第46話 次に開くとき

 キング・オブ・ユニークが剣崎ダンジョンに突入してから、約40分。

 零たちは怒涛の勢いで、最下層に向けて突き進んでいた。


 すると、前方レッドボアが同時に5体現れる。


「桜、鑑定の結果は?」

「全て討伐推奨レベルが500よ、楽勝ね」

「ああ、そうだね――雷撃らいげき


 風見の手から放たれる雷が、一瞬で中心のレッドボア3体を焼き尽くす。

 真ん中に生じた道を、零たちはそのまま突破する。


 進行自体は順調なのだが、零には一つ気がかりな点があった。


「ねえ。さっきから出てくる魔物のうち数体しか倒していない。それで構わないの?」


 突破を目的とするだけならそれでも構わないが、露払いという意味では物足りなく感じていた。


 しかし、風見は自信満々に頷く。


「もちろんさ。なにせ、この後ここを通るのはBランクパーティーだ。僕たちが一瞬で突破できる程度の魔物、彼らにとっても敵ではないさ」

「……そう」


 完全に納得できたわけではないが、たしかに一理あると思った零は、風見の方針に従うことにした。

 その後も現れる魔物を討伐し、時には振り切って、どんどん先に進んでいく。

 ……振り払う魔物の数は、先に行くに連れて増えていった。


 途中でもう一度零が同じことを訊いても、風見は聞き流すだけ。

 結果、ダンジョンに入ってたった1時間後、零たちは最下層のボス部屋前に到着した。



(思っていたより、随分と早く着いた)


 そんなことを思いながら、零は呼吸を整える。

 後は、既にこちらに向かっているであろうBランクパーティーを待つだけだ。


 ――と、思っていたのだが。


「うん……やっぱり迷宮崩壊ダンジョンカラプスなんて名ばかりで、実際は大したことなかったね」


 突然、風見がそう言った。


 いったいどういう意図の発言なのか。

 零が疑問を抱いていると、風見は続けて信じられないことを告げる。


「ねえ皆、提案なんだが、このまま僕たちだけでラストボスに挑まないかい?」

「――え?」


 まさかの発言に零が目を丸くする横で、零が加入するまではパーティーで紅一点だった桜も眉をひそめる。


「ちょっと信、どういうつもり? 援軍を待つんじゃなかったの?」

「その予定だったが、気が変わったんだ。迷宮崩壊が発生したダンジョン内の魔物が本当に強力ならそうするつもりだったけど、そんなことはなかった。僕たちならラストボスだって簡単に倒せるはずだ」


 少し間を置き、風見は続ける。


「それに、そろそろ僕たちにも箔が欲しいと思わないかい?」

「箔?」

「ああ。レベルだけ見ればCランクである僕たちが、本来ならばBランクが対処すべきラストボスを自分たちだけで討伐する――僕たちの実力を周囲に知らしめるには、絶好の機会だと思うんだ」


 風見が何を言っているのか、零には理解することができなかった。

 今は何よりもまず、迷宮崩壊を止めることの方が大切なはず。

 なのに彼は、そんなことよりも自分たちの名誉の方が重要だと言ったのだ。


 自分と同じ考えの者はいないのか。

 そんな期待を込めて、零は風見以外の顔を見渡す。


 しかし、零の期待は裏切られることになった。


「たしかに信の言う通りかもね。私たちの今の印象って、全員がユニークスキルを持っているパーティーってだけなのよね。ここらで実績を残して、私たちの優秀さをもっと広めましょ」

「いいじゃんいいじゃん、どうせボスってハイオークだろ? どんだけ攻撃力が強くなってたとしても俺の【堅牢けんろう】で無効化してやるよ」

「んじゃ、いくかー」


 桜、裕也、幸助の3人は風見の意見に賛成のようだった。

 このままだと、本当に5人でラストボスに挑むことになってしまう。

 零は急いで4人を止める。



「待って。本当に行くつもり?」

「当然じゃないか。零は一人だけレベルが低いから不安かもしれないが、安心してくれていい。ボスは僕たちだけで倒すから、君は後ろで待機していてくれ」

「だけど、それだと管理人と交わした約束と違う」

「そんなことはボスさえ倒してしまえば些細な問題さ。それにしても理解できないな、零はただ突っ立っているだけで栄誉や、攻略報酬だって手に入れられるんだよ? 喜びこそすれ、反対する理由が見当たらないが……」

「…………」



 ここまできて、ようやく零は悟った。

 自分と目の前にいる者たちの違いを。


 零が何よりも優先しているのは、この迷宮崩壊を終わらせて、これ以上ダンジョンの外へ被害が広がらないようにすることだ。

 しかし風見たちは、この状況を自分たちにとって都合のいい活躍の場としか考えていない。

 人命救助も被害の縮小も、彼らにとっては二の次なのだ。


「これはリーダーである僕の判断で、メンバーの過半数も既に同意した。それでも文句があるのなら、零は一人でここに待機しているといいよ。たった一人で、襲い掛かってくる魔物全てを倒せると言うんだったらね」


 だからこそ、このようなセリフを簡単に吐くことができる。


 零は目をつむり、考える。

 ダンジョンの最深部に行くにつれて、魔物たちはどんどん強力になってきた。

 1体や2体ならともかく、5体以上が同時に襲い掛かってくるとなると、レベルの低い零にとってかなり危険だ。

 援軍がくるまで、耐えきれるかどうかは分からない。


 結局のところ、零には風見たちについていく以外の選択肢なんて存在しなかった。


「……分かった。一緒に行く。」

「そうか! 理解してもらえたみたいでなによりだよ!」


 風見はわざとらしく満面の笑みを笑みを浮かべると、すぐにボス部屋の扉を開けた。

 風見、桜、裕也、幸助の順番で中に入って行き、最後に零が勇気を振り絞って足を踏み入れる。


 全員が中に入ったタイミングで、扉はゆっくりと閉ざされていく。

 振り返りその様子を眺めながら、零は心の中で思う。



 これでもう、援軍を期待することはできない。

 次にあの扉が開くのは、自分たちが全滅した時だけなのだから。

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