第44話 到着

「零、俺は剣崎ダンジョンに向かうつもりだが、お前はどうする?」

「もちろん、わたしも行く」


 俺はもちろん、ユニークスキルを持つ零もCランクダンジョンの魔物と対等以上に戦えるはず。

 本人も同じ認識だったようで、すぐに現場に向かうと判断していた。


「待ってください凛さん、私も行きます!」

「……由衣?」


 出発しようとした瞬間、レベル100にも満たないはずの由衣がそう主張する。



「由衣、剣崎ダンジョンの難易度を分かっているのか? 最低でも300レベルはないと厳しい場所だぞ。迷宮崩壊ってこともあり、普段以上に凶暴で強力になっている可能性もあるだろうしな」

「もちろん、私自身が戦うつもりはありません。魔物のせいで大怪我を負った人に治癒魔法をかけてあげたいんです。もちろん、凛さんが足手まといだっていうのなら、ついていきませんが……」

「……ふむ」



 確かに彼女の言う通りだと、俺は考えを改めた。

 というのも理由があり、ステータスを獲得していない人には体力回復薬を使用することができないのに対し、治癒魔法をかけてあげることはできるのだ。

 知っての通り、ヒーラーは非常に希少だ。優秀な力を持った者は一人でも多い方がいい。


 それに何より、ついさっき彼女が冒険者をやっている理由を聞いたところだ。

 できればその意思を尊重してやりたい。

 


「分かった、由衣もついてきてくれ。ただし絶対に俺のそばからは離れるなよ」

「――! はい、ありがとうございます!」



 由衣はぱあっと表情を輝かせて頷いた。

 少なくとも俺の半径10メートル以内にいてくれたら、問題なく守ることができる。

 そう断言できる程度には、剣崎ダンジョンの魔物を討伐し続けてきた。


 俺たちは改めて、3人で剣崎ダンジョンに向けて出発するのだった。



 魔物との遭遇は、それからすぐのことだった。


「おい、魔物がこっちに出た! 戦える冒険者はいないか!?」


 ショッピングモールから剣崎ダンジョンまであと3分の1といったところで、そんな叫び声が聞こえてきた。

 そちらの方向には男性がいて、さらにそこから少し離れたところにはオークが数体立っていた。

 もうここまで侵攻してきたらしい。

 早く討伐に移らなくては。


「ここはわたしに任せて」

「零?」


 俺がアイテムボックスから武器を取り出すよりも早く、零がオークの群れに向かって颯爽と駆けだしていく。

 手には何も持っていないのに大丈夫だろうか?

 そう思った次の瞬間だった。


「わたしの意思に応えて――魔法剣」


 零がそう唱えた瞬間、彼女の手には一振りの長剣が握られていた。

 持ち手の部分こそ実体があるようだったが、刃の部分は黄緑色の不自然に揺れ動く何かだった。


「はあッ」


 まだオークとの距離が20メートルは開いているなか、零は力強く剣らしきものを振るう。

 すると黄緑色の刃は勢いよく伸びていき、まず1体の首を斬り落とした。

 続けて、2体目、3体目と移ろうとしていた。


「あれが零のユニークスキルか」


 零はさっき魔法剣と唱えていた。

 魔法の剣か……その能力の全てを予想することはできないが、見たところかなり強力みたいだ。


 しかしながら、いつまでも観察し続けるわけにもいかなかった。

 ちょうどこの場に魔物がやってくるタイミングだったようで、他のオークやホーンラビットの群れが現れる。

 その数は合計で10体を超えていた。


 が――


「……遅いな」


 ぽつりと、俺はそう呟いた。


「凛さん、向こうから10体以上の魔物がきま……え?」


 由衣が素っ頓狂な声を漏らした直後、全ての魔物たちがその場に崩れ落ちていった。

 まるで不可視の刃に斬られてしまったかのように。


 どうやら、今の由衣のレベルでは見えなかったみたいだな。


「気にするな、先に行くぞ」

「え? え? え?」


 由衣はまだ動揺している様子だったが、それに気を使ってやるほどの余裕はない。

 残るオークを討伐した零と合流し、俺たちは再び剣崎ダンジョンに向けて駆け出した。


 走っている最中、零が話しかけてくる。


「凛。さっきの魔物の群れは貴方が倒したの?」

「そうだけど、もしかして見てたのか?」


 確かに零ならば今の動きを追えたかもしれない。

 そう思ったのだが、彼女は首を横に振る。


「ううん、見てない。ただ横目に魔物の群れが見えたから、早くオークを倒してそちらに行かなきゃと思って、頑張って倒した時にはもう全部終わっていた……正直驚いた。やっぱり凛は強いんだね」

「普段から風見たちを見ているお前なら、そう驚くようなことじゃないだろ」

「そんなことはない。あの人たちと関係なく、凛がすごいのは事実だから」


 真正面からの称賛に、少しだけ気恥ずかしくなる。


 そんな話をしているうちに、剣崎ダンジョンに到着した。 

 その付近では複数の冒険者たちと、怪我を負った一般人が治療を受けていた。

 下手に一般人だけをゲートから遠ざけるより、冒険者がいる場の方が安全だということか。

 どうやら治療も応急手当だけしかしていないみたいだ。


「由衣、治癒魔法をかけてやってくれ」

「はい!」


 結果的に、由衣の行動は正しかった。

 彼女がいるといないとでは、怪我人の対処がかなり異なっていただろう。


 俺は近くにいた冒険者に話しかける。


「今、どんな状況か教えてくれるか?」

「あ、ああ。俺たちはゲートから外に出てくる大量の魔物を食い止めているところだ。発生した直後に出てきた魔物には突破されたから、他の冒険者たちが討伐に向かっている」


 その突破された魔物とやらが、先ほど俺たちが戦ったやつらなんだろう。


「援軍についてはどうなってるんだ?」

「それが……一応管理人から協会に要請はしてもらったんだが、近くのギルドから派遣したとしても、ちゃんとした準備を整えたBランク相当のパーティーがここにくるまで、2、30分はかかるだろうって話だ」

「そうか……かなり微妙なラインだな」


 言いながら、俺は迷宮崩壊の特徴について思い出していた。


 迷宮崩壊の厄介な点は幾つかある。

 一つはゲートから大量の魔物が出てくること。

 もう一つは、ダンジョン内の魔物が普段より強力になることだ。


 原理としては、ダンジョンの崩壊に伴ってダンジョン維持に使用されていた魔力が行き場をなくし、魔物に吸収されるからだと言われている。

 その結果、道中の魔物はおよそ1.5倍。

 ダンジョンボスに至っては数倍は強力になり、その状態のボスのことをラストボスと呼んでいる。

 ラストボスを討伐することでダンジョンは完全に消滅し、迷宮崩壊を止めることができるのだ。


 時間が経てば経つほどラストボスは強力になり、討伐するよりも早くダンジョンが完全に崩壊してしまうと、そのラストボスまで外に出てきてしまう。

 そのため一刻も早く討伐しなくてはならないのだが、前述のとおりラストボスは非常に強力なため、ダンジョンのランクよりも上のランクのパーティーが討伐に当たることになっている。

 ここ剣崎ダンジョンなら、Bランク以上のパーティーだ。


 しかし、肝心のBランクパーティーが到着するのは2、30分後だという。

 再挑戦期間スパン中じゃない冒険者を呼ばなければならないことも影響しているんだろうが、はたしてその間にラストボスはどれだけ強くなるだろうか。



 ……いっそのこそ、俺が単独で討伐しに行くか?



 そんな考えが頭に浮かぶが、冷静な自分が止めておいた方がいいと忠告している。

 というのも……


 俺は由衣に視線を向ける。


 由衣にはついさっき、ダンジョンを昨日攻略したばかりだと話してしまった。

 ダンジョン内転移を使えば中に入れるが、どうしてスパン中にそれが可能なのか、由衣からは疑われることになってしまうだろう。


 仮にその問題を解決できたとしても、俺一人でラストボスを倒せば、実力が公のもとにさらされてしまう。

 現時点でそれはまだ避けたいところだ。


 総合的に考えて、ここは他の人に任せてしまった方がいい状況。

 一刻も早くBランクパーティーが到着してほしい。



 そう思った、次の瞬間だった。



「ははは、お困りのようだね皆さん。どうやら必要みたいだね――この、【キング・オブ・ユニーク】の力が!」



 高らかに響き渡る男性の声。


 そう、ユニークな奴らが来てしまった。

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