第42話 由衣の相談

 由衣から相談があるとの連絡があったため、俺たちは翌日、都心のショッピングモールで待ち合わせをしていた。


 待ち合わせ時間よりも早く着いたので待っていると、遅れて由衣もやってくる。


「あっ、凛さん! ごめんなさい、待たせちゃいましたか?」

「うん」

「ちょっと、そこは全然待ってないよって言うところじゃないんですか?」


 そういうものなのか?

 妹以外の女子と一緒に出掛けた経験なんてないから分からなかった。


「なんて、冗談ですよ。今日付き合っていただけただけで感謝しています。凛さんは今日、用事などはなかったんですか?」

「ん? そうだな、ちょうど昨日に夕凪ダンジョンを踏破……攻略したから、今日一日休むくらいは問題ない」

「ならよかったです。じゃあとりあえず、カフェにでも入りましょう」


 由衣の案内に従い、近場のカフェに入る。

 由衣はクリームの乗ったよく分からない甘ったるそうな飲み物を、俺は前回のことを反省しミルクティーを注文する。ブラックコーヒーとか苦くて飲めたもんじゃねぇからな。


 届いたドリンクをお互いに一口飲んだタイミングで、俺は口を開いた。


「で、相談っていうのは? わざわざ俺にってことは、ダンジョン関係か?」

「はい、その通りです。私の身近に冒険者がいないので……そこで凛さんのことを思い出したんです」


 もう一口ドリンクを飲んだ後、由衣は告げる。


「実は先日、とあるギルドに勧誘されたんです」

「ほう」


 初めて会った時、由衣のレベルは確か50程度だったはず。

 あれからどれだけ努力したとしても、まだ100を超えてはいないはずだ。

 その状態でギルドに勧誘されるとは、かなりすごいな。


 というのも、まずギルドは大ギルドと中小ギルドに分けられる。

 この二つには、低レベルの冒険者を育成する余裕があるかないかという違いがあるのだ。


 ダンジョンの仕組み上、どれだけ才能がない冒険者でも、時間さえかければそれなりに強くなれてしまう。


 例えば、一年もの間数々の死地を乗り越えてきた冒険者よりも、10年間テキトーに週一回のダンジョン攻略に付き添っていただけの冒険者の方がレベルが上であり、実力も高くなってしまうのだ。


 資金的に余裕のない中小ギルドが求めているのが、後者のような即戦力。

 前者のような才能に溢れた若手冒険者を囲い込めるのは、巨額の資金を持つ大ギルドだけなのだ。


 もちろん、レベルが100以下の由衣はこの前者にあたる。

 となると――



「勧誘してきたギルドの名前を聞いてもいいか?」

宵月よいづきという名前みたいです」

「宵月……?」

「はい。これが勧誘された時もらった名刺です」

 


 どこかで聞いたことがあるような、ないような。

 由衣から名刺を借り、書かれている内容を見る。

 そこにはギルド名の他に、ギルドのロゴとして半月に一振りの刀が重なったマークが書かれていた。


 そのマークを見て、俺は「あっ」と声を漏らす。


「思い出した。確かここ数年で国内上位ギルドに入ってきたところだな」

「ギルドの方もそう言ってました。少数精鋭をうたっていて、これからまだまだ成長していくギルドだからおススメするって。ヒーラーは基本的にどこのギルドも不足しているので、人材を欲しているみたいでした」

「まあそうだろうな」


 ヒーラーが貴重だからこそ、体力回復薬なんかが高価で売買されているのだ。

 ただ、体力回復薬があってもヒーラーは必要だ。ヒーラーがいれば様々な状況に対応できるようになるため、パーティーには絶対に一人は欲しいだろうしな。


 ここまでの話を聞いて、由衣が俺に訊きたいことがなんとなく分かってきた。


「ってことはつまりあれか、そのギルドに入るべきかについての相談を俺にしたいってわけか」

「……はい、そうです」

「なるほどな。とはいえ、俺自身もそこまでギルドについて詳しいわけじゃないんだが、それでも構わないか?」

「っ、もちろんです!」


 由衣は身を乗り出して、力強く頷いた。

 ちょっ、近い近い。



「ごほん、じゃあスカウトから聞いた内容と被るかもしれないが、改めてギルド加入のメリットとデメリットについて話すぞ」

「お願いします!」

「まずメリットだが、やっぱり一番はあらゆる点でのサポート力だろうな。大ギルドなら装備もある程度は支給されるだろうし、ダンジョン攻略の情報も充実しているはずだ。これまで自分自身でやらなければならなかったことを代わりにやってもらえるようになるのは、かなり大きいだろうな」



 ミルクティーを一口飲む。


「で、もう一つがパーティーメンバーをギルドが選んでくれる点だな。ギルドに入れば、内部の冒険者の実力と相性を見て適切なパーティーを組んでくれるはずだ。これで信用ならない奴らと一緒にパーティーを組む必要がなくなる。これの重要性は、お前が一番良く分かってるだろ?」

「はい……」


 俺と初めて会った時、パーティーメンバーに裏切られたことを思い出したのだろう。

 由衣は気まずそうに縮こまっていた。


「じゃあ次にデメリットだな。これはやっぱり、ある程度自由を制限されることだろうな」

「自由を制限、ですか?」

「ああ。ギルドの一員になれば、ギルドによって攻略予定を立てられる。まあこれについてはパーティーを組んで挑むのなら、ギルドに入っていようがいまいが同じなんだが……問題は冒険者協会からの要請だな」


 そこまで言うと、由衣が「あっ」と零す。


「それについては少し説明を受けました。ギルドには多大な特権が与えられている代わりに、義務も存在してるって」

「そこまで知ってるなら話は早い。ダンジョンに伴う様々な問題発生時に、冒険者協会はギルドに対応を命じることができ、特別な事情がない限りギルドはそれに応じなければならない。だから、ギルドメンバーは時には危険な場所に自ら行かなくちゃいけないこともある……らしい」


 実際にそういった現場に出くわしたことはないんだが、有名な話だ。

 そういったデメリットが嫌で、ギルドに入らないという選択をしている者も数多くいるという噂だ。



「とまあ、ここまでのことをまとめるなら、少しでも早く強くなりたいのならギルドに加入して、それ以外のことを大切にしたいんなら入らず地道にやっていくべきだと思う。そもそもだが、由衣はなんで冒険者になろうと思ったんだ? 確か前は大学生活の費用を稼ぐためって言ってたけど、それだけなのか?」

「私が冒険者をやっている理由、ですか……」



 少し時間を置いた後、由衣はゆっくりと語り始めた。

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