第47話 進化
ボス部屋に入った零たちは、眼前に現れたラストボスを
そこにいたハイオークは、以前見たものとは姿が大きく異なっていた。
2メートル前後だった体長は4メートル近くまで伸び、肉体が岩石のように隆起している。
さらに手には巨大な鉄斧が握られていた。
明らかに、前回戦った時の数倍は強力になっている。
「ほう、これは驚いたな。確かに強そうだね……桜、鑑定は通用するかい?」
「討伐推奨レベルだけならね。このハイオークの討伐推奨レベルは3000よ!」
3000という数字を聞き、全員の間に緊張が走る。
キング・オブ・ユニークの中で最もレベルの高い風見でさえ、2300レベルしかないのだ。
圧倒的な格上と対峙し、誰もが恐怖を抱いた。
ただ一人、風見を除いて。
「ははっ、いいじゃないか! 僕たちを遥かに上回る強敵を打ち倒してこそ英雄譚は生まれるんだ! 皆も恐れることはない! これまでも格上だろうと何体だって討伐してきたじゃないか! 自分たちを信じよう!」
その檄に感化されたかのように、桜たちは表情を変える。
「ええ、そうね。これくらいの強敵、私たちは何度も乗り越えてきた!」
「いいね、燃えてきたじゃん!」
「やるか!」
「…………」
彼らとは異なり、レベルが400しかない零は後方で静かに見守るしかできなかった。
そんなふうにして、キング・オブ・ユニークとラストボス・ハイオークの死闘が始まった。
戦いが始まり、およそ10分後。
戦況は一方的になりつつあった。
「はははっ! レベル3000ってのはその程度なのかい――雷撃!」
「ガァァアアア!」
「今だ、皆!」
風見の強力な一撃によって、ハイオークは動きを止める。
そこに残る3人が、それぞれの最大火力をお見舞いする。
ハイオークを爆心地として盛大な爆発が起こり、煙が晴れた時、そこにはボロボロになった敵の姿があった。
ハイオークの討伐推奨レベルは3000。
初めはどうなることかと思われたが、風見たちの保有するユニークスキルはそのレベル差を覆すほどに優秀だった。
最初からここまで、ほとんど危なげなくハイオークを圧倒していた。
(まさか、ここまで圧倒できるとは、思ってなかった)
その様子を背後から眺めながら、零はそんな感想を抱いていた。
ユニークスキルの真価を改めて確認したような気持ちだった。
「裕也! 今のうちに封じ込めてくれ!」
「了解っと――堅牢・封!」
地面から生えてきた数十本の棒が、瞬く間にハイオークを封じる牢を生み出した。
これでもう、ハイオークは身動きをとることはできない。
その光景を見て、風見は満足そうに頷く。
「うん、ここまでくればもう一安心だね。まだ死んではいないみたいだけど、あと何発か浴びせればそれでおしまいだ。思っていた以上に手応えがないのは残念だったけど、まあ構わないさ。さあ、トドメを刺そうか」
牢に入ったハイオークの前に立ち、風見は手をかざした。
後は風見が全身全霊の雷撃を放てば、無事に勝利することができるだろう。
零がそう思った、次の瞬間だった。
「ガァァァアアアアアアアアアア!」
突然、ハイオークは大声で雄たけびを上げる。
ボス部屋が大きく振動する。
(これはいったい……)
そのタイミングで、零は形容しがたい違和感を覚えていた。
しかし、風見たちは気にならないのか、ただただ面倒そうに眉をひそめた。
「まったく情けないね、こんなのが最後の悪あがきかい? 残念だけど、お前が僕の手によって死ぬことはもう確定して……い……」
風見は途中で言葉を止めた。
そうせざるを得ない現象が起きていたからだ。
ボス部屋の中に、突如として想定外の存在が現れていた。
その存在は全身を銀色の鎧に包み、一振りの長剣を手にしている。
こちらの人数に合わせてか、その数は実に5体にも及ぶ。
風見は驚愕を隠すことなく、大声で叫ぶ。
「おい、桜! アイツらはいったい何だ!?」
「いま鑑定を使ってるわ! 名前は無名の騎士、討伐推奨レベルは5体とも1500よ!」
「っ、やはり敵か。ラストボス以外にも敵が現れるなんて聞いていないぞ! しかしその程度のレベルならば――雷撃!」
風見の手から放たれた雷撃が、5体全てに当たった。
しかし騎士たちはダメージを負いながらも怯むことなく、そのまま前進する。
「一撃では死なないのか? なかなかの耐久力みたいだね。けれどそう何発も耐えられるかな? 裕也と幸助は足止めをしてくれ!」
「おっけー!」
「おう!」
タンクと剣士である2人が食い止めてくれたタイミングで雷撃を放てば、簡単に討伐することができる。
そう考えていた風見だったが、騎士は予想外の動きを見せた。
1体の騎士が、裕也たちの守りを抜け、一目散に風見に迫っていったのだ。
「なっ! 魔物のくせに魔法使いを先に狙うだけの知性があるのか!? くそっ!」
自分の命を奪えるだけの実力を持った敵が襲い掛かってくる。
これまでほとんどの魔物を遠距離から魔法を放つだけで倒し、近距離戦は裕也たちに任せていた風見にとって、それは初めての経験だった。
そのため、回避のタイミングが一瞬遅れた。
このままだと騎士の剣をまともに喰らうことになってしまう。
「魔法剣!」
それを見た零は、咄嗟に自身のユニークスキルを発動した。
もちろん、自分が騎士を倒せるとは思っていない。
だから風で出来た刀身を伸ばし、騎士の足を引っかけたのだ。
騎士は勢いよく転び、剣の切っ先は風見の鼻先にギリギリ届かずに済んだ。
「――なめるなよ、ザコが! 雷撃!」
風見は自分を傷付けかけた敵に対し、怒りをあらわにして攻撃を行う。
その一撃によって、騎士を討伐することに成功した。
「ははっ、見たか! ザコが調子に乗るからこうなるんだ!」
得意げに叫ぶ風見。
彼は零に感謝することもなく、次の標的に視線を定めていた。
(間に合って良かった)
零自身は、自分が少しでも戦力になれたことに対し胸を撫で下ろすのだった。
その後はパーティーの思惑通りに戦闘は続き、1体ずつ騎士を倒していく。
残るは1体のみとなった直後のことだった。
「さあ残るは1体! さっさと倒してハイオークにトドメを刺そうじゃ――」
それ以上、風見の言葉が紡がれることはなかった。
突如として、大規模な地震が発生したのではないかと思うほどの揺れが生じたからだ。
「なんだ!? いったい何が起こっている!?」
「分からないわ。ただ、あまり良くなさそうな事態なのは確かね。早くハイオークを倒して帰還しましょう! ハイオーク……を……」
ハイオークの方を見た桜は、言葉を失い後ずさっていく。
その表情は、まるで信じられないものを見たかのような驚愕と恐怖に満ちていた。
遅れて零も風見もハイオークを見る。
そして、桜がなぜあんな反応をしているのかを理解した。
「うそ、牢が破られて……」
「それだけじゃない! さっき与えたはずの傷が治って、大きさまで変わっているぞ!」
牢に捕らわれていたはずのハイオークは、いつの間にか牢を破壊し自由の身になっていた。
さらには傷が全て癒え、1メートル近く体長が大きくなっていた。
この場にいる全員が、目の前で起きていることを受け入れられなかった。
しかし、圧倒的な威圧感を放つ化物を前にして総毛立つ体が、無情にもこれが現実であると訴えかけてくる。
「冗談だろ、なんだよこれ……」
「さっきより、遥かに強くなってるんじゃないか?」
「嘘でしょ、そんなはずが……」
なんとか言葉を発し、これが何かの間違いだと思い込もうとする桜たち。
零は、ぷるぷると震える足が崩れてしまわないように努めることしかできなかった。
恐怖に支配される思考のなか、なんとかこの状況を把握しようとする。
(決まっている……迷宮崩壊によるダンジョンボスの強力化は、わたしたちがボス部屋に入った段階ではまだ終わっていなかった。戦闘が始まってからずっと、それこそハイオークを放置して騎士たちを相手にしている間にも続いていた……)
しかし、それが分かったところで今さらどうしようもない。
今はただ、確かにそこに存在する強敵を倒さなければならないのだ。
「……桜、あのハイオークの討伐推奨レベルを教えて」
だからこそ、零は勇気を振り絞って桜にそう尋ねた。
その後告げられる内容が、どれだけの絶望をもたらすかを理解していながら。
数秒後、桜は震える声で答える。
「あれはもうハイオークじゃないわ。そのさらに上位種のオークジェネラルに進化している。討伐推奨レベルは――4000よ」
それはもはや、死刑宣告と同義だった。
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