第3話 家族の時間
いくらでもレベルアップするのが楽しくなり、気が付いた時には日が完全に落ちていた。
俺は急いで自宅に帰る。
「た、ただいまー」
恐る恐る、扉を開けて中に入る。
次の瞬間だった。
「もうっ、遅いよお兄ちゃん!」
「うおっ!」
びしっっと、目の前にお玉が付きつけられる。
お玉の先には、ぷんぷん顔の少女が立っていた。
「わるい、華。つい攻略に夢中になって」
「……まあ、いいけど。それより夕ご飯温めなおすから、早く手洗いうがいしてきてね」
「はい」
言い残して、少女――俺の二つ年下の妹、天音
俺はすぐに手洗いうがいを済ませ、華の後を追った。
食卓には美味しそうな料理が並んでおり、さっそくいただくことにする。
「いただきまーす。うん、美味い。やっぱり華の料理は世界一だな!」
「……どうしたの急に? きもちわるいよ」
「うっ!」
鋭利な言葉が、心に深く突き刺さる。
「で、何かいいことでもあったの?」
「いきなりどうした?」
「お兄ちゃんがいきなり意味わかんないこと言いだしたり、珍しく帰りが遅かったりするから疑問に思っただけだよ」
「なるほど……確かに、いいことはあったな」
それも、とんでもなくいいことが。
「そのいいことっていうのは、ダンジョン関係?」
「ああ。諦めずに冒険者をやってきて良かったって思えるくらいのことだったよ」
「そっか……なら、良かった」
華は心から安堵したような表情を浮かべる。
やっぱり、まだ罪悪感を抱いてるんだろうか。
というのも、うちの両親は数年前、海外旅行中に事故に巻き込まれて行方不明になっている。
今は2人が残してくれたお金で生活しているが、贅沢して暮らせるような額があるわけではない。
例えば俺と華の2人ともが大学に通うことにでもなれば、かなり余裕がなくなるだろう。
そこで、成績優秀な華を大学に行かせるため、俺は高校卒業後すぐに冒険者になり、金を稼ぐようになった――
俺の口から直接そう伝えたわけではないが、華はそういった事情のもと俺が冒険者になったと思っている。
何度そうじゃないと説明しても、信じてはくれず、申し訳なさそうな表情を浮かべるばかり。そんな華を見て、俺は説明を諦めた。
あえてその話題には触れないほうが、華のためになると信じて――
いやまあ実際のところ、本当にそれが理由じゃなくて、もともと冒険者に憧れていたからなっただけなんだけどね。
何度説明しても信じてくれないから、飽きちゃったよね、説明するの。普通に。
俺は悪くねぇ!
「で、そんないいことがあったお兄ちゃんは、そろそろCランクダンジョンに挑めるくらいには強くなったのかな?」
華はいたずらっぽく笑う。
華は俺のレベルが100前後だと知っているので、ちょっとした冗談のつもりなのだろう。
ダンジョンは、Cランクから一気に難易度が上がる。
ソロ攻略の基準として、Eランクは15レベル、Dランクは50レベルと言われているなか、Cランクは300レベルとなっている。
パーティを組んで挑むとしても、250レベルはほしいところで、基本的にそのレベルに達すれば一端の冒険者になれたと言っていい。
俺がこれまでの調子でレベルアップをしても、軽く一年以上かかってしまう。
だからこそ、華は冗談めかして言ったんだろうが……
今の俺は、ダンジョン内転移のおかげで効率良くレベルアップできる。
それを使えば一ヵ月も経たずに、そこまで辿り着けるはずだ。
「聞いて驚け、実はな――」
途中で、俺は言葉を止めた。
本能が、これを言うべきではないと告げていた。
だってそうだ。
俺が新しく得た力は、世界中の冒険者にとって共通の障害とされる再挑戦期間(スパン)を無視するためのもの。
それを使って効率的にレベルアップすることを、周囲の者たちはきっと不正だと思うはずだ。
場合によっては、嫉妬や怒りから襲われることもあるかもしれない。
華が周りに言いふらすような人だとは思っていないが、どこから情報が洩れるかは分からない。
このことは、俺だけの秘密にするべきだろう。
「? どうしたの、お兄ちゃん。急にぼーっとして」
「いや、なんでもない。残念だけど、Cランクになるまでは、まだしばらくかかりそうだ」
「うん、知ってた」
「なら聞かないでもらえます?」
「仕方ないじゃん。近所のおばちゃんと話してたら、隣町の朝倉さんとこのお子さんは、お兄ちゃんと同い年なのにもうBランクダンジョンに挑戦してるって言ってたんだもん。うちの兄はどんなもんなのかな~って思っちゃってさ。まあ、からかうのが目的じゃないって言ったら嘘になるけど」
誰だよ朝倉さんって。
てかやっぱりからかうのが目的なんじゃねぇか。
「あ、こんなに長々と話してたらまたご飯が冷めちゃうよ。ほらほら、早く全部食べちゃって」
「イエスマム」
俺と華は会話と食事を楽しみながら、楽しい家族の時間を過ごすのだった。
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