第45話 分岐

 剣崎ダンジョンに姿を現したのは、風見を含めたキング・オブ・ユニークの面々だった。

 思い返せば、確かに零は今日彼らとダンジョンに行くつもりだと言っていた。


 周囲の冒険者たちは希望を見つけたかのようにざわめき始める。


「ユニークスキル持ちのアイツらなら、迷宮崩壊ダンジョンカラプスもなんとかしてくれるかもしれないな」

「ああ、Bランクを待つ必要がなくなるぞ」


 冒険者たちの言葉に気分を良くしたのか、風見は笑みを浮かべる。


「僕たちが来たからには、もう安心してくれて構わないよ。話は聞いている。救援を待つまでもなく、僕たちの手でラストボスを討伐してこよう」


 おおー! と、盛り上がる冒険者たち。

 そんな空気の中、焦った様子で前に出てきたのは、ここのダンジョン管理人である女性だった。



「待ってください。迷宮崩壊が発生したダンジョンは本当に危険なんです。普段にも増して何が起きるか分かりません。失礼ですが、Bランクダンジョンを攻略した経験はございますか?」

「ないが、問題はないと思うよ。なんせ僕たちは全員がユニークスキル保有者で、さらには一人を除いてレベルが2000を超えている。多少強力になったくらいじゃ、このダンジョンの魔物ごとき僕たちには歯が立たないよ」



 それを聞いた管理人は考える素振りを見せるが、すぐに首を横に振る。 



「確かに問題なくラストボスを討伐できる可能性はありますが、確実とは言えません。確認されている中で、討伐推奨レベルがダンジョンボスの最大10倍近くまで跳ね上がった例もあるんです。どうしてもと言うのなら、これからここに来るBランクパーティーの方々と一緒に挑戦してくれませんか?」

「まったく、頭が固いね。今は一刻を争う事態だ。待っている間に完全崩壊して、ラストボスが外に出てきたらどうするんだい? 君がその責任を取ってくれるのかな?」

「そ、それは……」



 言い淀む管理人を見て、俺は助け舟を出すことにした。


「風見、その辺りにしておけ。管理人は俺たちよりこういった非常事態に詳しいんだから、指示には従うべきだろう」

「ん? ああ、天音くんじゃないか。また会うとは奇遇だね。だけど残念ながら今の言葉には賛同できないね。彼女の言葉にも一理はあるのだろうが、僕たちには当てはまらない。僕たちは優秀なユニークスキルに選ばれた一握りの天才だ。。例え格上と戦うことになったとしても見事に勝利してみせるだろう」

「……お前」


 風見の発言を聞き、少し違和感を覚えた。

 いつもの彼とはどこか違う気がする。

 普段から心の内ではどう思っているか知らないが、自分たちのイメージを守りたいからだろう、少なくとも直接中傷してくるような奴ではなかったはず。

 ……しいて言うなら、少し興奮しているように思えた。


 俺と風見が無言で向かい合ってる中、声を上げたのは管理人だった。


「で、ではこうしましょう。貴方たちにはラストボスの討伐ではなく、ボス部屋までの露払いをお願いできませんか?」

「露払い?」


 管理人はこくりと頷く。



「はい、Bランクパーティーがボス部屋に向かうまでに大量の魔物が現れてしまうと、より時間を使うことになりますし、体力も消耗します。そこで貴方たちには先にボス部屋に向かってもらい、道中に出てくる魔物を討伐しておいてほしいんです。先ほど聞いたステータスなら、ラストボスはともかくとして、道中の魔物は問題なく討伐できるはずですから。その上で体力が残っているのなら、Bランクパーティーと共にラストボス討伐に協力してくださいませんか?」

「……ふむ。不満はあるが、妥協点としては悪くないね。分かった、そうさせてもらおう」



 今の提案に風見は納得したようだった。

 小さく笑みを零した後、身を翻す。


「さあ、方針は決まった。さっそくダンジョンに入ることにしよう。行くよ、桜、裕也、幸助――零」


 風見は最後に零の名を呼んだ。

 それを聞き、俺は思わず口を開いた。


「待て、風見。零も連れて行くつもりなのか? 零はお前たちと違ってレベルが高くないだろ。置いて行った方がいいんじゃないか?」

「おっと、すまないが天音くん、これは僕たちの問題だ。部外者は口出ししないでもらえないかな? そもそも、パーティー全員が協力してダンジョン攻略に挑むのは当然のことだろう?」

「だとしても、この状況ならさすがに――」

「凛」


 反論しようとした俺を止めたのは、他ならぬ零だった。

 彼女は俺の腕をぐっと掴んだ。


「大丈夫、凛。道中の魔物程度なら、わたしの力でもなんとかなるから。無理さえしなければ何も問題ない。わたしもパーティーの一員なんだから、頑張らなくちゃいけないと思う」

「……零」


 気丈な態度でそう告げる零。

 だが、腕を掴む手がかすかに震えているのを俺は見逃さなかった。


「……わかった。絶対に無理するなよ」

「うん」


 正直まだ納得できないが、本人がこう言う以上、俺に止める権利はなかった。



 結局、そのままキング・オブ・ユニークの5人が先にダンジョンへ入ることとなった。

 俺を含めた残りの冒険者は、外からそれを眺めるしかできない。


 怪我人の治療を終え、俺の近くに来ていた由衣が、心配そうに零の背中を見つめる。


「本当に大丈夫でしょうか。黒崎さんはパーティーの中でもレベルが低いんですよね?」

「まあ、そうはいっても強力なユニークスキル持ちだ。アイツ自身が言っていた通り、無理をしない限りは大丈夫なはずだ」


 零が心配だという気持ちはあるものの、それ以外は俺にとって都合のいい状況となった。

 管理人の提案は戦力と時間の問題を同時に解決する妙案だ。

 ラストボスは風見たちとBランクパーティーが問題なく倒してくれるだろう。

 これで、俺は自分の実力とダンジョン内転移の力を大っぴらにせず済む。



 だというのに、なぜだろうか。

 さっきから、胸のざわめきが収まらない。


「……気のせいだよな。それより、アイツらが攻略している最中も外に出てくる魔物はいるはずだ。それを倒すことに集中しなくちゃな」


 そう自分に言い聞かせ、俺はゲートに入っていく零たちを見送るのだった。

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