあああああ!」
何を考えたのか、風見はボス部屋の扉に駆け出していき、そのまま拳で何度も叩く。
「おい! 何をしているんだ! そこに誰かいるんだろう!? 早く僕たちを助けろよ! それがお前たちの役目だろうが!」
風見はボス戦が終わるまで扉が開かないことも、その奥にいるであろうBランクパーティーを置いてきたのが自分だということさえ忘れ、ただ必死に助けを求めていた。
しかし戦闘において、そのような行為は隙を生み出すだけでしかなかった。
風見の背後で立ち止まったオークジェネラルが、鉄斧を大きく振り下ろす。
「僕は、こんなところで死ぬはずじゃ――」
――そして、風見の体はいとも容易く両断された。
「信? 嘘よね?」
「死んだのか……?」
「……そんな」
風見の死を目撃し、桜たちは絶望の表情を浮かべていた。
そんな状態で、オークジェネラルとまともに渡り合えるはずがなかった。
「いやぁ!」
「やめてくれ!」
「がはっ!」
その後もオークジェネラルによる蹂躙は続いた。
風見の死から約2分後、零を除いた全員が呆気なくオークジェネラルによって殺されてしまうのだった。
オークジェネラルは4人目の桜を殺し、横たわる零を一瞥した後、背中を向けて距離を取っていく。
既に零が死んでいると思ったのか、自らが手を下すまでもないと思ったのかは不明だが、これで命が長引くことになった。
1秒ごとに減っていくHPが尽きるまでの話だが。
しかし、そんな僅かな猶予さえ許してくれない存在がいた。
オークジェネラルの覚醒以降、部屋の隅に待機していた騎士が長剣を片手に、ゆっくりと零に近付いてきたのだ。
(ここで……おしまいなのかな)
零は視線だけをボス部屋の扉に向ける。
扉は今も固く閉ざされ、開く気配はない。
誰も助けにくることはないのだ。
どこで間違えていたんだろうか。
キング・オブ・ユニークに入ったこと?
ボスに挑もうとする風見たちを止められなかったこと?
自分も一緒にボス部屋の中に足を踏み入れたこと?
考えても答えは出ない。
それも当然。これは全てもう終わった話で、考えるだけ無駄なのだ。
だからこそ思う。
せめて犠牲になるのは愚かな選択をした自分たちだけでいい。
自分が死ねば、あの扉は開かれる。
そうしたら、Bランクパーティーの人たちがきっとオークジェネラルを倒してくれるはずだ。
最後にただ、それだけを願い。
長剣を振りかぶる騎士を前に、零は静かに目を閉じた――
――カラン、と。
硬い何かが、地面に落ちるような音が響いた。
(あれ……? 痛く、ない?)
聴覚がその音を捉えただけで、いつまで経っても痛みが襲ってくることはなかった。
恐る恐る、零は目を開き――
「悪い、待たせた」
――その声を聞き、その背中を見た。
「――――なん、で」
目の前にある光景が信じられなかった。
そこに立っていたのは、ここにいるはずのない人物だったから。
地面に転がる騎士の兜。
盛大な音を鳴らしながら倒れていく胴体。
その刃で騎士を両断したであろう白銀の長剣を握る男は、零も知っている存在――天音 凛だった。
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